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可能性の話

 気づいたら目の前にヒメがいた。何やら書類に目を落とし、熱心に読み込んでいる。


「なぁ、ヒメ聞いてもいいか?」

 俺は、いつ目が覚めるかわからない焦りに任せて話しかける。ヒメはちらりと一瞬目線をあげ、「なんなりと、どうぞ」また紙に視線を落として答えた。


「天啓を与える相手って選べるのか?」


「選べるとも言えますし、選べないとも言えます」

 視線を上げずにヒメは答えた。そして、ぺラッとホチキスで留められた紙束の1枚をめくり、視線がその中の文字を追う。続く言葉を待ったが、それ以上の言葉が出て来る気配はなかった。ヒメの要領を得ない解答にどういうことだと問い掛けようとして思い直す。きちんと質問しないと欲しい解答は得られない。


「例えば、母さんに宛てたものばかりを書けるのか?」

 俺の言葉を聞いてヒメが書類を空中にしまう。溶けるようにしてその書類が消えた。

「書けますが、直接手紙を書けばよろしいのでは無いですか?」

 探るような目を俺にまっすぐ向けてヒメが言った。

「……いろいろあるんだよ」

 俺はその透き通った灰色の瞳から目をそらして答えた。


「そうですか。大変ですね、人間って」

 ヒメはそれ以上言及しなかった。


「……ヒメはさ、なんで俺の小説のヒロインと同じ見た目してるの?」

 選べない場合について具体的に聞きたかったが、上手く言葉にまとめられなかった。この際、気になっていることは聞いてやろうと代わりの質問をする。

「そうなんですか?」

 ヒメが不思議そうに首を傾げた。

「その姿に意味は無いんだな?」

「いいえ?私の姿は論咲が望む姿で見えているはずですよ。見る人が最も油断する姿になることが多いです」

 ヒメは首を振り小さく、動物や植物になることもありますよ、と付け足した。

 ということは、俺以外にも似たような体験をしている人がいるという事か。


「……なぁ、どうして神様は、俺を指名したんだ?」

 俺以外にもいるということはなにか基準みたいなものがあるのかと聞いてみた。

「論咲が、誰に評価されるでも無い小説を何年もひたすら書いていたからです。長く独りで天啓を作ってこられた神様は、人間がそうすることの難しさをよくご存知ですから」

 ヒメは表情を変えずに言い、俺の言葉がかえってくるのを待つように口をキュッと閉じた。

 誰に評価されるでも無い小説という言葉が俺にちくちくと刺さる。言い返せない自分が少しもどかしかった。俺は気を取り直して質問を重ねた。

「独り? ヒメが側で遣えてるんじゃないのか?」

「えぇ、お側にはいます。ですが、人がどうなろうが興味ない私では、神様の天啓を考え出すお手伝いはできません。神様が書いた天啓に対する感想も満足な物が出せなくて」

 悔しそうに唇を噛んでヒメが言う。


「好きなんだな、神様のこと」

 俺がそうつぶやくとヒメはそんなんじゃないと首を振る。

「私の恩人です。神様が笑ってくださるならなんだってします」

 だから、とヒメは封筒を俺に渡した。

「書いてください」


 俺は、封筒にはいっていた文章を再度読む。

 両親が離婚し、残されたカフェを切り盛りする少年の話に「ある日、母親がカフェに来た。その日を境に店は忙しくなった」と書きたす。きっと、大森 誠は喜ぶだろう。


「……あぁ、そうしたいのでしたら天啓を渡す相手が違いますね」俺の書いたものを覗き込んだヒメが言う。母親の方にカフェに訪れる思いつきをしてもらいましょう。ブツブツとヒメが考えるように言った。


「店が忙しく……うまく作用してくれるといいのですが」

 ヒメはそういいながら俺の紙から別の紙へと書き、封筒に入れた。

「授けに行きますが、ついてきますか?」

 ヒメが俺に聞く。俺は首を振った。大森 誠の母親の顔に興味は無い。それよりも自分の母親への天啓を考えたかった。困った時に俺を1番に思い出してもらえる様に。


「すぐ戻ります」 

 ヒメの言葉とともに頭から幕が下りるようにゆっくりと消えた。

「歩かなくても行けるのか」

 俺が驚いてつぶやくと、「コツさえ知れば、論咲にもできますよ」と後ろから声がした。いつのまにかヒメが背後に立っている。

「瞬間移動みたいだな」俺は笑ってヒメにそう言った。

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