7話 悪役令嬢ヴィオラ
『終着駅、王都アウラタアルファックでございます。ご乗車ありがとう御座いました。またのご利用をお待ちしております』
駅のアナウンスが良く通る、清々しい秋の朝。
ミラはオランス王国の首都、王都アウラタアルファックに初めて足を踏み入れた。
「旦那様、人が多過ぎっぺ。建物も多くて高いべ。地平線の向こうまで街が続いていて、何処から何処までが王都か分からんべ」
人の群れに酔って目を回し、カリムの腕にしがみついて恐怖を紛らわすミラである。
「向こうに城壁に囲まれた場所があるだろう」
カリムは遠くに見える長大な城壁を指差した。
「城壁の中に王城と貴族街がある。昔は平民街も含めて城壁の中が王都と呼ばれていた。魔除けの鉄が発明されてから平民街が城壁の外へと広がり、今では王城を中心に半径10キロ圏内の都市群を王都としている。一部は海にも面していて、外国船も頻繁に入国しているんだ」
「ほぇ〜。ペーターランドと違い過ぎて怖い」
ミラにとってはマンディブラリス公爵領でも都会。そこを超える大都市なら、恐れを抱いても仕方ない。
子犬の様に震え、ミラは抱き着く力を強める。
巨乳がカリムの腕にム〜ニュムニュ。昨夜のミラの温もりが、カリムの頭の中でグルグル巡る。
「うぉっほん。駅の外に馬車が迎えに来ているはずだ。今日から君の家になる、王都公爵屋敷へ案内しよう」
カリムに導かれるまま駅の外へ出ると、3台の馬車が待っていた。その中で一番豪華な馬車の前に老人が立っている。背が高く、筋肉質で背筋の伸びた、白髪と口髭の燕尾服。ミラはひと目で老人の実力を感じ取る。
(この老人、出来る。牧童のアンドレアスと互角かそれ以上だべ)
牧童のアンドレアスは昔、山羊を守る為に山獅子という魔物と棒切れ一本で戦い、撲殺した猛者である。
「マッシュ、今帰った」
「お帰りなさいませ公爵様。それと、お初にお目にかかりますミラ奥様」
マッシュと呼ばれた老人は胸に右手を当て、斜め45度に腰を曲げて、優雅さ漂う所作でカリムとミラを出迎えた。
「王都公爵屋敷を任せている執事のマッシュだ。分からない事があれば頼るといい」
紹介されれば挨拶を返すのが礼儀。ミラは一歩前へ出ると、洗練された所作でスカートを摘んで膝を折る。
「ペーターランドから嫁いで参りました。ミラ・オーエンス・マンディブラリスで御座います。これからどうぞ良しなに」
「勿体ないお言葉。この老体、感激致しました」
ミラは言葉の訛りさえなければ理想的な令嬢だ。初対面の掴みは最高点を叩き出し、執事マッシュは満足気に2人を馬車へ誘う。
馬車の中にはカリムと秘書マルコム。向かい側の席にミラと巨メイドヌッコ。執事マッシュは御者席の隣に座り、護衛の騎士達は他2台の馬車に分乗して主を守る布陣。
「旦那様、道が全部舗装されています」
王都の道路は綺麗に舗装されていた。道沿いの建物は修繕が行き届いて立派。道行く人々は清潔で活気があり笑顔であった。ミラは窓から見える景色全てに感動する。
「表面上だけだ。一見華やかに見える王都にも裏の顔はある」
「裏の顔。それは『流れ任侠サムウェイ』の様なアレだべか?」
流れ任侠サムウェイは人気ヤクザ小説だ。放浪の任侠サムウェイが各地を旅して悪を斬る痛快活劇である。
「アレは大衆娯楽だろう。現実はもっと醜くて酷い。君は絶対に1人で王都を出歩かない様に。これは命令だ、ヌッコも肝に銘じておけ」
「承知致しました公爵様」
「オラは大丈夫だけんども、旦那様が心配してそう言うならそうします」
人が集まれば闇も生まれる。綺麗事では済まない現実からミラを守ろうとすれば過保護にもなる。出来れば自由を奪う真似は避けたかったが、彼自身が何度も命を狙われているのだ。醜い現実は嫌と言うほど身に沁みていた。
「大っきい城門だ! 旦那様、ペーターランドの王都の城門より3倍は大きいっぺ!」
馬車は平民街と貴族街を分ける城門を通過する。その際、短時間だけ停車して門衛に身分証明を提示する。公爵家の馬車なので簡単なやり取りで済むが、本来なら厳しい検査が行われ、平民は城壁の内側に容易には入れない。
「街の様子がガラッと変わった!」
門を抜けるとそこは雪国の様だった。
白い建材で造られた、真新しい豪奢な屋敷が都市計画に基づいて整然と並んでいる。屋敷も白、道の舗装も白。決められた理念の下で白に統一されている街。
「平民街が城壁の外へ出た後、貴族の占有地となった城壁内は再開発されて、当時の国王陛下の勅令で白い街へと生まれ変わったのだ。この貴族街だけは素直に自慢出来る。ここを訪れた外国使節の驚く顔と言ったら、見ものだぞ」
「くくく」と声を出して笑うカリム。ミラはちょっと意地悪な笑い方だなと感じた。この旦那様は、性格が少しだけ歪んでいると思える。
「公爵屋敷は王城の側だ。もうすぐ到着する」
城壁内を走る馬車は貴族の馬車ばかり。交通量は少なく、歩行者も基本的に貴族か使用人で全体的に少ない。遮る物のない道を、2人を乗せた馬車は速く進む。
やがて巨大な白亜の城が間近に迫る。全体を漆喰で塗られた国王の居城だ。その側に、別邸と呼ぶには大き過ぎる王都公爵屋敷がある。
「あそこだ。狭い屋敷だが我慢して欲しい」
(ひょえぇ〜! 別邸なのに実家の伯爵屋敷より大きいべ。狭いどころか広い事を我慢する事になりそうです)
鉄柵で囲われた屋敷。武装した門衛が守る正門。公爵家の財力を思えば、これでも控えている方だ。王家への気遣いも大変なのだ。
屋敷の主の帰還だ。門が開かれ、門衛が最敬礼で出迎える。そのまま通過。そう思われた時、門衛長が執事マッシュに何事かを報告した。マッシュの眉間に皺が寄る。
「公爵様、少々問題が発生致しました」
「……話せ」
マッシュは御者席の小窓を開けてカリムに耳打ちする。するとカリムも眉間に皺を寄せ、こめかみを指で押して苦悶の表情を作る。
「……仕方ない。このまま進め」
「かしこまりました」
再び動き出す馬車。屋敷は目の前である。なのに先程まで普通だったカリムは不機嫌となり、窓の外を睨んでいる。
「旦那様、大丈夫だっぺ?」
ミラは心配になって声をかけた。
「問題ない。どうやら招かれざる客が来ている様だ。不快な思いをするかもしれないが、相手の挑発に乗らないように」
「はあ? そげですか」
屋敷の前では使用人一同が整列していた。その数100人。圧巻の光景である。そして出迎えの中心にいるのは、紫色のロングヘアーを縦ロールにした貴族令嬢。まるで屋敷の女主人の如く、堂々とした佇まい。
馬車が止まり、カリムが降り立つ。すると紫縦ロール令嬢が飛びついた。
「お帰りなさいませお兄様! 私、首を長くしてお待ちしておりました!」
カリムの首に腕を回し、きつく抱いて体を密着させる。若く美形の令嬢なのだが、カリムは本当に嫌そうな顔になる。
「離れろヴィオラ。はしたないぞ」
「嫌です。お兄様成分を補給するまで離れません」
ヴィオラと呼ばれた令嬢は、カリムの体臭をクンカクンカ。その様は恋人、或いは長く離れていた夫の帰還を喜ぶ若妻であった。
(すんごく馴れ馴れしい娘っ子だな。だれだべ?)
マッシュのエスコートで馬車を降りたミラはカリムの隣に立つ。自分より背の高いヴィオラを見上げ、何者かと考える。
「私は結婚したのだ。従姉妹とは言え、今後は軽率な振る舞いを止めてもらいたい」
カリムはヴィオラを引き剥がそうとするが、女性相手に本気の力を出せない。ヴィオラはそれを分かっていて、胸を押し付け、吐息をかける。
「うるさい蠅を躱すための偽装結婚でしょう。本当の結婚なら、私やお母様も結婚式に招待して下さるはずですもの。分かっておりますわ」
可愛い系のロリ巨乳であるミラと違い、大人の色気が漂うヴィオラ。
ミラの中に嫉妬心が湧き「うぉっほん」とわざとらしく咳払いをしてしまう。
「あら、お兄様。このチンチクリンは新しい使用人ですか?」
見下している。完全に舐め腐っている。バストでは圧倒的にミラが勝っているが、身長とスタイルはヴィオラに軍配が上がる。総合点では今の所、互角。
(負けたくない。オラ、この娘っ子に負けたくないべ)
「はじめまして、何処の誰だか知らない貴女。カリム公爵の妻、ミラ・オーエンス・マンディブラリスと申します」
礼儀作法には反するが、ミラはあえて自分から自己紹介をした。
「あぁ、偽装結婚の為に辺境から連れて来た田舎貴族の娘ね。ご苦労様、もう帰って良いわよ」
「あ? なんつった?」
どちらも引かない。女の戦いが始まろうとしている。
「私はヴィオラ・キヨタミ。キヨタミ侯爵家の長女でカリムお兄様の従姉妹。そしてお兄様の未来の妻。アンタなんかお呼びじゃないのよ、乳デカブス」
「おぉん! やんのか縦ロール!」
ミラは案外、キレやすい。おそらく大自然の中で家畜と魔物に囲まれて育ったせいだろう。身体に魔力を纏い、身体能力を倍加させて拳を握る。身体強化魔法は倍率が高くなるほど難易度の上がる魔法だ。現在、ミラの倍率は50倍。この域の身体強化魔法を使えるのは大賢者クラスである。しかもミラは全力ではない。おおよそフルパワーの50パーセント。
「……2人共やめろ」
冷めた声だった。カリムは怒るでもなく、焦るでもなく。乾いた様子で2人の美少女を制止する。
「ヴィオラ、結婚は偽装ではない。ミラは確かに私の妻だ」
「……お兄様、いやよ」
「ミラ、挑発に乗るなと注意しただろう。今後は公爵夫人に相応しい忍耐力を身に付けてくれ」
「……がっぺ」
カリムは今度こそヴィオラを引き離すと、ミラの腰に手を回して歩き出した。結婚4日目にして、初めてのエスコートだ。
置き去りにされたヴィオラは悔しさと憎しみの籠もった目でミラを睨む。2人が屋敷の中に消えるまでずっと。
そして屋敷の扉が閉まり、ヴィオラの視線が消えるとカリムは語り出した。
「亡き父には2人の兄弟がいた。弟のゲスナー伯爵とキヨタミ侯爵家に嫁いだ妹のピッコラ夫人だ。ゲスナーは私を殺して公爵になろうとし、ピッコラ夫人は娘のヴィオラと結婚させて公爵家を乗っ取ろうとしている」
父方の親族の大半が敵だと言う。
悲惨な家族関係に、ミラはかける言葉が出て来なかった。
「だから君との結婚は形だけのものなんだ。巻き込んですまない、罪滅ぼしは必ずする。叶うなら、もう少しだけ妻を演じて欲しい」
カリムの微笑みはとても悲しかった。笑顔なのに泣いている。涙を流さず心で泣くカリムを見て、ミラの母性はキュンと締め付けられるのであった。




