9話 冒険者ギルドに行こう!
ある日の事。カリムは部下から相談を受けた。
「痔が治らないんです。貴族病院で処方されたポーションを使っているのですが、効き目がいまいちで」
痔には切れ痔、イボ痔、あな痔があり、なりやすい体質もあるが、発生の原因は普段の行いが主である。
トイレが長い、踏ん張りすぎる、穴を強く拭きすぎる、本来の使用目的以外で穴を酷使している。などなど。
「痔で仕事に支障が出るのは困る。痔の事は詳しくないので帰ったら妻に聞いてみよう」
「変な相談ですいません」
ミラと結婚して10日以上が過ぎた。その間、多才で桁外れなミラの能力に驚いてばかりだ。この瞬間も、ミラなら痔の良い治療法を知っているのではないか。そんな気がして安請け合いしてしまう。
次の日の朝。朝食を食べながらカリムは痔の相談を切り出した。
「実は痔に悩んでいてな(部下が)」
「んぐっ! 痔だべか!(カリムが)」
「貴族病院のポーションの効き目がいまいちらしい。ペーターランドは自然が豊かだろう、痔に効く薬草はないだろうか?」
「じ、痔に効く薬草は数種類あるだ。だども、オランス王国でも手に入る物だから、効能は変わらないと思うだね」
「やはりそうか。しかし仕事に支障が出ているのだ。何とかしたい」
「そんなに辛いなら、オラも何とかしてあげたいべ」
深刻な雰囲気のカリム。ミラはポーションの現物が見たいと思い、執事のマッシュに尋ねる。すると使用人の一人が痔持ちで痔のポーションを持っていると言う。しばらく待つと、朝食の席に痔のポーションが運び込まれて来た。
「おんや? オラの知ってるポーションより色が薄い。どれ、調べてみんべ」
小瓶に入った黄色い液体。ミラは両手をかざして“鑑定”の魔法を発動する。
「鑑定だと! そんな馬鹿な!」
カリムは目を見開いて驚愕する。マッシュもヌッコも、その場にいる全員が同じだ。
鑑定は神の叡智を覗き見る魔法。神との繋がりが強いほど多くの知識を得る。上級魔法である鑑定を使えるだけでも魔法エリート、知れる範囲が多ければ多いほど神に愛された存在という証左になる。
「あ、マンドラゴラが入ってないっぺ。なるほど、これでは効能が片手落ちだべさ」
「マンドラゴラだと?」
マンドラゴラは人型をした人参の霊草。あらゆる薬草の効能を増加させるが、とても貴重なので痔のポーション程度では使われない。なにせグラム当たりの価格が金の2〜3倍もするのだ。
「マンドラゴラが入っていないのは普通だ。それ以外は何かないのか?」
「このポーションは至って無難な配合だす。これで効かないなら、お尻を使い過ぎだっぺよ旦那様」
「お尻の使い過ぎ? よく分からん」
「自覚のない使い過ぎは危険だべ、やり過ぎは何事も毒だでよ」
「そうだな。ではマンドラゴラ入りの薬でないと、重症の痔は治せないという事か」
「んだす。旦那様の一大事じゃけん、オラが薬を調合しますだ。ミュレリ商会でマンドラゴラは扱っていますか?」
ミラはマッシュに尋ねる。分からない事は取り敢えず執事に聞くのだ。
「マンドラゴラは貴重でごさいます。扱いも難しく、在庫にはないかと。すぐに採集を依頼しても、納品まで1週間以上は掛かるでしょう」
ミラは考える。夫のお尻の危機である。恥を忍んで相談するくらい辛いなら、1週間待たせるのは心が痛む。
「それなら冒険者ギルドへ行って来ますだ。その方が早いので」
「なるほど。上位冒険者に直接採集依頼を出すのか。しかし冒険者ギルドは平民街にある。危険だ。わざわざ君が行かなくても、使用人を代理で行かせればよい」
過保護なカリムはミラを貴族街から出したくない。ゲスナー伯爵の魔の手を思えば、貴族街でも心配なのだ。大切な娘さんを自分の都合で嫁にした責任は果たしたい。
「旦那様。オラの代理はヌッコでは務まりません。実力的にはマッシュでギリギリだども、歳を考えるとちょびっと酷です」
目玉焼きをナイフとフォークで巧みに切り分け、口へ運びながら語るミラ。
「意味が分からん。分かるように話してくれ」
「じゃっけん、マッシュは執事の仕事があるで、無理はさせらんべ」
「その通りだ。だから他の使用人を……」
「無理だす。オラが行って、チャッチャッとマンドラゴラを用意しますだ」
カリムは会話が噛み合っていない気がした。歯車が一コマズレている感覚がして不安になる。それに加え、何となくミラの強い意志を感じるのだ。
(息抜きに外へ出たいのか。王都観光もしていなし、自由が欲しいのかも。ここは私が折れて許可するべきか)
「良いだろう。だが冒険者ギルドまでは馬車で移動して、寄り道はしないように」
「あざす」
「ヌッコ、頼むぞ」
「この身を盾にしてお守り致します」
お出かけの許可は取った。ミラは出勤するカリムを玄関で見送ると、早速準備に取り掛かる。
「ヌッコ、着替えますよ」
カリムがいない時は標準語。それがヌッコとの約束。
「着替えでございますか? どの様なドレスに致しますか? 本日は気持ちの良い秋晴れですから、薄紅のドレスなど如何でしょう」
公爵夫人たる者、冒険者ギルド相手でも気を抜いてはならない。
「ノンノン。冒険者ギルドに貴族令嬢が乗り込んだら冒険者の皆さんに迷惑ですわ。平民の姿で行くのです。私は私物の服があります。ヌッコは動きやすい服を持っていますか? スカートではなく、ズボンですよ」
「奥様、それは公爵夫人としてどうでしょうか。公爵様に恥をかかせる事になるのでは」
またしても始まったミラのとんでも行動。ヌッコは説得を試みる。
「今後、社交界デビューすれば広くお顔を知られます。公爵夫人が平民のフリをして出歩いているのを見られたら、悪い噂が立ってしまいますよ。公爵夫人としての常識を身に付けて下さい」
「あら、市井にとけ込む変装はペーターランドでは常識ですわ。ヌッコは柔軟な考え方を身に着けなさい」
「はぁ〜。常識が違い過ぎます」
説得は失敗した。それから2人は動きやすい平民服に着替える。ミラは商会のお嬢様がピクニックを楽しむ様な洒落たパンツスタイル。ヌッコは革の胴鎧とパンツに革のブーツ。腰にはロングソードを下げて、女用心棒といった趣だ。
「流れ任侠サムウェイみたい。カッコいいですわよ、ヌッコ」
「畏れ入ります。奥様のお眼鏡に叶ったならなによりです」
「では参りましょう」
準備万端、2人は馬車に乗る。本日の御者は御者頭のトムだ。
「トムさん、冒険者ギルドまでお願いします」
「かしこまりました奥様」
トムは60歳の老人だ。公爵家に仕えて45年。馬調教の達人とか、馬車の魔術師などの異名を持つ一流御者である。そんな彼も、平民服を着た公爵夫人を乗せるのは初めてだった。
(変わった奥様だ。噂では料理も魔法も得意だとか。オッパイも大きいし、公爵様は良い女性を娶られた)
トムの操る馬車は城壁を越えて平民街を北へ向かう。冒険者ギルドがあるのは北区だからだ。
平民街の道路でも貴族の馬車が優先である。カッポカッポとお馬は歩き、1時間ほどで冒険者ギルドに到着する。
「お疲れ様でした奥様、冒険者ギルドでございます」
冒険者ギルドは古いが頑丈な造りをした建物だ。
大きさは大商会の事務所くらい。実際、商会の事務所を中古で購入したのかもしれない。正面扉は常に開いていて、老若男女の冒険者達が頻繁に出入りしている。
トムはミラの下車を手助けする。
ミラは少し腰の曲がった真面目で働き者の老人にお礼を言って微笑んだ。
「トムさん、4〜5時間程度で戻ります。その間、お食事をして待っていて下さいね」
食事の代金は公爵家のツケで良いと言う。遠慮などせず、美味しい物を食べろと言う。
「ありがとうございます。では、お言葉に甘えて」
「また後でね、トムさん」
トムと別れて、いざ冒険者ギルドへ。
背は低いが巨乳が素晴らしいミラと、2メートルの身長と鍛えた肉体のヌッコが冒険者ギルドに入ると、中にいた冒険者達の視線が一瞬だけ集まる。大半の者はまず2人の巨乳を見る。それからヌッコを見て納得する。
それ以外の猛者。相手の実力を見抜ける玄人はミラに注目する。それこそが戦いで勝ち、生き残り続ける必須能力だからだ。
ミラは周囲の視線を気にもせず、受付カウンターへ向かう。
「ヌッコは冒険者登録をしているかしら?」
歩きながらおもむろに問う。
「いいえ。私は公爵家の家人なので、冒険者にはなりません」
貴族家の家人はある意味ステータスである。対して冒険者は保証のない危険な自営業だ。高収入、好待遇の正社員が安い副業をしないのと同じ理屈。
「分かりました。ではヌッコは余計な事は言わず、私に合わせてね」
「……かしこまりました?」
ヌッコの返事を聞いて頷いたミラは、若い受付嬢の前に立った。
「ようこそアウラタアルファック冒険者ギルドへ、本日はご依頼ですか」
受付嬢はミラがロリ巨乳なので冒険者だとは思わなかった。金持ちのお嬢様がお供を連れて依頼に来たのだろうと考える。
「いいえ。ギルドの資料室を使いたいのです。よろしいかしら」
「申し訳ございません。ギルドの資料室は冒険者にしか開放しておりません」
受付嬢の対応に、ミラは肩に掛けた乙女チックなカバンから一枚のカードを取り出して渡す。
「よろしくて」
「冒険者カード? ん? え? あれ?」
受付嬢は謎のカードとミラを交互に見る。何度も何度も、頭をブンブン回しながら。
「冒険者ギルドは冒険者の個人情報を無闇に口外しない。そうよね」
受付嬢が混乱して何かを言いかけた時、ミラは先手を打って釘を刺した。
「申し訳ございません! あの、カードをお返しします。資料室は2階の奥です。どうぞごゆっくり!」
「ありがとう」
カードを受け取り、ヌッコを連れて2階へと上がるミラ。
2人の姿が2階に消える。すると様子を黙って観察していた玄人の冒険者達がヒソヒソと話し始める。
その中で、特に雰囲気の悪い男がいた。幽鬼の様に青白く、飢えた肉食獣を思わせる。顔に能面の様な笑みを湛えながら、親しみやすさは皆無であった。
「よう。今のお嬢様は何者だい」
男は受付嬢に気さくに語りかけた。
「ジュダスさん、個人情報は教えられません」
ジュダスと呼ばれた男はニヤリと笑う。それがとても不気味で、受付嬢は本能的に顔を背ける。
「冒険者カードを持っていたな。ならお嬢様は冒険者って事だ。階級は?」
「だから、教えられません」
受付嬢の膝が震え始める。生理的な嫌悪感が込み上げるからだ。
「デカ女もやるが、本命は巨乳ちゃんだな。抑えてはいたが、アレだけの覇気ならミスリル級かな?」
冒険者のランクは下から、銅、銀、金、ミスリル、アダマンタイト、オリハルコンとなる。
金級なら一人前。ミスリルならベテラン。アダマンタイトなら猛者。そしてオリハルコンは世界に数人しかいない、人外の存在。
「知りません。教えられません」
頑なに口を噤む受付嬢。その反応に満足したジュダスはその場を離れる。
アダマンタイト級冒険者ジュダス。悪い噂の絶えない危険人物である。
受付嬢は立ち去るジュダスの背中を見て安堵した。それからミラを思い出し、別の意味で鳥肌が立つ。
(あんなに可愛いお嬢様がオリハルコン級冒険者だなんて信じられない。やっぱり強い人達って、同じ人間じゃないんだわ)
オリハルコン級冒険者ミラ・オーエンス・マンディブラリス。18歳。その事実を知る者は少ない。




