殿湯 ヒメ2
「なにをそんなにショックを受けているんですか?」
いっこうに口を開かない俺に焦れたのか、ヒメはさっぱり意味がわからないと言いたげに細く長い足を組み替える。
そう尋ねられてもすぐには言葉がでてこなかった。ヒメへの返事を探すために今聞いた言葉を心の中で繰り返す。自分自分の中から出てきたと思っていたことが神様の書いたシナリオだったとして。それを知覚できない間は問題ないようにも思う。が、知ってしまった今、得体の知れない者に命運を握られているような居心地の悪さは感じる。かといってこの居心地の悪さを払拭する言葉をヒメは持たないだろう。そしてその手伝いをするかどうか迷っているのがその居心地の悪さに起因するなど話したところで首を傾げるにちがいない。
「えっと、その天啓だっけ? 天啓ってどれくらいの効果があるの?」
俺は自分が手伝うものの重さを確認しようと問い掛けた。
「んー。見せた方が早そうですね。ちょうど神様のおつかいの途中だったので来てくださいますか?」
ヒメはそう言い終わると、弾みをつけてソファーから立ち上がる。俺の返事も聞かずスタスタと歩きはじめた。慌てて後ろを着いていく、いつの間にかヒメが右手に白い封筒のような物を持っている。ヒメの足が向く先に見覚えある姿がおぼろげに見えきた。
「……母さん」
俺の言葉を聞いたヒメが歩みを止めた。その隙をついてヒメの手にあった手紙を奪う。
そこには”ひとつの恋が終わった女性は寂しさを目に付いた飲食店で誤魔化すことにした。”と、一文だけ書かれていた。俺はいつの間にか手にしていた鉛筆で書き換える。”目に付いた息子の電話番号で誤魔化すことにした”と。
「アチャー……まぁ、やる気になったことを聞いたら神様は喜ぶでしょうし」
俺の様子を見ていたヒメがオデコをペチッと叩いて困ったような声を出したが、すぐに切り替えたように言った。
「でも、自分の書いたものを書き換えられるのってどうなんでしょう……うーん。怒られませんように」
先の言葉を追いかけるように不安げな声を出すヒメは、俺から手紙を受けとると母親のすぐ側に立った。母親はそれを気にも止めない。何故と問うようにヒメを見ると、次元が違うのだと教えてくれた。……テレビの映像が映し出されているような感覚だろうか?こちらからは見えるのにテレビ出演者からはこちらの姿が見えないそんな印象を受けた。
俺が考えているのを尻目にヒメは「ちょっと失礼しますよ」と、つぶやくと同時に手紙を持った手を振りかぶる。そのまま勢い良く母親の頭に目掛けて振り下ろした。急な動作に俺が止める間もなかった。
「なにしてるんだよ」
目の前で母親がいきなり殴られる衝撃を声の強さにのせて言った。
「天啓ですよ?」
ヒメに言われてみれば、白い封筒が母親の頭につき刺さりゆっくりと沈んで行くところだった。これまで見たこと無い光景に、俺が絶句しているとヒメは得意そうに言葉を続けた。
「頭を殴られたような衝撃とともに天啓を授ける時はこれを使います」
じゃーんと軽い登場音を口で言い取り出したのはプラスチックで構成されたハンマー。ハンマーを握ってないほうの手を軽く叩いてピコッと鳴らす。ヒメは子供のように無邪気な表情でさらに続ける。
「視界が開けるような心地の時は、一度目をふさいでから入れてみたり、心の底から沸き上がるときは心臓の当たりにゆっくり入れてみたりしてます。今回は頭で考えてたので一番シンプルな形にしました。どうやって授けるか考えるのは難しいけどすごく楽しいですよ」
言い終わったヒメが、プラスチックハンマーを空中にポイッとほり投げると空気に溶けるようにして消えた。




