2人目の少女が依頼に来た4
「ありがとうございます」
俺の書いた小説を読み終えた三鷹 聡子は消え入りそうな声でそう言った。
鞄から財布を取り出しながら
「代金は……」
と支払おうとする三鷹 聡子。俺はそれを見て慌てた。作品を渡しただけでは完成していないのだ。
「まって、待ってください」
「はい?」
三鷹 聡子はなにか悪いことを言ってしまったと思っているのだろう。怯えるような視線を俺に向けて、財布を鞄から出す半端な姿勢のままで固る。
「……ご依頼内容を覚えていますか?」
俺は慎重に言葉を選ぶ。なんとしても、依頼人の口から「未完ですよね」という言葉を引き出さない事には依頼を達成したとは言えない。その言葉さえ出ればその後の説明はいくつか用意してある。まさか問われもせずに支払いに移行するとは思わなかった。
「自信をもって発言できるようになりたい……です」
約束の日から時間が空いたのに一言一句間違わずに答える三鷹 聡子。前回会った時、自宅で日中のやり取りを反芻し自己反省会をしていると言っていた。この記憶力はそのお陰だろう。
「三鷹 聡子さん、読んだ素直な感想をお聞きして良いですか?」
俺はもうひと押しした。
「……もう少し読み込んでみてからでも良いですか??」
三鷹 聡子が恐る恐ると言った様子で俺に確認する。人の反応をここまで気にする三鷹 聡子にとって手渡された小説が「未完なのではないか」と問いかけることは、俺が想像している以上に難しいことなのだろう。しかし、それをしてもらうことこそ、俺が伝えたいことであり、三鷹 聡子に必要であると判断したことだ。
時計のはりがコチコチと鳴る。
三鷹 聡子は必死に「正解」を探すように一文字ずつ丁寧に目で文字を追っている。バサリと新聞の頁をめくる音がして、俺は目線だけそちらをみた。
田中さんが斜め向かいの席で「よっ!」とでも言うように片手を上げた。今日、依頼人と会うことは教えていないはずだ。思わず声を上げそうになったのをなんとかこらえた。今は依頼人が優先だ。田中 栄太に目線だけで会釈を返す。
「……不思議なケーキというのは、どこが不思議だったんでしょうか?」
ようやく、発せられた三鷹 聡子の言葉。眉尻は下がり、俺が不愉快な顔をすることを恐れているような顔だ。
「食べるとまた来店したくなるケーキです」
俺は、聞きたかった言葉だと伝える為に、精一杯の笑顔を三鷹聡子に向けた。ホッとしたようなしかし疑問の残る表情で三鷹 聡子が俺を見る。
俺は三鷹 聡子がそれを言葉にするのを待った。
「……どういう、事なのでしょうか?」
俺が話し出さないのを見て恐る恐る三鷹 聡子が言葉を紡ぐ。少々強引なやり方だ。やり過ぎたら嫌な記憶になってしまう。俺はさじ加減の難しさに内心辟易しながら言葉を選ぶ。
「三鷹さんはこの物語の誰に共感しましたか?」
「それは主人公です」
さらりと三鷹 聡子が言った。
「それではパティシエの立場で読んでもらっても良いでしょうか?」
少々偉そうに聞こえただろうか。なるべく誘導などはかけたくないのだが。
「もし、三鷹さんがパティシエだったとしたら?なにも言わずに帰った客をどう思いますか?」
しまった、この聞き方では三鷹 聡子は答えを探そうとしてしまう。
「……恐らく、自分の作ったケーキが美味しくなかったのだとへこむと思います」
「どうしてそうなる!?」
俺の思っていたどの答えとも違う反応に、依頼人だということを忘れる。自分自身に責任を持っていきたい人らしいとは思っていたがこれ程とは。




