↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
田舎っぺ聖女様の花嫁奮闘記 〜 形だけの結婚と言ったのに、いつの間にか溺愛して来るクズな公爵様を躾けます 〜  作者: 鳥庭右京


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

9/35

8話 刺すのか、刺されるのか



 王都の初日はヴィオラとの不愉快な出会いから始まった。

 ミラは悪い流れを払拭させようと、気持ちを新たに新生活をスタートさせる。


 2日目は上位の使用人達との顔合わせ。

 執事のマッシュ、その妻でメイド長のリサ、料理長のブンダ、御者頭のトム、庭師のサム。などなど。

 

 自己紹介が終わるとヌッコに屋敷を案内してもらう。

 部屋の一つ一つ、屋根裏から地下室まで。代々の公爵がお愉しみに使った秘密の部屋を除いて全部。最後は小さな森や池、家庭菜園まである広い庭を見学する。庭には馬や牛、山羊や羊、犬も猫も鶏もいた。これらは家畜と言うより景観を整えるペットであるらしい。一種の動物園だ。そうして一日が終わる。


 3日目は公爵家の御用商人であるミュレリ商会との面談。

 公爵夫人となったミラは、王都公爵屋敷の年間予算の何割かを自由に使える立場となった。しかしそれはミラの私的なお金ではない。


 例えば屋敷でパーティーを開催したとする。ミラはホストとして段取りを組まねばならない。パーティーの雰囲気を決め、それにあった内装を整える為に業者を呼ぶ。


 料理は何を出すか。フルコースメニューの選定から食材の仕入、選別までミラがプロデュースする。パーティーの最後にはお客にお土産も渡さないと礼儀に反する。


 その全てにお金がかかる。お金は無限にはないから、予算の中で遣り繰りする。ミュレリ商会とのコミュニケーションが不足していると、考えた以上の散財をしてしまう。なのでマッシュに補佐されながら、ミュレリ商会の担当者と念入りに顔合わせをする。これで一日が潰れる。


 4日目。ヌッコに捕まって言葉遣いを注意される。

 カリムはプライベートの場所なら素の話し方で良いと許可を出したが、社交界では絶対に許されない。これから冬になる。社交界が本格的に動き出す。公爵夫人として社交界デビューする前に、標準語を徹底的に教え込むと宣言される。辛い。


 5日目。最初にすべき重要な事柄はだいたい終わった。後は実践しながら公爵夫人の何たるかを学んで行くのだ。


「ヌッコ、旦那様は今日も遅いだべか? 間違えた、遅いかしら?」


 午後3時。ミラは与えられた豪華な自室でお茶を楽しんでいた。ヌッコの標準語講座が終わった後のお菓子とお茶は美味いのだ。


「外国には“師走”と言う言葉も御座います。年末にかけて、大蔵省は忙しいようです」


 王都屋敷に来てから今日まで、カリムは朝早く出勤して、夜遅く帰る。顔を合わせるのは朝食と夕食の僅かな時間だけ。もちろん寝室は別々なので、ほとんど会っていない事になる。


「旦那様は毒を警戒してお昼も取らないと聞いています。お体を壊さないか心配だべ、でっす」


 朝食は軽め、昼は無し、夕食は夜遅い。若いとはいえ、これでは健康を害してしまう。ミラはどうにか改善出来ないかと思案する。


 ナッツ入りのクッキーを手に取り、サクサクしながら窓の外を眺めている。するとドアがノックされた。ヌッコが誰何(すいか)する。相手は執事のマッシュだ。ドアを開けるとマッシュは一礼してミラの側に寄る。


「マッシュ、どうしましたか?」


「お寛ぎの所、失礼致します。お客様が参られました」


「お客様? どなただべっすか?」


 王都にミラの知り合いは皆無。客と言えばミュレリ商会か、悪役令嬢ヴィオラしか思い当たらない。頬に手を当て考える。


「公爵様の部下でご友人のコーラル様でございます」


「コーラル様?」


「はい。男爵家の子息で、公爵様の数少ないご友人です。何でも、公爵様から指示されたお使いだとか」


 カリムの友人で正規の使者なら、女主人のミラが相手をするのが常識。自室を出るとマッシュに先導され、背中をヌッコに守られながら、バカ広い屋敷を歩く。移動時間がもどかしい。


「ねぇヌッコ。走ったら早いですわよ」


 走りには自信がある。ペーターランドでは標高2000メートル地点にて、スプリングディアーと言う魔物に走り勝っている。その時は身体強化魔法を使っていない。


「奥様。屋敷を走り回る公爵夫人なんて聞いたことがありません。絶対にやめて下さい」


「……はい」


 てくてくと歩き、応接間に到着する。マッシュが扉を開けると、金髪の若い男がソファーでお茶を啜っていた。


「お待たせ致しましたコーラル様。こちらがミラ奥様でございます」


 マッシュに紹介され、ミラは淑女の礼をとる。


「お初にお目にかかります。カリムの妻、ミラでございます」


 すると、コーラルは立ち上がったまま黙ってしまった。ミラは不思議に思い、彼を観察する。


(背が高くてスリムで凄い美形だべ。こりゃ、女の子にモテモテだべな。いんや、男にもモテるかも。……まさか!)


 ミラは閃いた。気が付いてしまった。たぶんそうだと勝手に納得する。


「うぁ、うぉ、うほぉっ!」


 コーラルはミラを凝視して、瞳孔全開で奇妙な声を出した。


「どうされましたコーラル様。お体の具合が悪いのですか?」


「あ、あいつ。カリムの奴」


「はい? 旦那様が、なにか?」


 コーラルは突然、拳を天に振り上げて叫んだ。


「こんなに可愛い嫁をもらって隠してやがったのか! カリムの裏切り者めぇ〜!」


「がっぺ?」


 コーラルは少し変人らしい。発作は日常的な事で、その証拠にマッシュもヌッコも呆れてスルーしている。


「いや、すまない。ミラちゃんが僕のどストライクだったから我を忘れてしまった。いやはや、君は本当に可愛いな」


「そ、そんな。人妻ですよ」


 褒められてまんざらでもないミラ。マッシュとヌッコの視線が刺さる。


「おほん。奥様、コーラル様のご用事をお聞き下さい」


「そうでした。コーラル様、旦那様のお使いとは?」


「そうだった。まずは書斎にある資料を取りに来た。場所を教えるからマッシュ、取ってきてくれ」


「かしこまりました」


「それとミラちゃんに伝言。今夜は忙しくて帰れないってさ。カリムの奴、こんなに可愛い新妻を一人寝させるなんて酷いよね。はは」


「まあっ!」


 帰らず徹夜で仕事をする。そう聞いたミラは不安になった。カリムは外では極力食事を取らない。ならば夕食はどうするのかと。


「今夜は食べないんじゃない。よくある事だよ」


 あっけらかんと答えるコーラル。


「駄目だっペ! 激務をこなす旦那様には、栄養と愛情に満ちた食事が必要だっペよ!」


「だっぺ? え? なに?」


 ミラは激怒した。己の体をかえりみない、愚かなカリム・マンディブラリス公爵に対してだ。


「コーラル様、少しだけお時間を頂けませんか?」


「時間? 別に良いけど、なに?」


「今すぐ、旦那様のお弁当を作ります。届けて下さいませ!」


「お弁当? ミラちゃんが作るの?」


「がっぺ!」


 ミラは厨房に急いだ。料理長のブンダに事情を説明すると、腕を捲くって包丁を握る。


「お、奥様、料理なら我々が致します。包丁を離して下さい」


 ブンダは小太りのおっさんだ。王都公爵屋敷に勤めて25年。包丁を握る貴族夫人は初めてだった。


「おだまり! これは私と旦那様の戦いです! 邪魔をすんな!」


 やはりミラはキレやすい。包丁を持っているので近付くのは危険だ。


 まずは毒検査。厨房全体に毒検知魔法をかける。


「当然だけど毒物無し! 次!」


 豚肉を取る。豚肉にはビタミンB1が豊富に含まれている。これは疲労回復ビタミンと呼ばれている。今のカリムに欠かせない食材である。


「仕事の合間に楽に食べられる料理。そうだ、カツサンドにしよう!」


 筋を切り、小麦粉、溶き卵、パン粉をまぶし、たっぷりのラードでじゅわわ〜。狐色になったら出来上がり。


「ブンダさん、キャベツ!」


「はっ! はい!」


 千切り。高速千切り。ミラの操る包丁が速すぎて見えない。


「ブンダさん、パン!」


「はい! 奥様!」


 フワフワの白パン。耳を切り落とし、食べやすい大きさにカット。表面にマスタードを混ぜたバターを塗る。


「ブンダさん、ソース!」


「はい! 秘伝のウスターソースです!」


 パン、千切りキャベツ、カツ、ウスターソース。一つになれば、カツサンドとなる。


「出来上がり! ブンダさん、ヌッコ、味見!」


「美味し〜い! 外はふんわり、中はサクッとジューシーだわ!」


「美味い! こんなカツサンド、初めてだ!」


「良し!」


 同僚や部下にお裾分けするかもしれない。気を利かせたミラはカツサンドを沢山作り、バスケットに詰めた。


「後は不埒者に細工をされないようにしてっと」


 チョチョイと魔法をかけて完成。それを馬車の前で待機中のコーラルへ渡す。


「旦那様に渡して下さいませ」


「渡すけど、他人が運んだ物は食べないと思うよ」


 コーラルは親友だが、それでも隙の生まれた食べ物は口にしないと言う。そこまで徹底しないと命を守れないのがカリムの現実だ。


「大丈夫です。カツサンドには状態保存の魔法。バスケットには不可侵の魔法を掛けてあります。旦那様が解除を念じない限り、何人も細工をする事は不可能です」


「へぇ〜そうなんだ。すごいね」


 コーラルは困った顔でマッシュを見る。一般的に、状態保存の魔法と不可侵の魔法は高等魔法に分類される。特に不可侵の使い手は国内に数人しかいない。つまり、ミラの言葉を信じる根拠がないのだ。


「お疑いならコーラル様、どうぞバスケットを開けてみて下さい」


「開けるの? 良いけど、開けたら僕が食べるよ?」


「お好きに」


 種も仕掛けもないバスケットだ。コーラルは普通に開けようとして、そして開かない。


「おかしな、あれ? ふん! 開け! 胡麻!」


 大人の男が全力を出しても開かないバスケット。コーラルの額にうっすらと汗が滲む。


「まさか、本当に不可侵の魔法なのか」


 半分は信じた。半分は常識が邪魔をしている。後一押し。


「ヌッコ、剣は持っているかしら」


「はい、奥様」


「なら、バスケットを本気で斬りなさい。全力でね」


「……かしこまりました」


 命令なら従うより他はない。ヌッコはメイドスカートからロングソードを取り出した。メイドのスカートの中は、色々入った不思議空間なのだ。


「では、斬ります」


「待って」


 上段に構えたヌッコをとめる。やれと言ったり、待てと言ったり。どうしたいのか。


「身体強化魔法を掛けましょう。50倍でいいかしら」


「50倍! そんなの大賢者様しか出来ません! てっ言うか、身体強化魔法は他人への付与は不可能。自分自身にしか掛けられません!」


 ミラのとんでも発言に、さすがのヌッコもちょびっとキレる。だけどミラは気にしない、四の五の言わずに「えいっ!」


「ふぁっ! う、嘘でしょ!」


 ミラの右手から放たれた魔力が金色の粒子となってヌッコを包む。それは本人しか分からない。本人だから感じる。身体能力が50倍になっていると。


「力が溢れる。今ならドラゴンだって殺れる」


「準備完了。さあ、全力全開でバスケットを斬りなさい」


「はい! 奥様!」


 2メートルの身長がしなやかに踊る。全身の鍛え抜かれた筋肉が、ミラの魔力で50倍の力を発揮する。振り下ろしたロングソードの先端は音速を超えて亜光速へと至り、衝撃波を生みながらバスケットに直撃した。


 ガキィィィーーーン!!!


「うわぁぁっ!」

「ぬうっ!」

「ふむ。まあまあずら」


「……奥様、剣が」


 衝撃が収まった時、コーラル、マッシュ、ヌッコの見た光景は信じ難いものだった。


 地面に置かれたバスケットは無傷だ。誰がどう見ても変化はない。対してロングソードは中程から折れていた。しかも、折れ飛んだ先端は溶けている。剣とバスケットが衝突したエネルギーが熱に変換され、鋼の融解温度を超えた証拠である。


「ではコーラル様。間違いなく旦那様へお渡し下さいね」


「……うん、任せて」


 ミラは微笑んでバスケットを手渡す。その際、どうしても聞かなければならない事柄があった。

 コーラルの耳元に顔を近付け、他に聞かれぬようにして、ささやく様に話しかける。


「コーラル様、貴方は刺す方ですか? それとも刺される方ですか?」


「刺す? 何が?」


「ですから、旦那様に刺すのか? それとも旦那様に刺されるのか? です」


「いや、刺さないし、刺されないよ?」


「本当に? お二人は刺したり刺されたりの関係ではないのですか?」


「物騒だな。僕達は親友さ、殺し合いなんて絶対にしないよ」


「そげですか」


 どうやらコーラルはカリムの愛人ではないらしい。ミラはそれを確かめられて胸を撫で下ろす。


「沢山作りましたから、皆さんもどうぞ」


 手を振るミラ達に見送られ、コーラルは職場に戻って行った。


 ◇◇◇◇◇


「ミラの手作りカツサンド、ひと休みして食べるか」


 夜。カリムは職場で空腹に襲われていた。働けばお腹が空く、食べなければ力が出ない。分かっていても、今までは頻繁に食事を抜いていた。


「僕にもくれよカリム」


 コーラルが封印の解かれたバスケットに手を伸ばす。


「待て、最初に食べるのは私だ。余ったら分けても良い」


「そんな、ズルいぞ」


 バスケットの中のカツサンドは輝いていた。状態保存の魔法で出来たてホヤホヤの鮮度を保っている。食欲を煽る獰猛な匂いが、職場を蹂躙しているのだ。


「仕方ない。ならばお茶を入れてくれ。茶葉はミラが用意した物を使い、毒味も君達がしてくれ」


「分かった。絶対にカリムを死なせはしない。ミラちゃんのカツサンドが食べたいからね」


 その日、カリムは初めて職場でお弁当を食べた。ミラと結婚する前なら絶対に無かった事だ。ゲスナー伯爵に勝利した瞬間と言ってもいい。母親やドナルド叔父が知ったらどんな顔をするだろう。


 絶品のカツサンドを頬張りながら、コーラルの淹れたお茶で喉を潤すと、自然と顔がほころぶ。


「美味しい。本当に美味しい」


「めちゃくちゃ美味い! ミラちゃん最高!」


 他の同僚も部下達も、ミラのカツサンドに元気を貰って残りの仕事に取り掛かる。つらい残業も不思議と苦にならず、いつもより早く片付いたのである。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。