書けない3
「ヒメ、何やってるんだ?」
気付けば目の前にいたヒメに問い掛ける。いつのまにか寝ていたらしい。俺はきちんと寝床に移動しただろうかと心配になる。机に突っ伏して寝ていたとしたら明日の身体が悲鳴を上げるに違いない。
熱心に何かを読み耽っていたヒメはそれを空中に溶かすと答えた。
「神様の書いていたネタを読ませてもらってたんです。本当に読むだけですが。神様の望むような感想とかアドバイスとかは、できないので」
ヒメの言葉に俺は、思わず顔をしかめた。
「どうしたんですか?」
ヒメが気遣うように俺を見る。
「……書けなくなった」
隠していても仕方ないと俺は白状する。
「神様はこんな俺を必要とはしないだろう?ヒメ、お別れだ」
俺は、せめて格好つけて別れようと微笑んで見せた。
「知ってますよ?見てましたから」
ヒメは言うと俺のとなりに腰掛ける。椅子は見えないのに椅子に座っているような姿勢を取るヒメはまるで空中に浮かんでいるかのよう見えた。俺もやってみたいと思ったが、盛大に尻餅を着く未来が見えてやめた。
「そうか」
俺はゆっくりと目を閉じる。
「短い間だったけど楽しかったよ」
次に目を開いたらいつもの現実なんだろうと思い残念な気持ちが沸き起こる。
「……論咲の、そのキス待ち顔気持ち悪いです。なに勝手に最終回みたいな事言ってるんですか?」
「キスなんて待ってないぞ!!」
ヒメが放った言葉のインパクトにカッと目を開いた俺が反論する。
「えぇ。本当に待ってると思ったら張り倒しているところです。」
笑いもせず、少し怒っているような調子でヒメが返した。そのまま言葉を続ける。
「そんなことより。神様を甘く見てもらっては困ります。できないからと言って見捨てるようなことしませんよ。人間じゃないんですから」
「でも、俺が物語を紡ぐことが神様の目的だったはずだ」
俺が反論すると、
「論咲が望むのなら別の方法で側にいることだって許してくれますよ」
事もなげに言い切るヒメの言葉に一気に心が傾くのを感じた。この世界で過ごしたいと。
「それに言葉を届けたい人がいるんですよね?」
ヒメが畳みかけるように言った。俺が、母親から産まれたから受け入れてもらえない言葉。
それをこの世界でなら受け入れてもらえる。
「でも、相手の反応がないって寂しくないか?」
もうほとんど心は決まっているのにそんなことを口にした。
「論咲がウェブに上げてる小説なんて届いたかどうかもわからないのになんで上げつづけてたんですか?」
肩をすくめてヒメが言った。
「書くのが楽しかった。俺の作品を見に来た人が笑顔になったのを想像すると嬉しかったんだ」
読みに来る人は圧倒的に少なくてもPV数が1増えたのを見た瞬間、この地球のどこかにいる人の心に届いたのだと確信して、気力が湧いた。だけどそれらはすべて、自分の目で確かめた訳じゃない。
自己完結した妄想のなれの果てだと心で付け足す。
「ここなら、確実に言葉を届けられますし、たまに”ネタの神様ありがとう!”だなんて感謝もらえたりもしますよ?」
ヒメが俺の迷いを断ち切るように言った。鳴海 創では届かない言葉が届けられるのだ。自分好みの見た目をしたヒメと一緒に過ごす生活……。俺がヒメの手を取ろうとした瞬間、耳慣れたスマホアラーム音が聞こえた。
「佐藤さんと、誠くんに謝罪してから……だな」
目が覚めた俺はヒメの手を取れなかったことを残念に思った。ため息をついて、俺は出社の準備を始める。机で寝ていた体のあちこちからバキバキと悲鳴が上がった。本格的にヒメの世界をメインにするなら少しいいベッドも買おうかと考え、口元が緩んだ。




