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田中 栄太と息子

 週末、9時半に待ち合わせ場所に到着した俺は田中 栄太を見つけて駆け寄った。

「すみません。お待たせしました」

 

「いや、私が早く来すぎただけだから気にすることはないよ」

 そう言って微笑んだ田中 栄太は、ホームセンターの大きな袋を下げていた。

「掃除道具ですか? 持ちましょうか?」

 問い掛けた俺に首を振り、田中 栄太がつづけた。

「このぐらいなんて事はない。事務所はすぐ近くだから、少し早いが行こうか」

 言い終わった田中 栄太が歩き出した。俺も黙って着いていく。

 

 事務所は徒歩10分ほど離れた古びたビルの3階にあった。ドアを開けると、しばらく締め切られた部屋特有のこもった匂いがした。

 床にはグレーのカーペットが敷き詰められ、1人掛けの黒いソファーが向かい合うようにして4つ。その真ん中にガラスのテーブルがあった。少し離れたところにある大きめの事務机には卓上灯が一つ。

 

「本当に俺が使っていいんですか?」

 使っていないとは聞いていたが、掃除さえすればすぐにでも依頼人を招けそうな室内の様子に俺は田中 栄太を見た。

「この先使う予定が立たないから、かまわないよ」

 持ってきた掃除道具を取り出しながら田中 栄太は言い、俺にガラス用の掃除洗剤を手渡す。俺は腕まくりした手でそれを受けとると大きく取られた窓に向き合った。


「あれ?空気の入れ替えはどうすれば?」

 ガラスの嵌め込まれた窓を前に戸惑った俺は田中 栄太を振り返る。

「空調をつけたから心配しなくていい」

 掃除機を出しながら田中 栄太が答える。

「後で掃除機も俺がしますよ?」

 その申し出を手で制する田中 栄太。

「せっかくだ、2人でやって早く終わった時間分カフェランチでもしようじゃないか」

「分かりました」

 返事した俺は、ガラスに向き直って吹き付けた洗剤をごしごしと雑巾で拭いていく。

 

「ここら辺で……おいしいお寿司屋さんって知りませんか?」

 自分の上半身ほどもある窓を拭く手が疲れてきた頃、掃除機の音が止んだ。俺は後ろを振り向かずに田中 栄太に聞いた。

 

「なに?今日は寿司の気分なのかね?」

 田中 栄太ののんびりとした声が返ってきた。

「いや、今度母親に食べさせようと思いまして」

「それは親御さんも喜ぶだろう」

 ふりむかなくても目を細めているのだろうなと感じる声の調子で田中 栄太が相槌を打つ。

「えぇ、……お孫さんは元気ですか?」

 なんだか照れ臭くなって、話題を変えた。

 

「あぁ、元気だよ」

 心なしか声に陰りがあるように聞こえ、振り向く。田中 栄太は俺に背を向けてソファーの間にある机を拭いているところでその表情は見えなかった。何となく気まずい空気が流れ俺は掃除に集中することにした。

  

「よし、今日はこれぐらいで十分だろう」

 しばらくして、田中 栄太が言った。その言葉に俺は給湯室のシンク研きを切り上げる。

「結構見違えましたね」

 改めて部屋を見渡す。全体的に古さを感じる室内はしかし、かつて憧れたアニメの一室のようで、心踊ってもいた。

 

 

「あとはパソコンと来客用の机に花でも飾ればいいだろう」

 田中 栄太が俺の言葉に頷く。

 

「ジョーカーにでも行きますか?」

 スマホで昼時なのを確認した俺は田中 栄太に提案する。

 「そうしようか。あそこのコーヒーは実においしい」

 田中 栄太が嬉しそうに頷いた。

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