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カフェ、ジョーカー3

「気のせいじゃないですか?」

 間髪入れずに、大森 誠が答えた。

「そうか?鳴海くんの連絡を受けて様子を見に来たんだが……必要なかったみたいだな」

 所在なさげに田中 栄太は言った。

「いえ、助かりました。話の途中で居眠りなんてしてしまって、すみません」

 あのまま、ドアベルが鳴らなかったらもっとキツイ言葉を投げつけていたかもしれない。田中 栄太の登場は俺にとってすごくありがたかった。


「なら、いいんだが」

 田中 栄太が歯切れ悪く視線をあちこちに移した。

 その様子を見て俺は、田中 栄太が言っていた、「孫に声をかけてやってくれないか?」という言葉を思い出した。

「お孫さんの話ですか?」

「えっ、いや、まぁ……でも……」

 決まり悪そうに頬を指で掻く田中 栄太。


「夜も遅いことですし、明日に響きますよ?」大森 朱音が割って入った。


「あぁ、これ以上、鳴海くんが頑張りすぎるのはよくない。帰ろうか」

 田中 栄太は頷くとドアを開けた。


「なにか、してほしい事があったんじゃないですか?俺、少し寝たし、聞けますよ」

 俺は田中 栄太の右肩を掴んで言った。首だけ動かし、大きなため息をつく田中 栄太。必要ない申し出をしてしまったかと怖くなって俺は肩を掴んでいた手を下ろした。田中 栄太はドアに掛けていた手を下ろすと俺に向き直った。ぱたりと後ろでドアの閉まる小さな音がした。


「いいかい?私は君のことが心配だし、大事に思っている。だけど、私は私のことが一番かわいいんだ」

 苦しそうな目で田中 栄太は俺をじっと見る。薄い茶色の光彩をやわらかな店の明かりが照らしている。

「今、鳴海くんの申し出に乗ってあげられるほど、私は極悪人にはなってあげられないよ」

 言い終わるとそのまま、カフェの外へと出て行った。あまりに遠回しな表現だった。田中 栄太が俺を必要ないのだと言ったと気づくのに時間がかかった。俺は、長く長く息を吐いた。歯を食いしばり溢れそうな涙を堪える。あの時、居眠りしてしまわなければ、俺は今も必要とされたのではないか?


 ポンと肩を叩かれた。振り返ると大森 朱音が手にマグカップを持っていた。

「飲みますか?いつも頼まれてるアイスティーのホットです」

 俺はそれを受け取り、近くの椅子に腰掛ける。

「さっきは悪かった」

 口の中に広がった紅茶の香りが言葉を押し出してくれた。

「ちょっと驚きました」

 大森 朱音は眉を困ったように下げて笑う。

「感情がないのかと思ってたよ」

 大森 誠はそう言うと、

「創さん、一気にあれもこれも解決しようとしなくていいんじゃないですか?カフェの椅子じゃなくてきちんとしたところで休みましょう?僕も、創さんみたいに考えてみますから」と締めくくった。


 俺は残りの紅茶を飲み干すとまだ暖かさの残るマグカップを机に置き立ち上がる。財布を出そうとした俺に「サービスですよ」と大森 朱音が笑う。戸惑う俺の背中を大森 誠が押してドアの外に追いやる「またのご来店をお待ちしております」大森兄妹の言葉を残してドアが閉じた。


「……帰るか」

 今日は大分、子供じみた発言をした。疲れのせいだろうか?一気にいろんな事が起きすぎてきちんと対応できていない気がする。

 とりあえず、またカフェ、ジョーカーには行けるのだ、家に帰ったらおとなしく寝よう。


 翌朝。頭痛と一緒に目覚めた俺はいつもどおり決まりきった動作で出勤する。鎮痛剤が聞いてくる頃、ヒメの言葉が思い返された。「評価がなければ呼吸さえ出来ない世界」で俺は自分が必要とされる存在だと何の根拠もなく思い込んでいた。手を差しだせば「誰か」は握り返してくれるのだと、握り返されないのは努力が足りないからだと思っていた。


 母親の「産まなければ一緒に暮らした」という言葉がじわりと頭に広がる。今までは努力すればいつか、手を差しのべたい人に届くと思っていた。母親も俺と暮らしたい気持ちがどこかにあるんだと思っていた。


 自分が考えた不倫の話が頭を過ぎる。どうしてあの主人公は「母や妻や嫁の役割をきちんとこなせる」んだろう。倫理的に許されないことだと分かっていて、それでも抑えられないほど惹かれる相手と一緒に姿をくらませたっていいはずなのに。

「戻ってきたいと思っているから許そう」なんてそもそもが思い上がりだったと、ただ、必要とされてない現実から目をそらしていただけだと結論がチラつく。


「書かなきゃ」

 俺が必要とされる為に。出勤する車の中で俺は呟いた。

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