殿湯 ヒメ3
「天啓がどのくらいの効果があるのかでしたっけ?」
珍しく饒舌なヒメが俺の質問を遡って答える。
「人によります。論咲はふと思いついたことをどれぐらい実行に移しますか?」
問われて俺は少し考え言った。
「……実行するハードルが低ければだいたい実行するし、ハードルが高ければいつか小説のネタにしようとメモするぐらいで行動には移さないな」
「えぇ、おそらくは多くの人がそんな感じだと思います。だから気軽に手伝ってください」
ニッコリと微笑んだ頬は普段よりも赤みを増していて、ヒメが「神様の手伝い」をどれほど楽しんでいるのかが伝わって来た。
着信音で目が覚めた。電話の主を見て心臓が跳ねる。
「……母さん」
着信が途切れてしまわないうちに通話ボタンを押した。
「創?聞いてくれる?」
ちらりと部屋の時計を見れば深夜2時を回ったところだった。こちらの都合を一切気にせずに話しはじめる母親に俺は「うん。大丈夫だよ」と返事する。今度の”元カレ”はどうやらホストだったらしい。少女のような調子で語る失恋話を俺は適度に聞き流しながら相づちを打つ。やがて話すことがなくなったのか、母親がしゃべらなくなったのを待って「お金は大丈夫なの?」と聞いた。
「大丈夫。……祖父ちゃんと、祖母ちゃん元気?」
すぐに返ってきた返事に安心して、通帳の残高を確認しようとした手を止めた。
「心配してた」
母親の気持ちを損ね無い程度に簡潔に答えていく。
「たまには帰ってみた方がいいかしら?」
俺は母親にばれないように小さく息をのんだ。唇を舐めて、次に発する言葉がなるべく自然に聞こえますようにと祈りながら口を開く。
「どっちでも良いと思う。母さんのしたいようにするのが1番だよ」
とそう返した。ここで焦って帰ってきてほしいと言ってしまうと臆病な草食動物のようにさっと逃げてしまうのだ。
「じゃあ、日曜日にでも帰る」
しばらくの間の後、母親から返ってきた言葉に俺は小さくガッツポーズをしつつ、努めて冷静に返事した。
「ちょうど暇だから俺も帰るよ。母さん、なにが食べたい?」
「んーお寿司かな?」
そういった母親の声のトーンがわずかに上がっている。電話を受けた時に沈んでいた声からの変化。良かった今回もちゃんと受け入れられたみたいだ、と安堵する。
「わかった。またね」
俺が電話を切って室内時計を見ると3時を回ったところだった。もう2時間後には祖父母が起き出す時間だ。
母親が帰ってくる旨のメールを祖父母に送る。その宛名を見たとき「お前の母さんはかわいそうな子だからね。許してやってね」という祖父母の口癖が聞こえた気がした。
「大丈夫。ちゃんと分かってるよ」
俺は空耳だと分かっているその声に返事を返した。




