12話 スケルトンジェネラル
「んじゃ、子供達を助けに行こか」
「すんごい余裕でございますね、奥様」
ここは立ち入り制限区域、呻きの渓谷。本来なら今頃、アンデットに襲われ何度も戦闘になっているはず。なのにこの瞬間もミラ達は平穏無事。遭遇した魔物と言えばスライムだけで、それもミラに懐いて従魔の様に振る舞っている。ヌッコはミラの余裕の源泉が分からない。実際に体験している今の状況が不思議でならなかった。
「精霊さんが全部教えてくれんでね。子供達は今の所無事だっぺ」
「精霊さんって、もしかして本当なんですか?」
戯言だと思った。冗談だと。けれど少しずつ、真実かもと思い始める。
ヌッコの戸惑いなど素知らぬ顔でミラは渓谷の先を指差した。
「このまま奥に進んで、大きな岩の下に死霊使いと子供達がおんね。子供達は魔法で眠らされている。死霊使いは魔物除けの結界を張って、陽が沈むのを待ってるみたいだっちゃ」
ミラは歩き出す。作戦など立てず、散歩でもする様に。一歩進むたび、ロリ巨乳の行進に従うスライムの数が増していく。岩陰から、木の根元から、小川の中から。いつの間にかスライムは大軍となっていた。
「お、奥様、スライムが……」
サッカーボールサイズのグミ、それがスライムの外見。目も鼻も口もない、半透明のプヨプヨした存在。一匹なら怖くない。数匹いても蹴散らせる。それが数百匹になると話は変わる。ヌッコは恐ろしくて、再びおしっこがちょびっと漏れそうだ。
「オラの魔力の影響さ受けて聖属性に傾いとるね。まあ、悪さする訳でもなし。放っておけばいいべさ」
ミラの口調は冷静だった。思えばキレやすいミラが、呻きの渓谷に来てから感情を乱していない。乱れまくっているのは護衛のヌッコの方である。
ここは大人でも恐れる心霊スポット。金級冒険者以上の実力がなければ生きて帰れない魔境。なのに我が庭を散策するかの如く、足取りも心も軽やかなのだ。
(もしかしたら公爵家は、とんでもない女性を迎え入れてしまったのかも。私は公爵様に何と言ってご報告すればいいの)
ヌッコの心は乱れに乱れて仕方ない。
◇◇◇◇◇
男は小川の脇にある大岩の下で陽が沈むのを待っていた。隣には先ほど誘拐した子供達、ブーヤンとカナリヤが倒れている。逃げられては困るので魔法で眠らせているのだ。
「くくく。無垢な子供2人の命を生贄に捧げれば、呻きの渓谷のボス“スケルトンジェネラル”を従魔に出来るかもしれん。美形のガキに逃げられたのは惜しいがまあ良い。スケルトンジェネラルを手に入れれば前回の失敗を補って余りある。がっぽり儲けて酒池肉林だ。ははははは!」
この男は説明臭い独り言が多い。そしてウンコの匂いがプンプンする。
「日没まで3時間くらい。どうやって時間を潰すか」
男は気絶しているカナリヤへ視線を向けた。
まだ11歳の少女だ。栄養状態が悪いので痩せている。それでも素材の良さは隠せない。どんな境遇にあろうと美少女は美少女である。
「殺す前に楽しむか。鶏ガラみたいなガキだが、上玉なのは間違いない」
男の顔が淫獣のそれになる。幼い美少女相手に興奮し始める。鼻息荒く、カナリヤに手を伸ばそうとした。
「あん、スライム?」
寸前で手を止める。それはいつの間にか、カナリヤの体の上に一匹のスライムが乗っていたから。
「ちっ! アンデットの生息地はスライムと被るのか。邪魔だ、どけ!」
『キュイッ』
スライムを手で払い除ける。すると足下からもスライムの鳴き声が聞こえる。
『キュイッ』
『キュイッ』
『キュイッ』
「なんだこいつら、いつの間に!」
気が付いた時にはスライムの大軍に包囲されていた。
たかがスライム、されどスライム。スライムは肉体強度が貧弱な代わりに、なんでも溶かす胃液を持っている。数百匹の大軍に胃液を掛けられでもしたら、男の身体は欠片も残らず溶かされてしまう。
「ひぃぃ〜! 寄るな! 来るな! 消えろ!」
恐怖に駆られて我を忘れ、ブーヤンとカナリヤを置いて自分だけ大岩に登る男。
「何処から沸いた! なんで俺様に集まる! スライムのこんな生態、聞いた事がねぇぞ!」
大岩はぐるりと取り囲まれてしまった。逃げ場はなく、アンデットを従えていない今の男に戦う力もない。
『キュイッ』
『キュイッ』
『キュイッ』
スライムの可愛い鳴き声が渓谷に木霊して、一陣の風が北から南に吹き抜ける。すると風下から口笛の音が聞こえて来るのだ。
「ぴゅぴゅぴゅぴゅ〜、ぴゅぴゅ、ぴゅぴゅぴゅ〜」
(しばらく下手くそな口笛のメロディをお楽しみ下さい)
「次はなんだ! 何なんだ!」
男は見た。
スライムの大軍を従え、2メートルの女用心棒をはべらせる。ロリ巨乳美少女の勇姿をだ。
「オイラ、親も故郷も知らねぇ流れ者。風の吹くまま流れに乗って、悪鬼羅刹を懲らしめに、やって来ました今日もまた。流れ任侠サムウェイ見参!」
ドヤァッ! とミラが決めた。大好きな任侠ヤクザ小説の真似だ。
「えっと、奥様?」
ヌッコは流れ任侠サムウェイを知らない。
「ヌッコさん、やっておしまいなさい!」
「え? あ? はい?」
ヌッコの仕事はメイドと護衛。暴力担当である。そんなヌッコを気遣って、暴力仕事を任せるのも公爵夫人の度量というもの。
「よく分かりませんが、観念なさい悪党!」
ヌッコの身体強化60倍は継続中。人類の域を遥かに超えて、十数メートルの距離なら限りなくゼロと同じ。筋肉を躍動させてロングソードを閃かせれば、峰打ちでも無事にはすまない。
「成敗!」
ズバッシュ!
「ぎゃぁぁぁ〜! はっ、腹がぁ〜!」
ヌッコの峰打ちを腹に受け、腹がゴロゴロし始める男。
「ぐぉっ〜! も、漏れる〜。前のアレ以来、肛門の閉まりが効かないんだ〜!」
ぷっ、ぷぷっ! ぶり、ぶりぶりぶり!
「ぬあぁぁぁ〜! 俺を見るな〜! 見ないで下さい〜!」
ドパッァーン! ブリブリブリブリブリブリー!
その日、男は人生で2度目の社会的死を経験した。大岩の上に体を横たえてビクンビクンと痙攣。もはや立ち直るのは不可能だろう。
「臭っさ。最低ですね」
ヌッコはロングソードを納刀して吐き捨てる。
脅威が無力化すれば、後は攫われた子供達を保護して終わりだ。
「奥様、子供達は無事ですか?」
辺りはスライムだらけ。子供達が溶かされていないか心配なヌッコ。
「大丈夫やで。スライム達が守ってくれたべさ」
本来知能の無いスライム。なのに先程から、意志を得たかの様にミラの望む行動をとる。今回の場合は子供達の安全確保である。
「ありがとうだっぺ。なんぞお礼をせんとあかんね」
『キュイッ』
『キュイッ』
『キュイッ』
ミラの言葉を理解しているのだろう。嬉しそうに体を揺らして、鳴き声で大合唱するスライムの大軍。これにて一件落着。そう思われた時、呻きの渓谷に濃い霧が発生。全域の視界が失われ、不浄な霊気が場を支配する。何処からともなく恐ろしい声が響き渡る。
『匂う、匂うぞ。強い匂いだ』
地の底から響く声。誰もいないはずのに、知らない男の声でスメルに関する苦情が申請される。
ミラとヌッコは脱糞して気絶する男を見た。確かに臭う。
『強い生者の匂いだ。神の寵愛を受けた聖なる乙女の匂いだ。滾る。滾るぞ。これは僥倖。聖なる乙女を喰らって我が力としてやろうぞ』
ズシン! ズシン! ズシン!
霧の中から足音が近付く。巨大で強力な何者かが大地を揺らしながらミラ達に迫る。
「奥様、私の後ろへ。必ずお守り致します」
ヌッコは剣を構えてミラを守る。
鳥肌が立つ。喉が渇く。膝が震える。
感じるのだ。身体強化60倍でも簡単には勝てない強敵が間近に迫っていると。
『おぉー! 芳醇な生命の香り。お前か、お前がそうなのか。我は幸運だ。日頃の行いの賜物というもの!』
霧を裂いて現れる。ヌッコよりも巨大なシルエット。
『お前を喰らって再びオランス王国の王都アウラタアルファックに進軍だ。武人の風上にも置けぬ卑怯な手で我らを殺した軍師、ミールコープを八つ裂きにして祖国に凱旋するのだ!』
声の主の全容が露わになる。
身長3メートル。何らかの魔法付与がされた上級全身鎧。同様に魔法付与がされている上級の両手大剣。そしてカタカタと音を鳴らす骨だけの体。
『我が名はプロダンス大将軍! オランス王国を滅ぼす者なり!』
野生のスケルトンジェネラルが現れた。




