30話 突撃! 孤児院の晩ごはん ①
アスカーダンジョンから帰還した翌日。
ミラはいつもと変わらずカリムと朝食を取り、カリムの出勤を見送って、朝のお勤めを済ませると、ミュレリ商会傘下の魔道具職人を屋敷に呼んだ。
「お初にお目にかかりますミラ奥様。魔道具職人のヤテンと申します」
ミュレリ商会の紹介で現れた老職人はヤテンと名乗った。
ミラは執務室で出迎える。
「急な呼び出しによく応えてくれました。ミラ・オーエンス・マンディブラリスです」
「勿体ないお言葉です」
ミラは執務机に座ったまま。隣に執事マッシュが立ち、入口にはヌッコ。机を挟んで、歳のわりに背筋の伸びた白髪のヤテンが深々と頭を下げる。
「立ち話では疲れるでしょう。お座りになって」
執務室には背の低いテーブルを挟んだ二脚のソファーがある。
ミラは椅子から立ち上がると、ヤテンに片方のソファーを勧めた。
「恐れ入ります」
まずミラがソファーに座り。真後ろにマッシュが立つ。ミラの着席を見届けてから、ヤテンは対面のソファーに腰を浅く下ろした。
「本日はヤテンに頼みたい仕事があるのです。よろしいかしら?」
ニコリと微笑むミラは、胸元の開いた巨乳を強調するドレスを纏っている。相手が若い男なら、意識が散って困るだろう。しかしヤテンは仕事一筋の枯れた老人だ。巨乳に惑わされる事なく、眼光鋭く次の言葉を待つ。
「旦那様のお誕生日に自動書記ペンを贈りたいと考えています。ミュレリ商会に相談した所、ヤテンが最高の職人だと紹介されました。間違いなくて?」
目を細めて挑戦的なミラ。ヤテンとしては、そこまで言われては受けて立つしかない。
「王都では一番の職人だと自負しております。自動書記ペンの製作、謹んでお受け致します」
自信に満ちた声で答えるヤテン。ミラは満足して頷く。
「必要な魔石はこちらで用意致しました。これを使って下さいますか」
マッシュに合図を送る。
「少々お待ちを」
マッシュは一礼すると金庫を開け、小さな宝石箱を取り出して机に置き、後ろに下がる。
「これは?」
宝石箱の中に魔石が入っているのは分かる。どのレベルの魔石なのか、実際に見ないと分からない。誰が宝石箱を開けるのかと、ヤテンが困った顔をした。
「開けて下さいな、ヤテン」
蠱惑的に笑うミラ。
ヤテンはすぐに気が付いた。これは貴族が人を驚かす時によくやるアレである。宝石箱を開けると中にはAランクの魔石でも入っているのだろう。そこで自分は「流石は公爵家」と褒める。女主人はサプライズ成功と喜んで、それで終わり。何度も経験した、くだらないやり取りだ。
「では、失礼致します」
ヤテンは頭の中で驚く自分を予行演習してから宝石箱の蓋を開けた。
「ぶっ! なんだこれはっ!」
ヤテンは驚きで目玉が飛び出そうになった。
「ほほほ。サプライズ成功ですわね。王都一の職人ヤテンも、自動書記ペンにSランクの魔石を使うとは思いもしなかったでしょう?」
宝石箱の中には七色に輝くSランクの魔石。
ヤテンはこれまでの人生で、見たことはあっても手掛けた事のない、最高級の魔石に膝の震えが来た。
「さ、さ、さ。流石は公爵家。Sランクの魔石とは恐れ入りました。いや、本当に」
顔を引き攣らせ、何とか定型文を絞り出す。その顔には脂汗が滲んでいた。
「この魔石を使い、最高の自動書記ペンを作って下さいませ」
「はい。これ程の魔石、一世一代の大仕事になります。これまで培った経験の全てを注ぎまして、全力で当たらせて頂きます」
ヤテンは震える手で魔石を持つ。丸い七色の魔石を全方向から目を皿にして観察する。
「素晴らしい。して、デザインは如何致しますか?」
職人スイッチの入ったヤテンはミラと深い話を始めた。
公爵家に相応しい素材。扱いやすい大きさ。カリムの好むデザイン。Sランクの魔石を使うのだから、オランス王国で一番の、歴史に残る自動書記ペンを作りたい。
「お誕生日まで時間が少ないのです。大丈夫でしょうか?」
そこまで拘って時間が足りるのか?遅れたら困るよ?とミラは言う。
「お任せ下さい。この老骨に鞭を打ってでも間に合わせます。むしろ、冥界の土産に最高の仕事でございます」
ヤテンはやる気を漲らせて胸を張った。
この短い間に5歳は若返った様に見える。
ミラはヤテンに任せれば間違いないと安堵して、打ち合わせを終えた。
◇◇◇◇◇
ヤテンが帰り、ミラは軽い昼食を取っていた。
広い食堂のテーブルに1人。使用人は周りに何人もいるが、1人の食事だ。
優雅な手つきでジャガイモのポタージュをすくう。
クロワッサンを小さく千切って口へ運ぶ。
静かで味気ないひと時。
そうして昼食を終える頃、一通の手紙が届いたとマッシュが報告する。
「手紙? 紫縦ロール様かしら?」
王都でのミラの友人は、キヨタミ侯爵家の令嬢紫縦ロール(ヴィオラ)と、バンク伯爵家の令嬢クラーラしかいない。手紙と聞いて真っ先に思い付くのはその2人だ。
「北区教会からでございます。差出人はムシモン神父様です」
「まあ、ようやくですわね」
待ちに待った連絡。マッシュから手紙を受け取り、ヌッコがペーパーナイフを渡し、ミラは手紙の封を開けた。
「ふむふむ。なるほど」
「ミラ奥様。内容を伺っても?」
執事マッシュはミラの行動を極力把握していたい。
「ムシモン神父様から、タンカスを追い返した謝罪が丁寧に書かれています。それから、いつでも北区教会孤児院に来て欲しいと」
マッシュに手紙を渡す。
「確かに。ご返答はどの様に?」
怪しい内容は見受けられない。マッシュはいつ孤児院へ行くのか尋ねる。
「明日、行きましょう。孤児院だから、食べ物をお土産にしてね」
善は急げである。ミラは屋敷の家庭菜園から出せる野菜を、出せるだけ出すよう指示を出す。ミュレリ商会に言って、保存の効く肉類も用意させる。屋敷に古くなっていらない毛布があるならそれも。使用人達の中でいらない古着があるなら、公爵家で買い取って持って行くとも言う。
ミラは執務室に戻ると、急いで返信の手紙を書いてタンカスに託した。その日はミラの注文に応える為に、使用人達が慌ただしく動いていた。そして夜が明けた。




