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佐藤 梅子3

 家に帰り着くなりネクタイを緩めベッドにダイブする。


「疲れた」

 いまから執筆に向かうのは無理そうだったが、忘れないうちに「40歳、不倫中に宛てた物語」とスマホのスケジュールに入れ、ついでに予定を確認する。週末に田中 栄太の事務所掃除と書き込まれていた。前まで土日といえば小説を書くか、読むかだったのが、1月でずいぶん生活が変わったものだと思う。

「執筆依頼2件……」そう声に出して喉の奥で笑った。ネットに上げたものが誰にも読まれずに埋もれていく毎日だったのが嘘みたいだ。必要とされることが、感想をもらえることがこんなにも心を満たすものだとは知らなかった。心地良い疲労感に身を委ねて目を閉じる。


「論咲はいつも話の途中で消えるんですね」

 腰に手を当てたヒメが頬を膨らませた。連日同じ夢を見るとは珍しい。

「キリの良いところまで話を聞ける方がまれだよ」

 だって夢なんだから。俺が肩を竦めて見せたのをヒメがあきれたように見つめる。

 「……神様から預かってますよ。この話の続きを考えてください」

 姫がA4サイズの茶封筒を差し出してきた。

「いや、悪いけど今は書くものが山積みでね」俺はその封筒の受け取りを拒否しながら言う。売れっ子作家にでもなったようで気分が良かった。

「神様の暇つぶしには付き合えない……つまり約束を反故にするということですか?嘘つきなんですね」

 つりあがった目が俺を見据える。その圧力に圧され、つい「嘘じゃない」と口走った。

「なら読むだけ読んでください」

 グイッと胸元に封筒を押し付けられる。


「だから、今すぐは無理だって」

 自分の声で目が覚めた。外はまだ暗い。寝直そうと寝返りを打ったとき、胸元でかさりと音がした。

「……まだ夢見てんのか」

 A4の茶封筒が腕の間でシワになっていた。

「……ヒメの渡してきた封筒か?まさかな」

 封筒を脇に避けながら考えた。きっと俺はまだ夢の中なのだ。……とりあえず明日も仕事なので無理矢理に目を閉じた。


 その後は夢を見ることもなくスマホのアラームで目を覚ますことができた。深夜に脇に避けた封筒は朝になっても残っている。幻ではなかったのか。

「現実は小説よりも奇なり……なのか?」

 俺はこの言葉をいつか使うような出来事が起きるのに憧れてはいた。ただ、地味だなとも思った。寝る前に持っていなかった封筒が起きたらあった。ただそれだけの不思議な出来事。

 ……ホラーにもギャグにも使えなさそうだし、誰に自慢することもできない。


 そんなことを考えていると、スマホが出勤時間をけたたましく告げてきた。俺はそれに応えて気持ちを切替え、身支度を始める。封筒を通勤鞄に突っ込み車中で食べるように朝ごはんがわりの菓子パンを掴んで家を出た。

 今日も夕飯は「ジョーカー」にしようかな。

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