32話 突撃! 孤児院の晩ごはん ③
リュカの暴露に場が騒然となる。
ムシモン神父を筆頭に、シスターや孤児達はそもそも意味が分からない。カナリヤとブーヤンが悪漢に攫われ、それを2人組の女性冒険者に助けられた。その時の依頼料を支払わないといけない。彼らの知っている範囲はその程度。目の前のお姫様が悪漢を倒した冒険者だと騒がれてもチンプンカンプンである。
しかし公爵家サイドだと少し話が変わる。
トムも、マタニティナイツの騎士4人も、ヌッコが呻きの渓谷へ行って悪漢を倒し、フィールドボスのプロダンス大将軍も倒して子供を救出。マンドラゴラも持ち帰る大金星を挙げたと聞いている。当然、そこにミラが同行しているはずがないと思っている。
なのに。助けられた本人が、ヌッコよりもミラを主軸に話している。この人に助けられた。あの巨乳は間違いないと。トムと騎士達は、納得の行く説明を求めてヌッコを睨んだ。
「私は無実です。私からは何も話せません。私はハマグリになりたい」
ヌッコは両手で耳を塞ぎ、目をきつく閉じて黙秘に入った。
「おっほん! ムシモン神父様、そろそろ案内して下さらない?」
ミラは自分の軽率さに気が付いたようだ。公爵家サイドを誤魔化そうと、ムシモン神父を急かす。
「これは大変失礼致しました。狭くお見苦しい場所ですが、どうぞお入り下さい」
ムシモン神父は腰を低くして、ミラを教会の中へ誘う。
ミラはトムと騎士達に持参したお土産を下ろすよう指示を出し、終わったら周囲を警戒するよう命令する。これで当面の人払いは完璧だ。ヌッコを伴って、ムシモン神父の後へ続く。その際。
「リュカとカナリヤちゃんも一緒に来なさい。良いですねムシモン神父」
子供達の中でリュカとカナリヤだけを名指しした。
(ブーヤンは無視)
つまりミラは事前に2人の名前を知っていたのだ。面識があったのだ。リュカ達の言葉が俄然、信憑性を増す。ムシモン神父はこの時、厄介事が舞い込んだと確信した。
ミラとヌッコと神父とシスターとリュカとカナリヤ。6人は年季の入った教会に入る。最初は礼拝堂だ。詰めれば50人は入れる広さの静謐な雰囲気。古いが綺麗に清掃されて、壊れた個所はしっかりと修繕されている。
「お恥ずかしい。寄付金の多くは私の判断で孤児院に回しておりまして、教会はこの様な有様です」
ムシモン神父は恐縮しながら説明する。神に使える身でありながら、教会をおろそかにする不心得者だと自虐する。
「とんでもありませんわ。故郷のペーターランドの教会を思い出して懐かしい」
ミラは良い礼拝堂だと本心から告げる。
「そう言って頂けると救われます」
礼拝堂を抜けて奥に進む。どこも清掃が行き届いていて清々しい。ミラは窓から差し込む秋の陽に目を細めながら、樟脳と生活臭のする廊下を歩く。
「こちらが応接室です。どうぞ」
廊下の奥。決して大きくはない応接室の扉をムシモン神父が開ける。中にはやはり、使い古したテーブルと椅子。テーブルには白いシーツが掛けられ、ミラ用に用意された椅子は、おそらく教会で一番良い椅子だ。
ヌッコが椅子を引き、ミラは着席する。
「神父様もお座りになって?」
「はい。失礼致します」
ミラの許しを得て、ムシモン神父もテーブルを挟んだ向かい側に座った。神父の後にはリュカとカナリヤが立ち、シスターはお茶の準備に一旦部屋を出て行く。
「それではムシモン神父様」
「はい。ミラ夫人」
この場には5人だけ。ミラはまず、ムシモン神父が感じているであろう疑問に答える事にした。
「こちらをご覧になって下さいな」
淑女の嗜みとして持ち歩いているポーチ。そこから名刺サイズのカードを取り出したミラ。
「はて、冒険者カードのようですな?」
テーブルに置いたカードを指先で押して、ムシモン神父に差し出す。
「拝見致します」
手に取って見る。最近老眼が始まったので、ベストな距離に調整するまでボヤケてしまう。しばらく近付けたり離したり。ようやくカードに書かれた文字を読む。おかしな事が書かれているが、老眼による見間違いかもしれない。
「おぉん? オリハルコン級冒険者証明書。ミラ・オーエンス?」
口に出してみる。いまいち内容が理解出来ない。最近人の名前もど忘れするし、理解力の低下は歳のせいかもしれない。
「私は無知なもので、冒険者カードをあまり見た事がありません。無礼を承知でお聞きします。これは玩具でしょうか?」
冒険者嫌いでも知っている一般常識。オリハルコン級冒険者は人外の力を持った、世界に数人だけの特異な存在。目の前のロリ巨乳がオリハルコン級冒険者のはずはないので、カードは玩具だと判断した。
「ふふふ。冒険者ギルドに問い合わせて頂いて構いませんわ。ただし、内密にお願いしますね?」
「はわっ!」
ミラの笑顔は冗談や嘘を言っている顔ではなかった。それは長年の経験で何となく分かる。ムシモン神父は今の状況に既視感を覚え、鳥肌が立った。
前回、タンカスと名乗る家人が来た時も疑って追い返し、結果的に公爵夫人は本物であった。もしかしたら冒険者カードも本物ではないか。何度も同じ轍を踏むわけにはいかない。ムシモン神父は素早く後ろを振り返ると、微妙な表情で佇むリュカとカナリヤに目線で確認する。
「うん、うん!」(巨乳お嬢様は化け物だよ!)
「こく、こく!」(本当、本当、本当!)
ムシモン神父は自分の置かれた状況が、崖っぷちの様な錯覚を視る。
「神父様、よろしいかしら?」
「はひっ!」
恐怖で体が椅子から少し浮く。
「間違いなく、子供達を助けたのは私とこちらのヌッコです。その子達の言葉に嘘はございません。よろしくて?」
よろしくてと言われても、よろしくするしかない。
思考が混乱して判断がつかないので、とにかく頷いてみせる。
「ご理解いただけた所で本題に入らせてもらいます。本日伺った目的は2つございますの」
「はい! はい!」
ムシモン神父は激しく頭を上下した。
「一つめは、リュカとカナリヤの事ですわ」
「こー! この2人がなにか〜!」
ムシモン神父は声が裏返る。年甲斐もなく高い声が出てしまった。恥ずかしくなり、頬を染める。
「実は昨日、ヌッコと2人でアスカーダンジョンに行きましたら、リュカとカナリヤもいたのです」
ミラは昨日の出来事を、要点を整理して説明した。
ムシモン神父はミラの異常性は取り敢えず置いて、リュカとカナリヤの無謀な行いに怒り心頭するのだ。
「バカモン! あれほど危ない真似をするなと言ったのに、お前達はそんなに早死にしたいのか!」
「ひゃあ! ごめんなさい!」
「あう!」
我を忘れて怒るムシモン神父。それは単純な怒りではなく、子供を本気で心配する親心からだ。大切な存在を守りたい、失いたくない。その一心で、ついつい熱が籠もってしまう。
「一度ならず2度までも助けて頂き、お礼のしようもございません。どの様にお返しすればいいか、皆目見当もつきませんが、我が身で出来る事があればなんでも致します。ですからどうか、子供達はご容赦下さい」
テーブルに額を擦る様に頭を下げる神父。
リュカとカナリヤは、父親同然の神父にここまでさせる自分達が情けなく、申し訳なくて黙り込む。
「頭を上げて下さい神父様。私としましても、報酬を貰うと言いましたが、金銭や物を頂こうとは考えておりませんの」
「では、なにを?」
「リュカとカナリヤを、公爵家で雇いたいと考えております」
「2人を雇う。でございますか?」
「そう。非正規ではなく、正規雇用で」
「なんと! 破格の申し出ですが、なぜでしょうか?」
「それは金貨20枚。200万オーラだからです」
「に、200万オーラ? それはなんのお話です?」
「呻きの渓谷とアスカーダンジョンと、2カ所で命を助けた代金ですわ。オリハルコン級冒険者と公爵家の上級使用人の2人が動いたのですから、破格の安さだと思いますけど?」
金貨20枚。200万オーラは、まともな職人男性の年収とほぼ同じ額だ。真面目に働けば数年で返済可能な金額。なので公爵家で雇う理由にはならない。公爵家ほどの上級貴族なら、孤児など雇わず横の繋がりで信頼できる人物を雇う。それが普通だ。
「つまり200万オーラ分、確実に働かせると? 恐れながらお聞き致します。なぜ孤児を公爵家で雇うのですか? お金が惜しいとは思えません、2人に拘る理由は?」
質問するムシモン神父の目に、それまでの混乱は消えていた。まっすぐにミラと瞳を合わせて、真意を探ろうとしている。命懸けだ。ミラはムシモン神父に命を懸ける父親の覚悟を見た。
「妙な目的はございませんわ。ただ、リュカは危なっかしくて、放っておいたら近い内に死ぬか、誘拐されて性奴隷にされるかでしょう?」
馬鹿な夢を見て命を粗末にするリュカがムカつくと言う。可愛いカナリヤを巻き込むのが許せないと言う。なんだか腹が立つので、身近に置いて教育したいと言う。素材は良いので磨けば光ると言う。
「なるほど。分からなくはないですな」
ムシモン神父はミラの言い分に一定の理解を示した。
「いくらなんでも酷い言い草じゃないか!」
「そう! そう!」
「うるさい。お前達は黙っていなさい」
「うきゅう」
「あう」
リュカとカナリヤが猛抗議するが、今は黙らせる。
「では夫人は、自分の嗜虐心を満たすためにリュカをそばに置きたい。そう仰られるのか」
ムシモン神父は少し声のトーンを低くする。体を前のめり気味にして、眼光を鋭く睨む。虐待が目的なら絶対に渡さない覚悟だ。
「ふふふ。近いけれど、違います。不思議なのですが、リュカはある方と雰囲気が……」
ミラが言いかけたその時。ドアがノックされ、シスターがお茶と茶菓子の乗ったワゴンを押して戻った。
使い込んだ木製のワゴン。使い込んだティーポットとカップ。安物の茶葉の香り。自家製のクッキー。
シスターは「御口汚しですが」と断って、テーブルにお茶を並べていく。ムシモン神父は毒見として、まず自分がお茶に口をつけようとした。
「不要です。ありがとうシスター」
そう言って、シラウオの手で湯気の立つカップをお皿ごと取ると、迷いなく一口。
「とても美味しいわ」
屈託なく微笑んだ。
「なんと豪胆な」
お茶を飲み、クッキーをサクサクする。しばし沈黙の時が過ぎて、ミラは話を再開した。
「お話の途中でしたね。リュカとカナリヤちゃんの事は一旦置きましょう。2つ目のお話をしたいので、人払いをお願い出来ますか?」
ミラの目は笑っていなかった。ここからが本番だと目線で告げている。ムシモン神父は十分お腹いっぱいなのに、これ以上は許容オーバーですと、顔の一部が痙攣していた。しかし拒否する選択肢はない。
「分かりました。シスター、リュカ、カナリヤ。退室しなさい」
ムシモン神父の指示に、リュカとカナリヤは消化不良といった風で、不満を顔に浮かべながら手を繋いで部屋を出る。その際、ヌッコはカナリヤに小さく手を振った。カナリヤも小さく手を振り返した。最後にシスターが「失礼致します」と言ってドアを閉めると、応接室の空気が張り詰めた。
「ここからはビジネスのお話です」
教会孤児院に来た真の目的が語られる。
孤児院の晩ごはんに辿り着かない。




