29話 モヤモヤする
ミノタウロスジェネラルとホーリースライムキングの戦いをドラマチックに語る事はできない。何故なら戦いと呼べる戦いが起こらなかったからだ。
「お行きなさいタマネギ。ミノタウロスジェネラルを倒すのですわだっぺ!」
『キュイッー!』
『ブモオォォォォーーー!』
名付けの儀式によって従魔となったホーリースライムキング『タマネギ』は、ミラに命じられるままボス部屋に突入する。対するミノタウロスジェネラルは、巨大なバトルアックスを振り上げて迎え撃つが。
『キュイッキュイッー!』
『アレ〜! ブモオォォォォーーー!』
津波の様に体を広げたタマネギは、ザバァーとミノタウロスジェネラルを包み込み、そのまま丸めて消化してしまう。他の魔物と全く変わらないやり方で、ダンジョンボスを瞬殺したのだ。これが全ての事実である。
「良くやりましたですわ、タマネギ」
『キュイッ♡ キュイッ♡』
褒められて体にほんのりと赤みが差し、嬉しそうに震えるタマネギ。
「わー、凄いですねお嬢様。おめでとうございます」
ヌッコは平坦な声、冷めた顔で賛辞を送る。気合を入れて聖戦士力を解放したのに、出番がないので自分の存在意義を見失ったらしい。
「ダンジョンボス瞬殺じゃん。タマネギ強すぎ」
「うっー!」
リュカとカナリヤは語彙が足りないので、とにかく凄いという表現しか出てこない。スケールが大きすぎて、恐ろしいとか、どれだけ凄いとかは考えられない。
主を失った広い空間は寒々として味気ないものだ。
黙って次の変化を待つミラ達。タマネギの体内でミノタウロスジェネラルが完全に息絶えると、ドーム状の部屋の中央にドロン!と音を立て宝箱が現れる。
「宝箱が突然現れました。これがボスドロップですかお嬢様?」
ヌッコはダンジョンボスが倒される場面に初めて立ち会った。なので宝箱が何もない空間からパッ!と現れたのが不思議でならない。恐る恐る近付いて、護衛の自分が開けると提案する。
「ええよ。開けてくれんね。ほんで、中身の最高級霜降り牛肉500キロを魔法のカバンに入れてくれんね」
「かしこまりました」
魔法のカバンを受け取り、警戒心MAXで宝箱の蓋に手をかける。ボスドロップには罠が無いと分かっていても、胸がドキンドキンと高鳴るのだ。
「いきます」
宝箱の蓋が持ち上がる。
リュカとカナリヤが興味津々でヌッコのそばに寄り、背中に隠れながら宝箱の中を覗き込む。
「宝箱を開けるってワクワクするな、カナリヤ!」
「あうっ!」
蓋が完全に開く。中からムワリと生肉の匂いが漏れる。それは嫌な匂いではなく、上質な脂と熟成された牛肉の匂いだ。ヌッコの喉がゴクリと鳴った。
「これが最高級霜降り牛肉。美味しそう」
最高級霜降り牛肉は、実は生でもイケる。
ステーキサイズに切って、塩コショウで味付けして、表面を軽く焼いて脂を溶かすともっと美味しい。
塊でローストビーフにしても最高だし、薄くスライスしてすき焼きにしても正義。
500キロの牛肉塊は人の欲望と夢を刺激する。
ヌッコは涎を拭いながら魔法のカバンの口を開く。すると500キロの牛肉塊がシュルンと吸い込まれてカバンの中に消えた。
「完了です。後は魔石ですが、タマネギの中ですよね?」
「あっ!」
ヌッコの指摘にミラはタマネギを見上げ、そう言えばと両手を叩いて驚きを表した。
ミノタウロスジェネラルは丸呑みされた。よくよく考えれば、ここに至るまでに遭遇した魔物も全て丸呑みである。魔石も低確率で出現する素材も一切無しだった。
ミラはタマネギのヒンヤリした巨体に手を付いて、祈る様に尋ねた。
「え~と、タマネギ。魔石って、あるん?」
『キュイッー!』
疑いの目を向けられたタマネギは「舐めんなよ」と言いたげに震えた。そして体の一部に吻を作ると、そこから複数の何かを床に射出する。ゴロゴロゴロと転がるアイテム。リュカは道に散らばった小銭を拾うが如く、真っ先に駆け寄った。
「ハイオークの鎧だ! ゴブリンウィザードの杖もある! それにあの魔石、虹色に光って綺麗だなぁ」
ハイオークの鎧が3個、ゴブリンウィザードの杖が1個。そして赤ちゃんの握りこぶし大の魔石が1個。
「おぉん? Aランクの魔石が虹色ですって?」
ミラも歩み寄り、リュカの拾った虹色魔石を受け取ってよ〜く観察する。
「内側から七色に光ってる。これって、Sランクの魔石やんか……」
Sランクの魔石はSランクの魔物からしか取れない。
戦力的にSランクであったプロダンス大将軍も、あれは生前の経験と魔法付与された装備で強化されていただけで、魔石はAランクであった。
ミラはSランクの魔石を両手で包む様に持ち上がら、タマネギに思念を飛ばして問い質した。
《(あちしの体の中で魔石を融合して圧縮しておいた〜。その方がお姉ちゃん喜ぶと思って〜)》
「なんだべかっ!」
タマネギの返答はミラをも驚かせる不可思議現象であった。魔石を融合して進化させて圧縮するなど、聖女でオリハルコン級冒険者のミラでも知らない未知の技術なのだ。
「それって、スライムならみんな出来んだべか?」
半信半疑なのでさらに質問する。
《(分かんない〜! あちしはスライムキングになってからやれる様になったの〜! 錬成ってスキルらしい〜!)》
「ぶほぉっ〜! 錬成!」
とんでもなミラも吹き出す程のとんでもであった。
錬成とは、複数の物質や素材を融合させて新しい物を生み出したり、元の素材を強化したり出来る、伝説に近いスキルだ。
歴史上、錬成のスキルを所持していた人物は数える程しかいない。それも錬成に大量の魔力を消費するので、ポンポンと貴重素材を生み出したりもしない。希少だが使い勝手が悪く、能力の重要性の割に大した事が出来ない。残念なスキルである。
《(余計なことしたかなぁ〜?)》
タマネギは不安そうに体を震わせる。怒られるかと心配なのだ。
「とんでもないべ。良くやっただよ。虹色魔石、ありがたく使わせてもらうでね」
《(良かった〜!)》
タマネギは安堵して、体を上下にグニグニ弾ませる。
「さて、用事は済みましただっぺ。帰りましょう。タマネギ、私の胸に戻りなさい」
『キュイッー!』
目的は果たした。門限も迫っている。アスカーダンジョンに長居する理由がない。タマネギは質量をダウンさせてボール大に縮むと、ミラの巨乳の谷間にスルンと潜り込んで、再びブラジャーに擬態する。巨乳が強調されてブルンブルンと揺れる。リュカは揺れる巨乳を羨ましそうに眺めるのだ。
「ダンジョンモグラさん、お願いしますねだべ」
ダンジョンモグラに帰りの直通ルートをお願いする。
『ガウ! ガガウ!』
ダンジョンモグラが腰振りダンスを披露すると、ボス部屋の中心部の床に光のサークルが現れる。
通常、ボスを討伐すると1階層へ戻れる魔法陣が現れる。そこを通れば1階層の決まった場所に瞬間移動する。とても便利だが、通常ルートを使うと人に見られる可能性が高い。今回は他人に見られたくないミラの事情を汲んで、ダンジョンモグラが人の居ない場所に転移させてくれる。
「ありがとうモグラさん! またねだべ!」
ミラはヒラヒラと可愛く手を振って、ダンジョンモグラに感謝と別れを告げた。ヌッコもリュカもカナリヤもそれに習い、手を振って笑顔で光のサークルに入る。
『ガウガウ! ガウガウ!』
まん丸メガネに革のベストを着た小さな毛玉の案内人。ダンジョンモグラも3人が消えるまで手を振り続けて別れを惜しんだのである。
◇◇◇◇◇
場面は一気に変わってダンジョン事務所の前。
リュカとカナリヤは所在なさげにミラの前に立っていた。
「ここでお別れね」
ミラは特に感情の籠もらない声でリュカに告げる。
「……おう。助かったよ。ありがとうございました」
リュカも反抗的な態度でお礼を言う。
「近い内に教会にお邪魔します。その時まで馬鹿な真似はせず、生きていてね?」
可愛い笑顔で意地悪な物言いをするミラ。
リュカは自分が目の敵にされる理由が分からない。自分ばかりが目の敵にされている気がする。事実、リュカの真横ではカナリヤがヌッコにめちゃくちゃ可愛がられている。
「……金持ちで強いからって、なんでも許されるのかよ」
リュカの声はとても小さかった。反抗心はあっても、圧倒的な力量の差に尻込みをしているのだ。知らなければ強気に吠える。知ってしまえば弱気に呟く。人間とは情けないものだ。
「そうよ。強い者はなんでも許される。そんな事も知らないのかしら?」
普段のミラからは考えられない悪役令嬢ムーブにヌッコは戸惑いを覚える。けれど、ここまで挑発的な態度をとるのは理由があるのだろうと、口は挟まない。
「ちきしょう。俺の気持ちも知らないで……」
リュカは唇を噛み締めて、拳を堅く握って俯いた。
あまりにも哀れな姿である。ヌッコは居た堪れない気持ちになって、デミゴブリンの魔石2個をカナリヤに渡す。2人を助ける時に、恥ずかしい必殺技名と共に飛び蹴りで倒した2体の分だ。
「これを冒険者ギルドで売ってお金に変えなさい。2人分の日当には足りないけれど、お腹の足しにはなるでしょう」
自愛に満ちた微笑み。カナリヤはしゃがんで自分と視線を合わせるヌッコに、自分を捨てた母親の姿を重ねていた。
「あり、がと」
ヌッコの手から魔石を受け取る。ギュと握り合う手と手、柔らかい温もり。感じる好意。
握る。握る。握る。離さない。
「ヌッコ、いつまでやってるだべ」
「はっ! 申し訳ございません!」
ヌッコは我に返りながらも、名残り惜しそうにカナリヤを見つめている。
「ではごきげんよう。お気をつけて帰りなさい」
ミラが走り出す。ヌッコも「気をつけて、またね」と言って後を追う。リュカ達が見送る間もなく、身体強化50倍の2人はアスカー山を駆け下りて行ったのであった。




