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書けない2

 俺の生活は田中 栄太の依頼を受ける以前に戻った。ジョーカーには行かないし、既に上げてあるウェブ小説は気まぐれのように数人のPV数が増えていたり、増えていなかったりした。あなただけの物語屋のホームページには、大きく「ただいま新規依頼受付停止中」と載せた。書けないのだ。仕方ない。最初に気づいた日から1週間は、信じたくなくて何度も執筆しようとした。


 だけど、入力を待つ記号と秒針の振れる音が仲良く呼応するだけ。ただの1行も1文字も書けない。お腹がいっぱいになるほど食べたミントタブレットはただ自分の息をクリアにするだけで、丑弌 論咲を呼び出してはくれなかった。仕事は難無くこなせるのに、物語を紡ごうとした途端に頭にかかるモヤモヤをどうにもできない。


「誰も、困らないんだよなぁ」

 夕食に食べた空のコンビニ弁当を見ながら呟いた。自分が書かなくても素晴らしい作品はたくさんある。まして、「人のため」だと思い込んでいたその実。

「人のためって言いながら自分が認められたいだけで。そんな自分の気持ちに向き合って来なかった。相手の表面的な情報だけ引き出して、分かった気になりたいだけだった」

 自己陶酔しているような結論に鳥肌が立つ。そんな、青春物によくある綺麗な感情じゃない。

 もっと忌むべきこの気持ちを、しかし、どう表現していいかわからなかった。

「母親に振り向いてほしい気持ちもあった。振り向いてもらえないって結論を出したくなかった。”気長に待てばいつかは”なんて現実を見ないで済む都合の良い言葉だった。自分を守るために使い古されている、耳障りの良いことばかりを選んで表現してきた。なんて浅ましい」

 自分に向けて独り言を呟く度に、違う、もっと汚い感情だという思いが増殖されていく。誰も共感できないような、俺だけの痛み。

 最後に書いた作品を思い出す。不倫する女のワンシーンの心境を書いたそれを見て「不倫を辞めるとは思いませんけど」と大森 誠が嫌悪した理由が今ならわかる気がした。

「倫理を超えて一緒に過ごしたいと思う人がいる」のに、何故母であり、妻であり、嫁でありつづけようなどと思うわけがない。

「許されたいと思っている」なんて思い上がりもいいところだ。戻りにくい環境を戻りやすくすれば戻るなんて嘘だ。

 過去の俺が書いたハッピーエンドの物語を薄っぺらく感じ、それを人目に晒しているのが恥ずかしくなった。スマホを取り出して、編集画面を開く。すべて消してしまおう。そう、決意した。削除確認のボタンを押そうとした瞬間、着信画面に変わる。着信元は大森 誠。


「はい」

 ちょうどいい。書けなくなった事を正直に話して、差額は俺が払うから”ストーリーテラー”さんに依頼するように提案しよう。そう考えながら電話を取る。

「創さん、生きてます?」

 受話器の向こうから聞こえてきた言葉に涙がでそうになった。

「死んでる」

 俺は自棄になってそう答えた。

「わぁ、幽霊と話すなんて僕、初めての経験です」

 冗談だと受けとったのか、大森 誠は棒読みで返してきた。大森 誠は続けてこう言った。

「売上が厳しいので夕飯食べに来ませんか?」

 思わず鼻で笑ってしまった。そうだった、大森 誠にとって俺は客だ。お金を支払えば、役立つじゃないか。気持ちだのというあやふやな物よりよっぽどシンプル。間違いのない、俺が必要とされる理由になり得るもの。

「今日は夕食済ませてしまったから、明日行くよ」

 俺はそう答え、電話を切ろうと耳からスマホを外した。「お待ちしております」ありふれた言葉に、心をナイフで刺された気がした。

 そこから血が溢れ出てしまわないように、ナイフを刺したまま、心を奥深くへとしまいこんだ。

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