33話 突撃! 孤児院の晩ごはん ④
「ビジネスで、……ございますか?」
ムシモン神父は「意味が分からない」そんな顔をして、続く言葉を待った。
「まずはご覧いただきたい物があります。……ヌッコ」
「はい。奥様」
ヌッコに指示を出すと、彼女の四次元メイドスカートの中から小さな袋が取り出される。むわりホカホカする袋をミラへ渡し、さらにムシモン神父へ渡す。
巨人だが、若く美人で胸も大きいヌッコの温もりと女の香りに、ムシモン神父は聖職者なのを忘れ、ちょびっとだけ興奮した。
「拝見しても?」
「どうぞ」
ムシモン神父は袋の口を開けて中をのぞき込む。そこには小さな植物の種が無数に入っている。植物に造詣の浅い神父であるが、孤児院の家庭菜園をする経験からニンジンの種に思えた。
「マンドラゴラの種です」
「ぶっ! マンドラゴラですと!」
マンドラゴラはあらゆるポーションの効能を爆上げする添加剤。特定の条件下でしか育たず、その場所はアンデッドの溜まり場なので採取は極めて困難。市場に供給される絶対数が少ないので、奇跡の霊草と呼ばれる超高級素材である。ムシモン神父は産まれて初めてマンドラゴラの種を目の当たりにした。その驚きは筆舌に尽くしがたい。
「本物ですか? ……いえ、失言でした。これをどこで手に入れたのですか?」
ミラに対して真贋を問う必要はないと悟った神父。質問の方向性を変えて、会話を先に進める。
「呻きの渓谷で。……マンドラゴラ採取が目的でしたが、種が手に入ったのは幸運でした」
マンドラゴラは貴重。その種はさらに貴重である。
長い歴史の中で、マンドラゴラの人工栽培に挑戦した者は多数いた。その者達はまず、種の採取で頓挫する。マンドラゴラの雌株は雄株に比べて数が少ない。受粉率も低いので、そもそも種が手にはいらない。マンドラゴラ研究者がこの種を見れば、全財産を投げ売って手に入れようとするだろう。
「こんな貴重な物を私に見せて、どうしろと?」
彼は植物や農業の専門家ではない、ただの神父だ。マンドラゴラの種を渡されても出来る事は何もない。公爵夫人が犯罪の片棒を担げでもないだろうし、そもそも悪事なら絶対に加担しない。その条件下で、ビジネスとは如何にと訝しむ。
「北区教会と墓地。それと裏手にある林」
「はい?」
「マンドラゴラが生育する条件が揃っておりますの」
ミラはマンドラゴラとは何かを論じた。
マンドラゴラにとって良い場所は、人間には悪い場所だ。だからこそ採取が難しく希少になる。希少だから高く売れる。けれど人工栽培に成功して安定供給が実現すれば、みんなが幸せになれる。単価が下がった分は薄利多売で補填可能。お金ザクザク、笑顔ホクホク。良い事しかないハッピーエンド。
「人工栽培の方法は知っています」
平坦に告げるミラ。
マンドラゴラの人工栽培は未だ人類が成功していない難題。知るはずのない事柄を知ると言うロリ巨乳である。普通なら一笑に付して、愚かな巨乳だと追い返す。普通ならばだが。
「突飛なお話ですが、取り敢えずは疑いません」
「知識は有りますが、実践した事はありません。ですから、まさにこの教会の敷地で、マンドラゴラ栽培を試してみたいのです」
王都の中では北区教会が最高の環境だと言う。
秘密裏に、まずは種からマンドラゴラを無事に育てる事を目指す。
最終的には雌株から次世代の種を獲り、裏の林を公爵家が買い取って、公爵家の正式な事業として大きく広げたいと言う。
「教会本部に内緒で場所を提供して欲しいのです。出来れば人手も」
ミラの話はそこで一旦区切り。
ムシモン神父はしばらく右手で口を覆い、目を閉じて思案していたが。
「教会本部に報告してはいけないのですね?」
やがて目を開き、疑問点を確認する。
「教会本部に知られれば、種を取り上げようとするでしょう。そうなれば公爵家と教会の対立が始まります。私はあくまでも公爵家の事業にしたいのです」
「なるほど。しかし私は教会に属する者です。本部を欺いて、それに見合った見返りはありますか?」
「もちろん。栽培の成否にかからわず、試験栽培中は北区教会に公爵家から支援を行います。それに孤児の中で、神父様が信頼に値すると思う子供をマンドラゴラの世話係りに付けて下されば、その子達には適正な給金を支払います」
「悪いお話ではないですな。しかし、人工栽培に成功した後は? 私達は用済みですか?」
「とんでもありません。本格的な栽培が始まりましたら、ノウハウを持った子供達は引き続き公爵家が正式に雇い入れます。それから事業の拡大に伴って必要になる労働力は、孤児達を積極的に雇用します。それから……」
「それから?」
「マンドラゴラで得られる利益の一部で基金を設立します。孤児と、貧困に喘ぐ全ての子供達を支援する基金です。ムシモン神父様、これは貴方が望む最高の報酬ではありませんか?」
ミラはティーカップを手に取ると、冷めてしまったお茶を口に含み、コクリと喉を鳴らして飲み込む。
それは「私は提案した。お前はどうするのだ?」そう問いかけているようだ。
「お話は理解しました。到底信じられる内容ではありませんが、公爵夫人が小さな教会を騙す理由など、悪ふざけ意外では考えられませんし、盛大な悪ふざけに巻き込まれたとも思えません。オリハルコン級冒険者なら、凡人には知り得ない知識をお持ちなのでしょうね」
ムシモン神父はティーカップを取らない。慎重にミラの表情を窺う。
(この方は、私の事をよく調べている。私が欲するものを知り、協力すればそれを与えると言う。上手く行けば、私では成し得ない子供達の救済が叶うのか)
種が本物だとして、栽培は上手くいくか。
途中で本部に知られた場合、どの様なトラブルに発展するのか。
全てが上手く進み、事業が本格化した時に、間違いなく約束は履行されるのか。
「無礼を承知でお願い致します」
「なんでしょう」
ムシモン神父は背筋を伸ばし、両手をテーブルに置いて、ミラと視線を合わせる。
「口約束ではなく、確かな証を頂きたい」
契約書でもなんでも、形ある担保が欲しいと願った。
「ふふふ。タンカスが調べた通り、ムシモン神父様は最高のビジネスパートナーですわ」
ミラは嬉しそうだ。喜びが自然な笑顔となって溢れている。
「良いでしょう。ムシモン神父、お立ちなさい」
突然、ムシモン神父に立つように命じる。様付けはなく、従わざるをえない威圧感を放っている。一瞬で変わった雰囲気。先ほどまでのロリ巨乳が、百戦錬磨の勇者に思える。
ムシモン神父は言葉を出せなかった。圧倒的な上位者からの命令である。多少困惑しながら、言われるままに立ち上がる。
「よろしい。では私の前へ来て、跪きなさい」
ミラは座ったまま体の向きを変えた。ヌッコは立ち位置をずらしてムシモン神父が跪きやすいように空間を空ける。そうして神父は、ミラの眼前に跪いた。
「老眼が始まって、文字が見えづらいですね」
「はい」
突然、ミラはムシモン神父の体の不調を言い当て始める。
「腰が痛くて、長時間の座り仕事や畑仕事がつらい」
「はい」
初老なのだから、誰でもそうなるだろう。苦労を重ねた証拠でもあるのだ。
「若い頃、戦場で膝に受けた矢傷が、歳と共に痛みが増して、夜ベッドに入ると、痛くてなかなか寝付けない」
「はっ! 何故それを!」
ムシモン神父は若い頃、辺境の魔物討伐に一般兵として出征。オークの大軍と戦い、膝に矢を受けた。以来古傷が痛むのを、弱音を吐く様で情けなく、誰にも話した事がない。王都から遠く離れた戦場の、20年以上前の出来事だ。簡単に調べられる情報ではない。
「ムシモン神父にはこれから大きな働きをしてもらわなければなりません。ですから、貴方の望む証を授けましょう」
ミラはムシモン神父の頭上に両手をかざした。
「浄化」
「じょ? えっ?」
黄金の粒子がムシモン神父の頭から降り注ぎ、全身を満たし、吸収されて消える。すると体内に溜まっていた老廃物や毒素が、綺麗さっぱり全て溶かされ消え失せた。
「浄化は聖女だけの特別な聖属性魔法のはず、これは本当に浄化なのか……」
神学の道へ進み神父となったムシモン神父は、聖女に関する知識が十分にある。浄化に関する知識も当然ある。黄金の魔力粒子。あらゆる不浄の浄化。長年、教会に記録された歴代聖女の浄化と一致する。
「浄化は下準備。次が本番ですわ」
浄化では傷や病は癒えない。次の魔法で最高効率的を出すための前振りに過ぎないのだ。
ミラの中で魔力がうねる。普通の魔力ではない、純粋で強大で暖かく、人間とは異なる神に近しい魔力だ。それが黄金の粒子となり、再びムシモン神父に注ぎ込まれた。
「聖回復」
「う、うおおっ!」
肉体の変化は劇的に起こった。
通常の回復魔法では瞬間的に傷や病気を治癒出来ない。重症なら治癒が間に合わずに助からないケースも多く、体に染み付いた古傷を治すなど不可能。病気も癌などには効果がない。風邪ですら、症状の緩和が精一杯。
「目が、目が、目がくっきり!」
ムシモン神父は自分の手を広げ、顔に近付けたり離したり。それから頭を上げて窓の外を見て、また手のひらを見る。老眼が消えていた。
「腰が軽い気がする!」
ミラの御前であるのを忘れ、立ち上がる。腰を擦り、捻り、体を後ろに反らす。その時、もっと重大な事実に気が付いた。
「膝が痛くない? 矢を受けて壊れた膝が……」
長く続いていた膝の痛みと違和感。もはや当たり前となっていたそれが、まるでない。
試しに屈伸してみる。痛くない。
その場で跳ねてみる。痛くない。
通常の回復魔法では一時的に苦痛を緩和するしか出来ないのに、少年の体に戻った様に全身が軽い。
「聖回復。間違いない、伝説の聖回復だ」
ムシモン神父は微笑むミラを見下ろしていた。
数百年に一人。神々が世界の救済と浄化の為に地上に遣わす使徒。それが今、自分の目の前にいるロリ巨乳。
「はっ! 申し訳ありません!」
ムシモン神父は聖女を見下ろすという非礼に気付き、再び跪いた。今度は腰も膝も痛くない。スムーズで自然な動きである。
「聖女様であったのですね。神に使えるこの身、聖女様の顕現を心からお喜び申し訳あげます」
両膝を床につき。両手を合わせて深く頭を下げる。礼拝の姿勢である。
「これで証になりましたか?」
ミラの声は優しい。天上から振り注ぐ福音である。
「これ以上ない証でございます。これまでの非礼、どうかお許し下さい」
「許します。これで私達はビジネスパートナーですね?」
「全て聖女様の御心のままに」
ミラはムシモン神父の言葉に満足して頷き、言葉を続けた。
「ありがとうムシモン神父。でも貴方は一つ、大きな勘違いをしていますわ」
「勘違いで、ございますか?」
顔を上げてミラの瞳を覗く。吸い込ませそうな漆黒の瞳を。
「私は聖女ではありません。今後、決して、私を聖女と呼ばないで」
「は、あの、それは?」
聖女の顕現は全人類の福音である。存在を確かめたなら、教会本部に報告するのが聖職者の義務である。なのにミラは、人差し指を口に当て「黙れ」とジェスチャーしている。
何故、聖女であるのを隠すのか。世界を癒す為に顕現したのではないのか。神々の使徒ではないのか。隠したい理由は何か。ムシモン神父は考えて、長年感じていた疑問に行き着いた。
聖女は数百年に一人現れると言われている。だが過去の記録を念入りに調べると、古いほど聖女の顕現間隔が短く、後の時代ほど長くなる。数百年とは、記録が始まってからの平均期間でしかない。
また、古い時代では邪神を封印したり、勇者と共に魔王を倒したり、アクティブな活躍が目立つのに、2代前の聖女からは何処そこの王様を癒したとか、教皇の寿命を伸ばしたとか、権力者の利益になる活躍ばかり。
ムシモン神父はこの事実を、喉の奥に刺さった小骨の様に気になっていた。彼以外の神学者の一部も、実は聖女の顕現はもっと高頻度で起こっているのではないかと推測している。いるはずの聖女がいない。つまり自らの意思で身を隠している。その理由は。
「聖女様は、いえ、ミラ夫人は、権力者の欲望に束縛されず、魂の命ずるまま、神々の慈愛を地上に実現したい。そうお考えですね?」
ムシモン神父は結論つけた。
「解釈はお好きになさって下さいな。私はムシモン神父が口の硬く、信頼出来る方だと信じるだけです」
「身命を賭しまして、ご期待に応えましょう」
神聖な儀式は終わった。あらゆる全ての疑い、疑問、不安が払拭されれば、後は目標に向かって邁進するのみ。
マンドラゴラ人工栽培は神々の意思であったのだから。
Q いつになったら晩ごはんになるのですか?
A 次回です。




