第18話 足利の成り立ち 中編
竜巻の葬儀から帰宅し、足利一家は悲しみに暮れていた。
ひのきは2人のために涙を堪え、荷水流はずっと泣いていた。そして足利はずっとうつむき、歯を食いしばっていた。
暫くの間家族で会話はなかった。
深夜0時を回った頃、足利はついに1人自室へ戻った。
そしてベッドに飛び込み、竜巻が亡くなった際に手に持っていたレトロチックなライターを眺めた。
ひのきがコート、荷水流が腕時計、足利がライターというようになくなった際の手持ち品を3人で分けて持つことにしていた。
足利にとってもちろん悲しかった、しかし足利はこの日一度も涙を流さなかった。彼の中に何かずっと引っかかっていた。あの後足利が竜巻のスマホを確認すると、茂夫宛にある場所に誘い出すための連絡を送っていた事が判明した。茂夫はそれを了承するような返事を送っていたが、約束の時間は深夜で、竜巻が茂夫と対峙したのは夕方だった。竜巻が事務所を出ていったと思われる直前に犠牲者の速報が流れていた事を足利は知った。おそらく茂夫が被害者を大量に出していた事に痺れを切らして飛び出したのだろう。だが、そこまでわかっても足利の中にはまだまだ引っかかりがあった。
「でもどうして茂夫の元に向かったんだ?父さんは自ら茂夫に会おうとしていた、しかも約束の時間まで茂夫の事を見過ごせず待つ事ができなかった。という事はつまり茂夫の事をどうにかできる算段があったと考えるしかない。多分時間を深夜にしたのは誰も巻き込みたくなかったからだ…。」
手に持ったライターを握りしめる。
「でもあの火事は一体何だったんだ?父さんが引き起こしたのか?意味がわからない。何かが俺の中で噛み合わない。父さんは何の勝ち筋も無しに茂夫に立ち向かうような人じゃない。」
足利は玄関へ来た、すると荷水流とひのきもそこへ来た。
「お兄ちゃん…?どこ行くの…?」
荷水流の目は悲しみに暮れていて見るに耐えられなかった。
ひのきもひどくやつれていた。
「流星、もうこんな時間だし家にいなさい。」
「ごめん、でも、俺行かないと。」
ひのきは怒鳴った。
「家にいなさい!!!」
「お兄ちゃん………。」
荷水流はひのきに縋りついた。
「あいつが…来たら…。」
「そう!!危険だから家にいなさい!!」
「大丈夫だよ。」
「この期に及んで何言ってるの!?」
「じゃあ、何で俺は生きてるの?」
「…え。」
「俺だって…父さんが死んだ時、その場にいたんだ。この目であいつを俺は見た。目が合った。でも俺は殺されなかった。」
「1人で平気だから私達を置いていくっていうの!?」
「…?何言ってるんだ俺は。」
ひのきが足利をビンタしようとする。
しかし足利は腕でその手を受け止めた。
「わかった、母さんと荷水流も一緒に行こう。」
ひのきは泣き出した。荷水流もそれにつられもっと泣いてしまった。
「何を言ってるの…?お父さんが死んだのに…、なんであんたはそんなに落ち着いてるの!?」
「言ってたじゃないか!!父さんは目を背けちゃダメだって!!」
足利も涙を流した。足利の中で気持ちが溢れ出したのだ。
「流星…??」
「納得できない!父さんが何の策も無しにあいつに挑んだとは思えないんだ!!父さんが亡くなってからここしばらく色々大変で事務所に行けてない!でもあそこなら…!はぁ、父さんは何か残してくれてるかもしれないだろ!?」
足利はひのきと荷水流の肩を掴んだ。
「父さんがもしも何か残してくれてて、それに気が付かなかったら、それこそ父さんが悲しむと思う…!!行かなきゃダメなんだよ!!!父さんが何か残してくれた可能性から俺は目を背けたくねえ!!!」
ひのきは拳を握り込み、足利を殴りかかった、足利はそれを避けた。
「流星!!!」
「俺は1人でも行く!!」
足利は家を飛び出した。
事務室の床に散らばっていた書類を整理した。全て目を通したがどれも別の依頼に対する資料だった。
足利は画面消えたパソコンを見る。
「流石にもうロックがかかっちゃったか…。」
足利は電源をつける。
「パスワード、どんなパスワードだろう。」
試しに0207と打ち込んでみる。
すると開いてしまった。
「うっ、母さんが聞いたら余計泣くだろうな。」
足利はフォルダを漁ってみる。
「仕事にしか使ってなかったみたいだから余計なアプリは入ってないな。」
しばらくすると驚くべきフォルダがあった。
そこには"kill_video_A"、"kill_video_B"、と書かれており。
Aの方を開くと何かのデータずらり並んでいるものだった。そのデータの中で足利の目を引いたものがあった。
「shigeo_kill_video_A24_B1_TakatoTujigiri.mov、茂夫キルビデオ!?何だよこれ!?」
足利はそのビデオを開く勇気が出ず、一度スマホを開いた。
「辻切タカトは覚えている…。」
暫く検索すると、池上茂夫の被害者一覧を載せたサイトに辿り着いた。
「なるほど、A24ってのは辻切さんが24人目の被害者、つまり時系列順。そして1番最初に映像が発見されたとされているのがこの辻切さんの事件、Bは発見順というわけか。つまりAとBのフォルダで時系列順と発見順で並び替えられてあるってことか。」
Bの方の開くとAとBが入れ替わっていた。そしてもう一度Aを確認する。
「歯抜けにはなっているけど辻切さん以前の映像も後々手に入れたみたいだ…」
そしてしばらく下に行くとおかしなことに気がつく。
「.pdf?なんだこれ?ビデオじゃないのか?」
時系列が最近に近づくと、映像だけではなく文章ファイルのみのもの、または映像と文章ファイル両方あるものもあった。
「正直少し怖いけど、上から見て行こう…。」
中身を覗くとやはり殺害現場の映像記録だった。あまりにも大事件なため私有地の防犯カメラの映像が出回っていたり、スマホなどで撮影されたものもあり様々だった。足利は1つ目を再生すると殺害の瞬間で吐き気を催し、再生まで20分かかった。その映像はどれも胸糞悪いものばかりだった。茂夫が被害者に脅し文句を言って悲鳴をあげているところを笑いながら殺すと言ったものが多かった。それでも足利は目を背けずに何とか休み休み見ていった。文章ファイルの方を見ると、殺害現場で起きた事をそのまま文章にしたようなものだった、まるでその場に居合わせたかのように。
「父さんが長い間家を留守にしてたのは張り込みをしてたからなのかな…、この文章ファイルが作られた日付も大体その辺りと一致するし…。」
足利は何とか一度全てのデータに目を通した。これを見終わった頃にはすでに夜が明け、それどころか夕方の3時にまでなっていた。
足利はまた涙を流した。
「気分が悪い…父さんはこんなものを何度も何度も見てまとめていたっていうのか?それどころか現場を直接見ていた可能性すらもある…。」
足利は酷い頭痛に襲われた、そして汗だくになって帰ってきた竜巻の姿を思い出す。
「尋常じゃねえよ……父さん……。」
足利はそのまま客間のソファーに寝転び、そのまま眠りについた。
しかし深く眠れず、殺害現場の映像が夢の中でも流れうなされた。
その悪夢から解放されたのは眠りについて6時間経ってから、荷水流が事務所に迎えにきており起こしてもらってからだった。
「お兄ちゃん大丈夫?すごいうなされてたよ…。」
「荷水流…うわぁ!?お前!!パソコンは見たか!?」
「見てないよ?」
「よ、よかった…。」
「本当に大丈夫?」
「俺は荷水流達の方が心配だよ。」
「私は…ちょっと落ち着いたかな…、お母さんはまだ気分が悪いみたいだけど。私がご飯作ってあげた。」
「ごめん、苦労かけて。」
「うん。そろそろ帰ってきてくれる?」
「…わかった。」
「ねえ母さん。」
ひのきは竜巻のコートを抱きしめて泣いていた。
「帰ってきたんだね。」
「ごめん、いきなり飛び出して。」
「いいの、私も流星に八つ当たりしてごめんね…。」
「大丈夫。」
足利はしばらくして話を切り出す。
「ごめん、そのコート少しだけ見せてもらっていい?」
「…はい。」
足利はコートをまじまじと見ると、ポケットの中に手帳が入れっぱなしだったのを発見する。この手帳の存在にも気がついていたが、覗く勇気がなかった。しかし意を決して中身を見る事にした。
荷水流が疑問を持った。
「何が書いてあるの?」
「…2人は深く知らない方がいい。」
もっとショックになるから、と足利は思った。
手帳にある程度目を通すと茂夫関連の事件の項目になった。
しかし全て目を通しても映像にあったような情報が違う文体で収められていた。それだけでなく茂夫の身長体重などのデータやプロフィール、私生活まで報道されていないような念入りに調査したであろう情報がギッシリと書かれていた。しかし全てデータをまとめたものにすぎず茂夫に向かっていった動機として決定的になりそうなものは見当たらなかった。
「ごめん母さん、この手帳しばらく借りてていい?」
「…うん。」
「よう!!足利!!」
「足利くん!!」
「足利!!??」
足利が久々に登校すると、クラスのみんなが足利を囲んだ。
「え?」
「おい足利、大丈夫だったかよ?」
「お父さんの事は本当に何で言ったらいいか…。」
「え?え?」
足利は困惑した。
クラスメイトの人混みの向こうに、宇月の頭がちょこんと見えた。
人混みをかき分け宇月のそばに寄る。
すると立花が寄ってきた。
「お前池上茂夫と会ったって本当なのか?何もされなかったか?」
宇月や、足利と同じ中学でこの高校に通っている人間がお通夜に来たため、一部の人間は事情を知っており宇月以外のどこかから漏れたのだろう。
「なあ宇月?」
「足利くん!おはよう。」
「いやあの、何でみんな池上茂夫の事を話題にしてるんだ?最近タブーだったじゃん。」
立花は足利に肩を組んだ。
「クラスメイトが被害に遭ったのに、いつまでも見て見ぬふりしてられねえだろ?」
宇月は笑顔になった。
「そういう事。」
「俺達は味方だぜ!足利!!」
このクラスメイト達、慰めの対応としては基本的にあまりよろしくないが今回ばかりは情勢もあり足利の心は救われた。
「今度ボーリング行こうぜ!」
「遅れたノート見せてやるよ!」
「みんなありがとう…!俺は大丈夫。なんかあったらその時お願い。」
足利は宇月の顔を見た。
宇月は指で丸を作り、OKのポーズをした。
足利は授業中、ノートを取るふりして竜巻の手帳を見ていた。
「確かに現実は悲しいけど、いい人達だってたくさんいる。どうしようもない奴らのために誰かに悲しんでほしくない…。」
足利の気持ちはやりはれていなかった。その日は授業に集中できず竜巻が何故茂夫にタイマンを挑もうとしたのか考えていた。
「足利くん。」
「ん?どうした?」
「今日ずっとその手帳見てたね。」
「あぁこれ、父さんが残してくれたものなんだ。」
宇月は目を泳がせる、しばらくするとまた話を切り出した。
「ねえ、足利くん思い詰めてるでしょ。」
「え?」
「お父さんのために何かしてあげなきゃいけないって、プレッシャーになってない?」
「…なってないよ。」
「なってるよ。」
「うっ…。」
「お父さんのこと想うのは良い事だけど、足利くんもちゃんと心を休めてね?」
足利は上をしばらく向き、今度は下を向いた。
「足利くん?」
足利はその場で立ち止まった。
「お前、本当に優しいよな…。」
「え?」
「お前だけじゃない、クラスの奴らだってあの後は一切池上の話題は出さずに明るい雰囲気でいてくれた。授業中もいつもより活気付いてた。みんなずっと笑顔でいた。あれ俺のためなんだろ?」
「それは…。」
「荷水流は良い子だし、母さんも優しい、父さんだって良い人だった。親戚の人達だって、そしてお前も。」
「足利くん?」
「俺は改めて気づいたんだ。あんな理不尽、あっていい事じゃないって。権力だとか、超能力だとか、そんな訳の分からないもののせいで誰かが傷つくの見たくねえ。今日は余計にそう思ったよ。」
「ごめんね!!」
「謝らないでいいんだ、むしろ、ありがとう。」
宇月は口を結んだ。
「大丈夫、心残りを晴らしたいだけなんだ。プレッシャーなんか感じてないよ。そのうち気が済むさ。」
宇月はただ足利の横を歩いた。
「多分、1番優しいのは足利くん自身だと思うよ…。」
宇月はこめかみをいじった。
「ただいま〜。」
リビングに入ると、キッチンでひのきと荷水流が一緒に料理をしていた。
「荷水流、部活行かなかったのか?」
「お母さんが回復するまではしばらく休む事にしたの。」
ひのきは苦笑いをした。
「そんなに気を遣わないで良いのに…」
「ふふふ。」
足利はテレビのソファーに座り込み、手帳を適当にページを開いた。
およそ5時ごろ、
いそざきさんが
殺されてしまった。
ゆるせるものか。
むざんな。
「そういえばこの件に関してはすごい端的だな。」
他のページのメモを見てみる。
午前1時頃、品川区のタワーマンション
21階にて犯行が行われた。
被害者は卓場珠美56歳男性
今回は個人宅だったため映像は
望めないが、やはりいつもと同じ
手口だった。野次馬が日に日に
減ってきている。
「ん?さっきのメモ、やっぱりなんか変だ。」
もう一度見返してみる。
「そもそもイソザキさんなんて被害者いたか?」
殺害現場はどれも酷いものだったため逆に印象に残ってしまっており、被害者の名前をある程度記憶していた。
「確認してこよう。」
足利は再び探偵事務所へ向かった。
「やっぱりどのファイル見てもイソザキなんて被害者はいないぞ。前後のメモにある被害者はちゃんといるのに。」
さらにもう一度イソザキの文章をよく見てみる。
しばらく凝視するとある事に気がついた。
「斜め読みか!?」
先程のイソザキの文章を、おから右下に向かって斜め読みをすると一つの文が浮かんできた。
「おそれるな。」
足利は頭を抱えた。
「随分と単純!!本当にこれは何かのヒントなのか?しかしこの手帳は時系列順にメモがされている、有志の人がネットに上げてる時系列順の被害者一覧を見ても、このパソコンのデータ内にもイソザキという被害者はちょうどいない。わざわざこんなところにこんな不自然な文章を挟んだという事はやっぱりこれがメッセージって事でいいのか?少し文章は不自然だがちゃんとデータを照合しないとここがおかしい事に確信は持てない作りだ。それに茂夫に関してヒントがあるなら複雑に隠す必要もない。これが何かのヒントという前提で話を進めよう。」
足利は椅子の背もたれに寄りかかる。
「でも、恐るなって言ったって何をだろう?」
足利は目を瞑り思考を巡らした。
「…そいえば他の事件のメモで、いつもと同じ手口って文面がいくつかあったな…。これって超能力の事かと思ったけど、超能力の事はちゃんと超能力って記載してる。それに同じ手口っていうのはメモの中盤あたりに1番多い文面で、終盤の方ではあんまり使われていなかったな。」
足利は重たい手でマウスを操作する。
「同じ手口って表現がよく用いられてる中盤あたりの事件の映像と、用いられていない終盤の映像を見比べてみるか…。あまり見返したくないけどやるしかない。」
映像を見ていくと、手口という表現がメモにあった事件はほとんど室内での犯行で政治関係の人間の事件、手口とメモにない事件は被害者が道端で通りすがったような一般人が多く、足利はそれに気がつく。
「あ…あーーっ!!!」
足利は気がついた。
「父さんが考えていた事がわかったぞ!」
「だけど問題はその後だ、これがわかったところで茂夫を逮捕に導けないとどうする事もできない。真正面から殴りあっても意味がない。あいつを法の元で裁かせる事が1番重要なんだ。」
足利は服屋で、襟の立った黒いコートを手に取る。
レジでタグを切ってもらい、会計を済ませるとそのままそのコートを着た。
「父さんの想いは、俺が受け継ぐ!」
それから足利は数日かけて作戦を考えた。
足利は様々な方法を考えたが現在の法律で茂夫を確実に逮捕に導く方法はたった一つしか浮かばなかった、しかしそれには相当の覚悟が必要とされる。だがこうしている今でも被害者は増えていく。足利はついに覚悟を決めた。
その方法にはある程度のリサーチと準備が必要だったため決行はそこからさらに数日かかったが、準備を整えついに決行の日の前日となった。
足利は一緒に料理を作っているひのきと荷水流の姿を見る。
「俺も手伝うよ。」
「流星が?珍しい。」
「お兄ちゃん料理できるの?」
料理に加わった。
「うわーお兄ちゃん野菜切るの下手くそー!」
「そんなこと言わないで、初めてにしてはよくやってくれてる。」
「料理手伝うの初めてではないんだけどな…。」
そして作戦決行の日を迎えた。
その日の屋上から眺める空は、足利にはいつもより輝いて見えた。
「なぁ宇月、俺決めたよ。」
「え?」
「俺の道。」
「ほんと!?どこにするの!?」
「やっぱりお前と同じ大学に行くのはやめる。俺は俺のやりたい事を優先する事にするよ。」
「…よかった!」
「よかったのか?」
「だって足利くんが考えて出した答えでしょ?ちゃんと自分に素直な答えが出せたんなら私はそれが1番嬉しいよ。」
「そうか…それならよかった。」
宇月はとても嬉しそうな笑顔を見せた。
足利もそれに応えるように笑いかける。
「結局、お前と一緒にいられる時間ももう少なくなってしまったな。」
「そうだね。」
「だけど、これだけは覚えていて欲しい。」
宇月の表情が変わった。
「俺と離れ離れになったとしても、お前の人生はこれから先もずっと続いていく。だから自分の道を進んでいってくれ。その道に俺はいないけど、今この瞬間の俺の気持ちはずっと変わらない。これからもたくさん辛い事があるけど、それと同時にこれからの様々な経験や出会いがお前を救ってくれる事を願ってる。そしてなにより、俺がそばにいてやれなくともお前が幸せになってくれると俺は信じてる。」
「…うん、ありがとう。」
宇月は気がついていた。足利の様子がおかしかった事に。普段はいつも一緒に帰っていたが足利は予備校がいつもより早くあると言い1人で帰って行った。
「足利くんは確かに時々唐突に長話を始めるけど、今回ばかりは何かおかしい。絶対何か良くない事考えてる。」
宇月は足利の後を追って行った。
足利は帰宅し、制服からトレーナーと黒いコートに着替え最後の身支度を整えると家を出て行った。
足利が家にいる間も宇月は貼り続けており、再び後を追って行った。
すると足利は駅に入って行った。
「足利くんはいつも電車で予備校に行ってたけど、鞄すら持ってない。あんなほぼ手ぶらで予備校になんて行くはずないしどこに行くんだろう。」
足利と同じ電車に乗ると、宇月の読み通り足利の予備校の最寄駅はとっくに過ぎて行った。その駅についても全くの無反応だった。そこからまたしばらく行くと様々な路線が集合する大きい駅で乗り替え。JR線ではなく住宅街に多く止まる私鉄に乗り換えて行った。宇月はその路線に乗るのは初めてだった。
足利が電車を降りたと思うと、それからは何十分も歩いた。足利には目的の時間があり、その時間にちょうど目的地に着くようデパートに入って時間を潰し始めた。デパートに入っても人々を眺めているだけで特に何かを買う様子も欲しがる様子もなかった。足利がデパートを出て、宇月もそれについて行く。外はもうすっかり暗かった。足利はどこまで歩いて行くのか宇月は疑問に思った、足利が歩みを進める方にはどんどん人気が少なくなっているのだ。駅から降りた時は住宅街だったがすっかり道路とビルしかないような場所を何十分も歩き、ついには工業地帯へ来た。宇月の中の不安がどんどん膨らんでゆく。
「絶対におかしい、普通こんな場所来ないもん。まさか人気のないところで…でも足利くんってそんな事するような人じゃないと思うけど…。」
足利は埠頭に来てついに立ち止まった。すると足利はポケットからビデオカメラを出し、塀に置いた。
そしてスマホから110番に電話をかけた。
「すみません!警察ですか!?はい、すぐに来てください!!人が目の前で刺されたんです!!遠くから見てるんですけど犯人は今死体を海に運ぼうとしているみたいで…すぐに来てください!場所は埠頭です、クレーンがすぐ見える海沿いです!番地は…。」
「誰かに電話?こんな時間に?こんな場所で?」
宇月はさらに困惑した。
「すぐ来てくれますか!はい!ありがとうございます!お願いします!!」
「電話が終わったみたい…。」
「これで下準備はできた、あとはあの野郎が時間通りに来てくれるかだ。勝負はこれからだぜ…。」
電話を終えたかと思うと、数分もしないうちにバイクの大きなエンジン音が近づいてきた。
「…来た!!」
足利は道路のど真ん中に立っており、そのバイクは足利の姿を確認すると停車した。
「誰か来た…今度は何…。」
そしてヘルメットを脱ぎ足利に歩み寄った。
宇月はその相手に驚愕した。
「あれって、池上茂夫…!?写真でしか見た事がないけど多分そうだ…そういえばバイクで暴走してるって話も有名だったっけ。」
足利は宇月がここまで着いてきている事にすら気づかずに心の中でガッツポーズをした。
「よし、ここまでは計算通りだ!この時間この場所は人通りが全くない、そしてこの場所は都心とつながる大通りとも近く、徒歩圏内に駅はほとんどない。この場所を指定されれば必ずバイクで来ると思った。俺のような他人のために数十分も歩くわけもない。そしてこいつはプライドが高いから連絡先を突き止めて脅し文句を出してやれば必ず来る。酸素を使わず親のコネだけで呼吸をして遊び呆けてる暇人だしな。」
足利はある脅し文句を出し、この日この場所にこの時間に来るようにメールに添えたのだ。
茂夫は足利の顔を確認した。
「君かな?俺に脅迫メールを送ってきたのは。」
「あいつから話しかけてきた、よし、ここからは本当に賭けだ、チャンスは一度しかねえ、絶対に成功させてやる!!」
足利は嘲笑うような顔で答えた。
「そうだ。メールにも書いたがお前が今すぐに逮捕されてしまうような重要な証拠が出たんだよ。」
「ほう?」
茂夫も余裕の表情だった。
足利はコートの内ポケットからUSBメモリを取り出した。
「これがその証拠だ。このUSBメモリの中身を警察に見せればお前の人生はすぐに終わるぜ。」
池上は高笑いをした。
「くだんねえな!そんなんで捕まるかよ!なんたって俺は超能力者なんだぜ?お前も知ってんだろ、心臓を止める超能力なんだ!絶対に証拠は残らねえよ。あ、わかった。もしかして俺の殺陣現場の映像が入ってるのか!?そんなものが出回ってんのは俺だってとっくに知ってんだよ。」
「へっ、そんな事でわざわざ呼び出すと思ってんのかよ。」
「もういい、大層なやつかと思えばただのアホ。殺してやるよ。」
茂夫は足利に手を伸ばそうとする。
手を伸ばさずとも心臓を止める事は可能だが足利に死が近づくのを見せつけるためのしたたかな動作である。
伸ばし切る前に食い気味に足利は言い放つ。
「いいか?自首しろ!!自首すればこれを見せられるよりか刑ははるかに軽くなるはずだ。」
「自首だと?俺は何も犯罪はしてないんだけどなぁ?」
宇月は叫びそうな口を必死に押さえつける。
「足利くん何やってるの!?殺されちゃう!!」
茂夫は腕を伸ばし切る。
「ばいばい。」
宇月は心の中で叫ぶ。
「足利くんーーーーーーッッッ!!!!」
そして工業地帯の明かりを背に夜の潮風が辺りを吹いた。
茂夫はここでようやく違和感に気がつく。
「あ?」
足利はにやりと口角を尖らせる。
「なんだ?どういう事だ?」
「悪いが俺には効かないぜ?」
足利の心臓は止まらなかった。
「おい、どういう事だよ?」
「言っただろ、証拠があるんだって。このデータを警察に突き出しゃお前は終わりなんだよ。」
「くっ…!!」
「それがわかっているのになんでお前に恐怖心なんか抱かなきゃいけないんだ?」
「!!!!!!????!????」
茂夫は同様で脚を崩しかける。
「お前…、へへ、ははは!!いいのかよ!?仮にお前には効かなくともお前の家族が俺を見れば今度はその家族が…」
「あ!そうだった!!忘れてたぁ!全国の人達がお前を恐れるようにわざとお前は自分の犯行を広めさせたんだっけ!?ごめんごめん!!」
「んぎぃ…!!」
「そうだよなぁ!?なんせお前の超能力はお前に恐怖心を抱いてる人間の心臓しか止められないもんなぁ!?相手に恐怖心がなけりゃゴミ同然!!」
「この野郎!!」
「その事が全国の人間に広まればお前はどうなると思う?逮捕されなくたってお前を怖がる人間なんかいなくなる。そうなりゃお前は一生惨めな生活を送るしかなくなるんだぞ。今何歳だっけお前?残りの人生長いよな?」
「そんなくだらねえ事を言いに来たのか!?」
「あ、言っておくけどお前が逮捕されるのに決定的となる証拠はまた別にちゃんとあるぞ。」
足利はUSBメモリを左右に振る。
「これを警察に見せるだけで君は死刑になるだろうね。なんせこれまでの犯行全ての証拠が詰まってるんだから。ネットで晒そうと思えばいつでもできるけどさ、君に自首して欲しくて。」
「それをよこせ!!」
茂夫はUSBに手を伸ばそうとする。
「いいよ。」
足利はUSBをつまんで、口の中に入れ飲み込んだ。
「俺の腹から取り出せたらな!!」
全て足利の作戦通りに事が進んでいる、竜巻のメモから大量殺戮を行う前から茂夫は常にサバイバルナイフを携帯しており、それを足利の腹を裂くのに使わせようとしているのだ。
しかし茂夫はパニックになりこの時も例に漏れずナイフを携帯していたが、そのことを本人はすっかり忘れて足利に飛びかかる。
「ふざけんな!!よこせ!!」
すると遠くからパトカーのサイレンの音が聞こえてきた。
「な、なんだよ…?」
茂夫は震えた声で後ろを振り向く。
「まさかお前が捕まる証拠を警察に見せてないと思ってたのか?」
「!?」
「既に知らせてあるよ、もちろんお前の能力の弱点もだ。」
「うわああああああああああ!!!」
茂夫は転げ落ちてうずくまった。
「ああああああああ…………」
「いいか?お前はもう終わりだ!!これから警察に捕まって法の元で正当な裁きを受ける事になるだろうよ。お前のやった事は絶対に無くならないし絶対に許されない。だからせめて公正な罰を受けろ。それがお前に課される最後の仕事だ。」
「ああああ嫌だ嫌だ嫌だ!!こんなところで終わりたくない!!捕まりたくないよ!!!」
「お前に殺された人達も同じ事を思ったはずだぜ。」
そうしているうちにもサイレンの音はどんどん近づいてくる。
「お前…殺す。殺す!殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す」
茂夫は停車していたバイクに向かって走り、飛び乗った。
「殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す」
エンジンをかけ、ハンドルを何度も何度も捻りアクセルを噴かす。
足利は逃げようともせず、まるでそれを受け入れるかのように立ち尽くしていた。
宇月はこの状況を見て、全てを察した。
足利はビデオカメラが音を拾えるよう大声で喋っていたので足利の言っていた事は全て聞き取れていた。
「まさか…足利くんがやろうとしていた事って…!!!!」
「そうだ…これでいい。超能力での殺人が立証できずに逮捕できないのなら、超能力を使わずに殺人をさせればいい。簡単な事だ。母さんと荷水流、そして宇月やみんなに迷惑をかけるけど、俺1人犠牲になってあいつを止められるなら……。」
茂夫がついにバイクで走り始める、足利めがけて一直線に。
足利は目を瞑り、微笑んだ。これで超能力の恐怖から皆が救われると思ったのだ。
「やめて!!!」
聞き慣れた声に足利は目を開けた、そしてこちらに走ってくる宇月の姿が見えた。
「宇月!?やめろ!!来るな!!!」
「足利くん!!!!」
宇月は足利に飛びついた。
足利の意識はここで途切れた。




