10話 マンドラゴラGETだぜ! ①
「ヌッコ、王都近辺の魔物の分布や、素材の採集地を知りたいのです。そういった資料を探して下さい」
「かしこまりました奥様」
冒険者ギルドの資料室。大量の本と資料が棚に並び、ちょっとした図書館のようだ。さいわいにも今、他の冒険者はいない。そもそも冒険者の多くは底辺出身であり、勉強習慣がないので資料室を積極的に利用する者が少ない。従ってミラ達の貸し切り状態である。2人は手分けして目的の資料を探す。
「さすがは大国オランス王国の王都冒険者ギルド。ペーターランドのギルドとは規模が違いますわ」
土地が変われば魔物の種類も資源も変わる。ミラの心は未知なる発見に躍るのだ。
「奥様、これは如何でしょうか」
数分後、ヌッコが見つけた資料には『王都近郊薬草採集一覧』とタイトルにある。まさにミラが欲しい情報だ。
「ありがとう。引き続き魔物の資料もお願い」
「かしこまりました」
受け取った資料を速読を使って読み込む。パラパラと高速でページをめくり、1分ほどで読み終えた。
(マンドラゴラの採集地はここから北へ、直線で42.195キロの距離だべか。古戦場跡地『呻きの渓谷』アンデット系の魔物に注意。なるほど)
マンドラゴラの生育に適した土地は、ジメジメとして不成仏霊が徘徊する場所。条件に合致している。
(身体強化魔法を使えば往復しても2〜3時間ずら。楽勝やんね)
ミラは今日中にマンドラゴラをGETする所存。
「奥様、魔物の資料がありました」
「ありがとう」
ヌッコから『王都近郊魔物一覧』を受け取り速読。残念な事に、王都周辺にはミラを満足させる魔物はいないらしい。
「マンドラゴラの採集地が分かりました。脅威となる魔物もいない様子。近くなのでこれから採集に行きますよ」
「は? これから? 誰が?」
ヌッコの脳内が「?」で埋め尽くされた。
第一に、誰が今から行くのか?
第二に、王都周辺に生息する魔物は十分に脅威である。
第三に、ミラの笑顔が語っている。「私と貴女で行くのよ」と。
「絶対に許可出来ません。公爵様に報告しますよ」
「旦那様の許可は取ってあります。問題ありません」
「いつ許可を取ったんですか。私は聞いていません。ベッドの中ですか? 違いますよね、奥様はまだ処女ですものね。適当言わないで下さい。騙されませんよ」
ミラとの付き合いも10日以上になれば耐性がつく。否。非常識すぎて感性が麻痺、遠慮がなくなる。ヌッコは不敬だと思いながらも自分を抑えられなくなった。
「呻きの渓谷? そこ、立ち入り制限区域です。アンデット系の巣窟で、ガチの心霊現象も報告されているんですよ。数年前、愚かな若者の集団が肝試しで呻きの渓谷へ侵入して、帰って来たのは女の子が1人だけ。その娘も後に発狂して自殺したと聞いています。お分かりですか? 駄目なんです。行っては駄目だから立ち入り制限区域なんです。奥様は馬鹿ですか。死にたがりですか? そもそも、公爵様はお許しになりませんよ」
興奮して一気に喋ってしまった。ハァハァと呼吸が荒ぶる。喉が渇いてしかたない。
「ヌッコ、話は良〜く分かったべ。したっけ、朝食の会話を思い出してみし」
「あ、標準語やめた。約束破った」
「オラは冒険者ギルドに行くと言ったべ。旦那様はそれを許可されただ」
「そうですね。それがどうした」
「ペーターランドでは、冒険者ギルドへ行くのは冒険へ行くのと同義。つまり、マンドラゴラを取りに行くのはオラだべさ。はい、論破」
「爆発しろペーターランド!」
ヌッコは数年ぶりに本気でブチ切れた。
閑話休題。
結局、ヌッコはミラに従う。ヌッコがどれだけ怒って止めても、彼女の実力ではミラを止められないと思い知っているからだ。
最上級の毒検知魔法。
最上級の聖属性攻撃魔法。
底の知れない伝説級の身体強化魔法(普通はあり得ないが他人に付与できる)
世界トップレベルの鑑定魔法。
他にも隠し玉の匂いがプンプンする。
ミラとは一体何者なのか。
項垂れたヌッコを連行して一階へ戻ったミラ。
すると。
「ブーヤンとカナリヤが攫われたんだ! 早く助けを出してくれ!」
金髪碧眼の美少年が声を荒げ、先ほどの受付嬢に詰め寄っている場面に遭遇した。
「リュカ君、落ち着いて。冒険者に依頼するにはお金が必要なのよ。分かるでしょ?」
受付嬢は興奮状態の美少年を諭そうとしているが、上手くはいっていない様子。
「冒険者の相互扶助制度があるじゃないか! 俺達も冒険者だから助けてくれよ!」
金髪美少年は食い下がる。ヌッコは知らず、オリハルコン級冒険者のミラは知っている、冒険者ギルドの制度がある。
本来自営業者である冒険者。行動の全ては自己責任であり、ギルドは単なるまとめ役。依頼の仲介はする。素材の売買もする。多少の事なら便宜を図る。だがそれだけだ。冒険者に対する責任はない。
冒険者は魔物や犯罪者と戦う命懸けの仕事。いつ死ぬか分からない。助けて欲しい時もある。依頼中に死んだ時、残された家族の生活はどうなるか。拠り所がなければ不安でやっていられない。そこでギルドが冒険者に呼びかけて生んだ仕組みが相互扶助制度だ。
困った時はお互い様。万が一の時に助け合う。それには貸しも借りもない。純粋な助け合い。
(だども。どこまで助けてくれるかは、それまでのギルドへの貢献度によって変わるんだな。これが)
金髪美少年はおそらくペーペーの銅級冒険者。ギルドへの貢献度はゼロだろう。つまり相互扶助制度は利用不可。救助を頼むにはお金を出して冒険者を雇うしかない。
「ちくしょう! 金なら俺が何とかする! 早くしないとブーヤンとカナリヤが殺されちまうんだよ!」
悲痛な叫びが冒険者ギルドに響く。受付嬢は顔を背けて辛い現実を見ないようにする。周りの冒険者達は見返りがなければ動かない。底辺を這いずる他人の為に、慈善活動する酔狂な冒険者はここにはいない。それが人の世の現実。
「頼むよ、誰か、助けて。なんでもするから……」
俯いて涙を流す金髪美少年リュカ。そこへ二人組の冒険者が近づく。チンピラ風の男達だ。
「ボウズ、本当になんでもするのか?」
リュカが顔を上げた。そして男に縋り付くと「やる!」と叫ぶ。
「ぐへへ。良い心掛けだ。ボウズのケツならいくらでも稼げるぞ」
「け、ケツ?」
「そうだぜ。冒険者なんか辞めて男娼になればな、お友達も助かる、毎日美味い物も食える、魔物と戦う生活とはおさらばよ。まあ、痔にはなるだろうがな」
二人組の男は「ぜははっ!」と下品に笑う。リュカは唇を噛み締めて、自分のお尻人生と仲間の命を天秤に掛けて悩み出した。
「奥様、行きましょう。見ているだけで不愉快です」
ヌッコは不快な表情を隠そうともせずミラを促す。
冒険者は綺麗事では語れない。底辺の新人がヘマをして、死ぬか悪人の餌食にされるか。それは何処にでもある日常茶飯時。いちいち首を突っ込んで助けてはいられない。
ミラは分かっている。分かっているが、お尻に痔と聞くと、カリムの状況と重なって無視出来ない。それがミラなのだ。
「ごめんあそばせ。よろしいかしら」
「あっ、なんだ!」
「うほっ! 凄い巨乳美少女!」
「いけません奥様!」
ミラは行動した。正義ではなく、同情でもなく。危機に晒された美少年のお尻の為に。
「そいつらの言葉を信じては駄目よ、少年」
リュカと男達の間に割って入り、睨みつける。
「あなた方、少年の友達を助ける気はないでしょう。騙して見殺しにして、お尻だけを搾取する。そうなんでしょう」
ミラは少しだけ覇気を解放する。ほんの少しだけ。
「そ、それは、いや、誤解……」
「なんだよ、お嬢様の気まぐれの施しかよ、シラケるぜ」
二人組はミラの圧力を受けて膝が震えた。冷や汗を流して後ずさり、捨てゼリフをゴニョゴニョと言って逃げるように立ち去る。
「さて少年。なんでもするなら私にした方が確実ですわよ。事情を話して下さる?」
ドヤァァァ!
今のミラはキマっていた。輝いていた。主役だった。
なのに。
「邪魔すんなチンチクリン! 手遅れになったらお前のせいだぞ!」
「ふぁっ!?」
お子様にはミラの魅力が通じない。
「リュカ君、駄目よ! お嬢様に謝って! ほら、ごめんなさい!」
ミラの正体を知る受付嬢が慌てて謝罪。
「うるせぇ〜! 金持ちのお嬢様がなんだってんだ!」
「ひぇぇ〜、殺されるぅ〜」
受付嬢は頭を抱えて床にうずくまった。ミラを怒らせたらこの世の終わりだ。
「お嬢様が助けてくれんのかよ! 今まで一度だって、金持ちが俺達を助けてくれた事なんてないくせに!」
リュカの焦りと怒りの矛先がミラへ向かう。それは理不尽で不当でお門違いなもの。
「小僧。奥さ、いや、お嬢様に不敬だぞ」
だからヌッコはアイアンクローを食らわせる。身長2メートルなら手も大きい。リュカの綺麗な顔をすっぽりと覆い、ギリギリと締め上げる。
「いだだだだだだっ! ごめんなさい! ごめんなさい! 許して下さい〜!」
頭蓋骨がミシミシ音を立てたので、リュカは事情を話す事にした。




