11話 マンドラゴラGETだぜ! ②
「俺の名前はリュカ。北区にある教会孤児院で世話になってる」
静かな場所を求めて資料室に戻ったミラ達。
読書用のテーブルに座り、リュカは自分達に何が起こったのかを話し始めた。
「俺とブーヤンとカナリヤは孤児院の仲間だ。春に3人で冒険者になって、街の雑用依頼をやったり、森で薬草を取ったり、罠を仕掛けて角ウサギや頬袋ハムを捕まえたりして頑張ってた」
金髪美少年のリュカ12歳。
大きな体で鈍間なブーヤン12歳。
心の傷でほとんど喋れない青髪の美少女カナリヤ11歳。
公営孤児院は15歳まで面倒をみてくれる。しかし実際は、他の孤児に場所を譲るために12〜3歳になると仕事を見つけて独立するのが普通だ。リュカ達も仲良し3人組で冒険者パーティーを結成。来年には孤児院を出て自立する考えでいた。
「今日の朝、魔除けの鉄条網を越えて、いつものように3人で森へ行った。仕掛けた罠を調べて、薬草を取るんだ」
人の領域と魔物の領域を分けるのは、魔除けの鉄で作られた鉄条網である。これの発明が人類の領域を爆発的に広げた。王都アウラタアルファックも昔は城壁で守られる範囲のみだった。今では王城を中心に周囲10キロが王都と呼ばれる。境界線は鉄条網。その先に命の保証はない。
「罠に角ウサギが掛かってたんだ。角が薬の材料になるし、肉は孤児院のチビ達が喜ぶ。大戦果だって喜んだ」
嬉しくて警戒を怠ったと言う。血抜きをしている最中に襲われたと言う。
「突然だ。薄気味悪い男がカナリヤを後ろから羽交い締めにした」
妹分を人質に取られ、怒ったブーヤンが男に飛びかかる。
「ブーヤンは耳を引っ張られて捕まった。あいつ、人一倍痛みに弱いんだ」
子供を捕まえて笑う男。独り言には大き過ぎる声でこう言った。
「ガキ共を生贄にして、呻きの渓谷で上位アンデットを召喚して使役してやる。前回の失敗を挽回するにはそれしかない」
説明臭いセリフ。
リュカは恐怖で脚が震えた。助けるべき仲間の危機に、動かない自分が情けなかった。
「金髪のお前、ずいぶんと可愛い顔だな」
男は視線でリュカを舐め回してニチャリと笑う。
「女か? 男か? まあ、どっちでも良い。お前は生かして俺様の奴隷にしよう」
男が一歩、リュカに近付く。リュカは恐怖で動けない。男の邪悪な吐息が臭い。あと数歩、たったそれだけの距離でリュカも捕まってしまう。リュカは恐怖で目をキツく閉じた。
その時。
「に、げて……。助け、呼んで……」
ほとんど喋れないカナリヤが小さな声で言った。
「うわぁぁっ〜あ! リュカ逃げろ〜!」
ブーヤンが暴れ出した。歳の割に体の大きいブーヤンである。男の片方の腕はカナリヤの拘束で塞がっているのだ、暴れるブーヤンを押さえるのは簡単ではない。
「大人しくしろガキ!」
「リュカ行け! 早く逃げろ!」
「助け、待ってる……」
「ちくしょう! 必ず戻る!」
リュカは一心不乱に走り出した。情けない自分を嫌悪しながら、涙をこらえて冒険者ギルドを目指した。
◇◇◇◇◇
「なるほど。事情は分かりました」
言葉と共に溜まった感情が溢れたのだろう、リュカは泣いた。ミラはリュカの肩を抱いて背中を擦る。よく頑張ったと褒めながら。
「死霊使いの仕業ですわね。生贄を使ってアンデットを召喚するなら儀式は日が沈んだ後。今なら十分に間に合いますわ」
リュカが顔を上げる。手で涙を拭い、鼻水を啜り、充血した目でミラと瞳を合わせる。
「俺、覚悟を決めた。“娼婦”になってもいい。絶対に金を用意するから2人を助けてくれ。そっちのデカい姉ちゃんは強いんだろう?」
「ん?」
12歳のリュカが体を売ると言う。ちょっとだけ聞き取りづらい部分もあったが、ミラは美少年の決意に答える所存。
「報酬は貰います。でも男娼になる必要はないわ。お尻は大切にしなさい。痔は万病の元と誰かが言っていたし、他人事とは思えないのよ」
ミラは優しかった。聖女のようだ。お尻を気遣う聖なる乙女。
「……ありがとう。さっきは酷いこと言って悪かったよ、チンチクリン巨乳。略してチン乳」
「がっぺ!」
◇◇◇◇◇
人命救助は時間との戦いだ。再びヌッコのアイアンクローで制裁を受けたリュカを冒険者ギルドに残し、ミラは行動を開始した。
「ヌッコ、急ぐから身体強化60倍で行くでよ」
ミラの魔力が金色の光となって力を与える。
「屋敷に帰ったら旦那様に報告しますからね。それと、標準語に戻して下さい」
2人はヒョイと、ひとっ飛びで冒険者ギルドの屋上に立つ。
「ヌッコが生意気だから駄目。オラに対するリスペクトが足らんべさ」
「その言葉、そのままお返しします。奥様はペーターランドの常識を控えるべきです」
「ペーターランドより、都会の常識の方がおかしいと思うべ」
「ペーターランドはお忘れ下さい。ここはオランス王国です」
ミラは走り出す。建物の屋根を飛び、最短距離で呻きの渓谷を目指す。ヌッコはやや遅れて追走。身体能力を60倍に高めた今、走る速度が亜音速となった。42.195キロなど一瞬で走破する。
街を抜け、田畑を横切り、魔除けの鉄条網を飛び越えて、森を疾走する。やがて山と山に挟まれた、蛇行した小川に到達。ジメジメとして怨霊渦巻く呻きの渓谷である。
「ご注意下さい奥様。強い怨嗟を感じます」
ヌッコは呻きの渓谷の入り口に立つだけで悪寒に襲われた。陽の光は山に遮られ、地面は湿って泥濘んでいる。渓谷を抜ける風が無念の呻き声に聞こえて仕方ない。ここにはアンデット系の魔物が潜んでいるのだ。
ほら、その木の陰にレイス。
ほら、そこの岩陰にスケルトン。
ほら、小川の水面からゾンビが顔を出してこちらをうかがっている。
「ほ〜ら〜、ヌッコの足下にスライムがいるっぺ〜」
「きゃぁぁぁぁぁ〜〜〜!!!」
ヌッコは乙女の如く跳び上がった。
「ヌッコ、ヌッコ、普通のスライムだべ。水辺だからスライムも沢山だなや」
「ひぃ〜、おしっこちょびっと漏れちゃった〜」
それはそれとして(閑話休題)
「奥様、呻きの渓谷は5キロほどの長さです。山の斜面も含めると、子供達を見つけ出すのは至難の技かと」
正直、子供達を連れ去った男の潜伏場所を見つける算段がヌッコにはない。ミラの勢いに乗ってここまで来たが、子供達を見つける自信はないのだ。
「それなら問題ないっぺ」
「その根拠は?」
「精霊さんに教えてもらったべ」
「へえ〜。ペーターランドには精霊さんが普通にいるんですね」
「いるべよ。オランス王国だって沢山いるべ。逆に精霊さんがいない場所なんて…… あっ!」
「奥様?」
会話を突然切って、ミラはあらぬ方向へ視線を向けた。ヌッコはロングソードを抜いて身構える。気配は感じないが、魔物がいる前提で警戒する。
「あっちだべ」
「魔物ですか? 死霊使いですか?」
「うんにゃ。マンドラゴラがいっぱい生えてる場所」
「へっ?」
「精霊さんが教えてくれただ。子供達を助ける前に採集しちまうべ」
ミラは不気味な渓谷を散歩の様に歩く。軽やかに、滑る様に。ミラの通った後には光が差し、いるはずのアンデットは現れず、スライムが集まってミラを守るかの如く付き従うのだ。
「奥様、スライムが」
「うん。スライムは脳ミソのない純粋な存在じゃけん、聖にも邪にも染まりやすんだべ」
疑問に対する答えとは言えない。
ヌッコはミラの背中を追いながら、この巨乳美少女が別世界の住人。或いは妖精なのではないかと思い、不安になる。
「あったで、マンドラゴラやん」
小川から離れた山の斜面。斜めに生える大木の根本に、人参の葉っぱが地面から飛び出している。一見すると人参。二度見しても人参。三度見ると、僅かな違いが分かる。
「あるある。思ったよりも多いずら」
「これがマンドラゴラですか。引っこ抜くと悲鳴を上げるんですよね」
有名な話。マンドラゴラを引き抜くと、人の精神を蝕んで死へ誘う悲鳴を上げる。マンドラゴラ採集の最適解は葉っぱを紐で結んで犬に引かせる。それだけだ。
「そだべ。無闇に引っこ抜くと死ぬ。だどもやり方があるんだな、これが」
「やり方、ですか?」
ミラはウインクするとバックからナイフを取り出した。一流の戦士が使うハンティングナイフだ。
「まずは葉っぱを掴む」
『ぐぇぇ〜』
マンドラゴラが不快な声を出す。
「次はナイフに聖属性を付与する。『聖輝付与』」
「聖輝付与は高位神官か奥様しか使えません」
聖輝付与は高等魔法云々。
「準備が出来たらナイフでマンドラゴラの首を一気に掻っ切る。ここで躊躇したらアカンよ。しくじると薬効が消えるだでね」
ハンティングナイフがマンドラゴラの首に疾走った。
『ウギュッ!』
マンドラゴラの首はミラの手の中。胴体は土の中。上と下へと泣き別れ。
「こうすると悲鳴を上げんし、薬効もそのまま。後は胴体を慎重に掘り出せば終わりっちゃ」
ミラは生首をドヤァッと掲げてヌッコに自慢する。
ロリ巨乳蛮族美少女爆誕。
「うわぁ〜。私には無理です。奥様にしか無理です」
「そげか」
周囲の警戒をヌッコとスライムの群れに任せて、ミラはせっせとマンドラゴラを採集。数株を収穫してそろそろかと思ったその時、思いもかけないお宝を発見する。
「ヌッコ、ヌッコ、凄いのあった!」
「隠し財宝ですか!」
ミラが指差す先にはマンドラゴラの葉っぱ。
「なんだ。普通のマンドラゴラじゃないですか」
「ノンノン。よく見んしゃい」
ヌッコは近付いて目を凝らす。
「少しだけ、女性的な顔ですか?」
地面から出た顔がどこか艶めかしい。もっと観察すると、葉っぱの先に種が付いている。雌株だ。
「マンドラゴラの種は特大のお宝だっぺ。種があれば人工栽培もやれんでよ。マンドラゴラGETだぜ!」
この瞬間、夫カリムの痔を治す(誤解)目的は半ば達成された。




