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田舎っぺ聖女様の花嫁奮闘記 〜 形だけの結婚と言ったのに、いつの間にか溺愛して来るクズな公爵様を躾けます 〜  作者: 鳥庭右京


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13話 聖女と呼ばないで



『心臓を寄越せ、聖女よ!』


 スケルトンジェネラルの大剣がミラに振り下ろされた。


 ブゥゥーン! と風を斬る音が鼓膜を震わせる。ヌッコは咄嗟に前に出ると、ロングソードを大剣と打ち合わせて攻撃を防いだ。


 ガキィーン! 濃霧の中に火花が散る。


「うぐあっ!」


 大剣は防いだ。だがヌッコは打ち負けて仰け反る。手が痺れて筋肉が痛い。骨の芯まで衝撃が伝わる。とてもではないが、何合も打ち合える相手ではない。


 ヌッコは普段、素の状態で20キロの重量を片手で自在に操る。今は身体強化魔法で60倍の力が出せる。単純に計算して1200キロの重さを片手で自在に操れる。両手なら2400キロだ。なのに。


「子供達を連れてお逃げ下さい奥様! あの剣は魔法付与されています! 私の実力では足止めが精一杯です!」


 ここは私に任せて先に行けと言う。カリムに誓った務めを果たすと言う。剣を振り、出来るだけ大剣の衝撃を受け流し、勝てないまでもミラ達が逃げる時間は稼ぐと決意する。


『ぐははっ! 聖女の騎士よ! 勇敢なる女よ! その意気や良し! 我が剣ヴァルキリーイーターで喰らうてやろう!』


「舐めるなスケルトン! 私はマンディブラリス公爵家のメイド! 簡単にはやられません!」


 大剣が横薙ぎに振るわれる。

 ヌッコは前に跳んで躱す。

 再び大剣が横薙ぎに振るわれる。

 ヌッコはウンコ臭い大岩を盾に難を逃れる。


『逃げるな女騎士! 正々堂々と戦え!』


「黙りなさい! 私はメイドです!」


 ヌッコは大岩をぐるりと周り、岩陰から体を低くくしてスケルトンジェネラルに飛び込んだ。狙いは左の脛。脚一本でも取れば、人型はバランスを崩して戦闘力が大幅に下がる。


「隙あり!」


 ロングソード横薙ぎ一閃。剣速が亜光速に達する。


『ぬぅっあっ!』


 数合打ち合って分かった。身体能力はヌッコが上である。ただしスケルトンジェネラルの装備が差を補って逆転させている。だが。


(スケルトンジェネラルの装備で強化されているのは攻撃力と防御力だけ、素早さは私が勝っている。この一撃で脚を切断出来れば、全員揃って逃げるのも可能になる)


 攻撃が通る。ヌッコは確信した。


『甘いわ! ふんっ!』


 掛け声と共に、スケルトンジェネラルのプロダンス大将軍は脚に魔力を集めた。すると脚甲から黒い瘴気が滲み出し、ヌッコの剣と激突する瞬間に強度を増す。


 ガキィーン! 目を覆うほどの閃光が疾走った。


「あ、そん、な……」


 以前に不可侵の魔法を施したバスケットを斬った時と同じ。鋼の剣は衝撃に耐えられず、半ばで折れる。


『見事な一撃であった! 不足は武器、そなたの力量ではない!』


 スケルトンジェネラルの左の脚甲は粉々に砕け、脛骨が露わになる。しかしそれだけ。本体へのダメージは皆無。隙の生まれたヌッコを大剣が襲う。


 死ぬ。ヌッコの脳裏に走馬灯が疾走った。

 嬉しかった事。悲しかった事。あんな事、こんな事、あった気がする。


(あぁ、処女のまま死ぬなんて、つまらない人生だったわ)


 ヌッコは20歳。カリムより2歳歳下だ。

 マンディブラリス公爵家に仕える騎士の家に産まれ、幼い時から公爵家への忠誠心を仕込まれてきた。


 騎士は大きく分けて2つ。国王が任命する貴族としての騎士、ハイ・サー。各貴族が雇い入れる士官としての騎士、シー・サー。ヌッコの父親は後者のシー・サー。つまり平民。カリムとヌッコの間には、決して埋まらない身分の差がある。


(カリム様。歳の近い男子の中で、私の身長を馬鹿にしないのは貴方だけでした。幼いかったあの日、クヌギの木の高い場所にいるオオクワガタを捕まえた私を、凄いと褒めてくれましたね。おこがましい事ですが、あの時のカリム様の笑顔を見た時からお慕い申しておりました。叶うなら、もし許されるなら、一度だけでも。私の一度きりをカリム様に捧げたかった)


 ヌッコが心の奥底に隠した想いは結構重かった。

 身長にコンプレックスを持ち、好きになった男は雲の上の存在。しかもカリムは他の女と結婚して、結婚相手の世話と護衛を命じられる。ヌッコは何時までも処女のまま、想いを伝える事も出来ず、時間だけが過ぎていく。そんな人生。


 (どうか奥様、逃げて。カリム様を悲しませず、ずっと支えてあげて下さい!)


 ヌッコは諦めて目を閉じた。その間、0.01秒。


 どぉぉーーーん!!!


 大きな衝突音が渓谷を駆け抜けた。


『ぶべらっ〜!』


 スケルトンジェネラルの間抜けな叫びも駆け抜ける。


「おえっ?!」


 大剣はヌッコに届かない。変わってスケルトンジェネラルの体が横に吹き飛ぶ。何が起こったのか、ヌッコが横を見ると。


「な、なんじゃそれは〜!」


『キュイッ、キュイッ、キュイッ〜!』


 でっかいスライムがいた。

 そりゃもう、ゾウよりもまだデカいスライムです。


「大丈夫だべかヌッコ。今、回復するでね『聖回復!』」


 輝く粒子がヌッコの体に浸透すると、それまで受けたダメージの全てが瞬時に治癒。疲労まで完全に回復してしまう。


「聖回復って、おとぎ話の聖女様の魔法?」


 聖属性魔法にある通常の回復と、伝説に語られる聖女の聖回復は別物。聖回復を使えるのはこの世で聖女のみ。数百年に1人現れ、世界を癒やし守る存在。神々の寵愛を受ける使徒。


「オラ、聖女とかではないので。その辺はごめんやで」


 ミラは合掌しながらウインクする。


「それよりも、スライムが時間稼ぎをしてくれる内にこれを渡すべ」


「そうです! あの巨大スライムはいったい!」


 スケルトンジェネラルと巨大スライムは大怪獣決戦と呼ぶべき死闘を繰り広げていた。


 スライム体当たりドーン!

 大剣で斬りつけザシュッ!

 斬られても平気。巨大スライムになった時に斬撃耐性が発現したから。

 スケルトンジェネラルだって、スライムの胃液なんて平気。魔法付与された全身鎧が優秀だから。


 戦いは一進一退。決着はつきそうにない。


「スライムが集まって合体したら、ああなった。多分、スライムジェネラルだと思われる。かしこ」


「かしこって、なに?」


「ヌッコ、世の中には不思議な事が沢山あるべ。旦那様がオラを選んだようにな」


 ミラはカリムとの結婚を不思議な事と言った。

 偶然でも、必然でも、幸運でもない。自分が選ばれたのは不思議だと。続けてこうも言う。


「ヌッコにも起こるかもしれません。不思議な体験、アンビリーバボー。だって可愛い女の子なんだべから」


「奥様?」


 ミラはハンティングナイフをヌッコに手渡す。聖輝付与された、マンドラゴラの首を掻っ切るアレだ。


「身体強化60倍以上は体に毒だで、代わりに祝福をあげる。跪きなさいヌッコ」


 ミラは真面目な顔だ。ふざけているとは思えない。そもそも、隣ではスケルトンジェネラルと巨大スライムジェネラルが大乱闘中。冗談を言える状況ではない。ヌッコは言われるまま膝をつき、受け取ったハンティングナイフを掲げて頭を垂れる。騎士の誓いの儀式の様に。


「ミラ・オーエンス・マンディブラリスが勇気ある乙女ヌッコに命じる。神々の代理人たる我が剣と成りて、地上の不浄を祓い給え。『聖戦士任命』」


 ミラの両手から虹色の光が噴出。ヌッコの全身を覆い、彼女の魔力と混ざり合って輝きを増していく。


「身体強化の力とは違う。体の内側と外側の全部が世界と繋がった気がする……」


 ヌッコは立ち上がる。右手に聖なるハンティングナイフを握り、左手を開け閉じして魂の変化に驚愕する。


「ヌッコさん、やっておしまいなさい!」


 ミラはカッコ良くポーズを決めて、スケルトンジェネラルをビシッと指差した。


「はい! 奥様!」


 ヌッコの脚が大地を蹴った。地面が爆ぜてヌッコの体を前へ前へと押し出す。


 世界はヌッコを中心にゆっくりと動く。戦いで飛び上がった小石や水しぶきは、何時までも空中に留まり落下する事がない。スケルトンジェネラルの振る大剣はノロノロとして、スライムジェネラルの繰り出すスライムパンチは一向に進まない。まるで時間が止まった様に。


(違う。私が速いのです。私は今、光になった)


 聖輝ハンティングナイフを振り被る。狙いはスケルトンジェネラルの頭蓋骨。兜に守られたハゲ頭。すり抜けながら斬り倒す。


「終わりです! ウルトラホーリーギャラクティカトレビアンミレニアムスラッシュブレードアタック!」


 ハンティングナイフから不浄を祓う白い光が迸る。

 縦に一閃、空間が裂ける。


『ぐおおおおっ〜! おのれぇぇぇ〜!!!』


 スケルトンジェネラルの頭蓋骨が兜ごと両断された。すると巨体から黒い瘴気が立ち昇り、天へと向かって消えて行く。瘴気が抜けるほど、スケルトンジェネラルは力を失い邪気も薄れ、体が透けて存在感が希薄になっていく。


『おぉぉぉぉ〜〜。またしても、またしても敗れるのか。祖国で待つ民達に、なんと詫びれば良いのだ』


 3メートルの巨体は膝を付いて嘆く。怨霊なので、恨み言ばかりが頭の中を占めているのだ。そんな地縛霊にミラは近付く。ヌッコは止めるが、決着はすでに付いている。これ以上の戦いは起こらないだろう。


「オラには昔の戦争と大義は分からんべ。でも、いつまでもウジウジするは戦士としてかっこ悪いっちゃ」


『聖女よ、お前には分かっているはずだ。魔物の蔓延るこの世界で、人の領域は狭すぎる。他者の土地を奪わなければ、自分の家族が飢えてしまう。家族を愛する心が悪だと言うのか、答えろ聖女』


 スケルトンジェネラルは頭を上げる力も無かった。体は徐々に小さくなり、今にも消えそうな姿でミラに問う。


「オラに聞かれても分からんべ。だって、聖女じゃないから。でも、人を愛する尊さは分かるつもりだっぺ」


『おぉぉぉぉ〜、おぉぉぉぉ〜〜』


「もうお休みなさい。民に愛された英雄、プロダンス大将軍。貴方の民は、魔除けの鉄の発明で、今は豊かで平和に暮らしているから」


『聖女、せいじょ〜、せい、ふぉ〜、お、お、おぉ〜』


 最後の言葉が消えると共に、プロダンス大将軍であったスケルトンジェネラルはこの世から成仏した。


 それまで渓谷を覆っていた霧が晴れる。重苦しかった瘴気も霧散する。傾き始めた陽の光が渓谷全体を優しく照らしてくれる。後に残されたのは大きな魔石が一つと、プロダンス大将軍の愛剣ヴァルキリーイーターが一振り。それだけであった。



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