28話 その頃のジュダス
アダマンタイト級冒険者ジュダス。
常に顔色が悪く、根暗なのにニヤニヤと不気味に笑っている。なのに目だけは鋭く光り、世の中を恨む様に笑っていない。周囲をギョロギョロと観察して快楽の種を探すその姿は、見る者達に嫌悪感を与え、まともな者はジュダスに近付こうとはしなかった。
ジュダスの歩んだ人生は不明だ。本人が語らないし、王都の出身でもないからだ。何処か遠くの知らない街で冒険者になり、アダマンタイト級に昇格してからオランス王国の首都、王都アウラタアルファックへ流れて来たのだ。
ジュダスには悪い噂が絶えなかった。外見的イメージもあるだろうが、実際に悪事も多数手を染めている。
他人に馬鹿にされたり、気に入らない者がいれば密かに殺すし、犯罪組織と繋がって、用心棒、誘拐、殺人、大規模強盗の参加。なんでもござれだ。
ジュダスは犯罪を犯すとか、他人を傷付けるとか、そういった事に罪悪感を抱かなかった。ジュダスの頭は常に自分の事だけである。自分が得をするか、自分が楽しめるか。それは一種の障害であり、生まれ持った欠陥であった。
先天性の障害があっても、厳しく教育されればある程度は矯正も可能だろう。最低限の協調性を持って社会生活を無難に営める。いわゆる普通の人間になれたかもしれない。
だがおそらく、ジュダスには親身になって躾を施してくれる『誰か』はいなかった。それにジュダスは一人で生きて行くのに十分な戦いの才能を持っていた。どの様に戦い方を学んだかは不明だが、とにかく一般人にとっては危険で不要な人物である。
◇◇◇◇◇
ミラが自分の退屈を紛らわせてくれる。そう考えたジュダスは、ミラの後を追ってアスカーダンジョンに来た。
ミラとヌッコが申請書を提出してダンジョンへ入ったのを、少し離れた場所から確かめたジュダス。2人に勘付かれないよう少し間を開けてダンジョンへ入る。
ダンジョンの中は法が届かない。一度入ってしまえば、中で何が起ころうと自己責任だ。ミラとヌッコを捕まえ、玩んで甚振って殺しても、誰にも咎められたりしない。それはジュダスにとって、とても愉快で素敵な事実であった。
ダンジョンの外で人を殺すのは気を使う。スラムの浮浪者達なら憲兵も本気で捜査をしないが、例えばミラの情報を出し渋った冒険者ギルドの受付嬢などを殺すのは、証拠を残さない工夫が必要になる。出来なくはないが面倒臭い。それよりも、好きに暴れて好きに殺せるダンジョンが大好きだ。ここなら自分を100%解放出来る。自由になれる。イキたいだけイける。一階層の入り口付近でジュダスは不気味に笑っていた。
「ぐふふ。楽しませてくれよ巨乳のお嬢様。お前がどこの誰か、どうやって強くなったのか、じっくりと教えてもらうぜ」
ジュダスは追跡を始める前に考える。
王都の北にある立ち入り制限区域『呻きの渓谷』そこにはネームドモンスター『プロダンス大将軍』がいて、多数のアンデッドモンスターが犇めいていた。
少し前までは。
「プロダンス大将軍が討伐された。その後アンデッドモンスターも目に見えて減って来た。お嬢様が呻きの渓谷から帰って来てからだ。ギルドは隠しているが、プロダンス大将軍を討伐したのはお嬢様だ。ミスリル級かと思ったら、アダマンタイト級だな」
冒険者の間で最近のトレンドは『誰が』プロダンス大将軍を討伐したかである。通常でもAランクのスケルトンジェネラルである。それが怨念によって魔物化した英雄プロダンス大将軍ならSランクである。
討伐するには金級以上の冒険者を損害覚悟で多数集めるか、アダマンタイト級冒険者パーティーでなければ不可能なのだ。本来なら大々的に発表されてもおかしくない大戦果なのに、冒険者ギルドは討伐者を公表しない。それどころか必死に隠している。
「お嬢様がアダマンタイト、デカ女がミスリル級か。さぁて、どんな秘密が飛び出すのか楽しみだ。げへへへ」
ジュダスは口臭に問題を抱えた長い舌で舌舐めずりすると、身体強化30倍で駆け出した。
アスカーダンジョンの地図は記憶している。最短ルートを行けば、日が変わる前に最終階層に到達出来る自信がある。しかし今回はミラ達に追い付くのが目的。追い抜いてすれ違っては元も子もない。
ジュダスは走りながら気配察知にも気を配る。魔物の気配、冒険者の気配、全てを逃さず階段を目指す。
2階層。3階層。4階層。5階層。
ジュダスはミラを探してここまで来た。けれど見つからない。一瞬、追い抜いた可能性を考えたが、すぐにそれを否定する。ミラがアダマンタイト級冒険者で尚且つアスカーダンジョンの地図を事前に調べていたならば、もっと下の階層へ潜っていてもおかしくない。自分の気配察知に掛からないなら下へ潜ったのだ。ジュダスはそう判断して再び駆け出した。
6階層。7階層。8階層。9階層。10階層。
「いねぇ。まさか、俺が見落としたのか」
ジュダスは上がった息を整えながら呟いた。
ミラがアダマンタイト級とするなら、身体強化魔法の倍率がジュダスと互角の30倍でも不思議はない。
しかし身体強化魔法は元々の体力の倍化である。鍛え抜いた男のジュダスと、巨乳美少女のミラでは根本的な体力に差があるはずだ。加えてお供のデカ女は推定ミスリル級。ならば使える身体強化魔法の倍率も30倍以下のはず。追い付けないはずがない。
「間違いない、追い抜いたな。戻るか」
ジュダスは水筒の水を飲み、それからエナジーポーションを飲むと来た道を戻った。途中遭遇する魔物を愛剣で斬り伏せ、通路を塞ぐ邪魔な冒険者がいれば走り抜けながら蹴り倒して進む。そうして1階層まで戻ったジュダス。
「はぁ、はぁ、はぁ。馬鹿な、何処にもいねぇ。まさかとは思うが、帰ったのか?」
いない。気配察知にも反応しない。すでにダンジョンから出た可能性もある。ジュダスは一旦ダンジョンから出ると、ギルドの職員を捕まえ、金を握らせて問い質した。
「巨乳お嬢様とデカ女の2人組はまだ帰還していない。私が喋った事は内密に頼むよ」
誰がいつ帰還したか。その程度の情報なら犯罪に利用されてもタカが知れている。これで金貨一枚貰えるなら役得である。ギルド職員はホクホク顔でジュダスに教える。
「ありがとよ。また、頼む」
ジュダスは急いでダンジョンへ戻った。
「もっと下か。あの巨乳、想像したよりも強いかもしれない」
ジュダスは疲れていたが、それ以上に嬉しかった。
あの若さ、あの美貌、あの巨乳で、自分に並ぶ猛者など想像出来ようか。出来ないだろう。これを奇跡、幸運と呼ばずして、なんと呼べば良いのか。
ジュダスは血走った目で下層にいるはずのミラの姿を幻視する。口から涎を垂らし、股間を膨らませると、30倍の身体強化魔法を掛け直して走り出した。
5階層。10階層。15階層。20階層。25階層。30階層。
日付が変わって深夜。ジュダスはボス部屋の前まで来てしまった。
「ぜぇ! ぜぇ! ぜぇ! ボス部屋の扉が開いてやがる! ボスがいねぇぞ!」
汗だく、涎、ヨレヨレのジュダスは叫んだ。
ダンジョンボスは一度倒されると数日間は復活しない。ジュダスの記憶ではミノタウロスジェネラルはここ数日誰にも討伐されていない。つまり極最近、討伐されたのだ。
「巨乳か! 巨乳がやったのか! 巨乳とデカ女がダンジョンボスを倒して地上に戻ったとでも言うのか!」
ジェネラルは怒りに任せて地団駄を踏み、目に入る魔物を力任せに引き裂いて溜飲を下げる。
「畜生! 逃さねぇぞ巨乳! ちくしょうー!」
ジュダスは激怒しながら上層に向けて走り出した。
けれど昼間から走り詰めの戦い詰め、疲労は限界に近く、魔力も残りわずか。持ち込んだ水もエナジーポーションも底を突いてしまい、このままでは地上に戻る途中で身体強化魔法が切れて魔物に殺されてしまう。
「補給が必要だ。25階層のセーフティゾーンに獲物がいればいいが」
ジュダスの言う補給とは、すなわち強奪だ。しかも相手を生かして返せば通報されるし報復もされる。なので補給=殺害である。
ジュダスが25階層のセーフティゾーンに到着すると、幸運なのか不幸なのか。ミスリル級冒険者2名と金級冒険者2名で構成された4人パーティーが休んでいた。
3人はレンガの床に、魔物の毛皮で作られた毛布を敷いて仮眠を取り、1人はランプの小さな灯りで見張りをしている。
「丁度いい。ついてるぜ」
ジュダスは幸運に顔を歪めると、愛剣を踊らせて見張りに斬り掛かかる。
「あっ! おま、ぐぇっ」
見張りの男は金級であった。ジュダスの襲撃に気付けはしたが、反応が追い付かずに首を斬り裂かれて死んだ。噴き出した鮮血が、ランプに悲しく照らされている。
「なん、だ?」
「う〜ん?」
「しゅ、襲撃だ!」
残りの3人が、仲間の異変とジュダスの殺気に気が付き、飛び起きようとした。武器を取って反撃しようと最大限の努力をしたのだ。
「おせぇよ」
ジュダスは音よりも早く剣を三度振る。
すると3つの塊がゴトゴトゴトと床に転がる。
どれだけ体を鍛え、実戦経験を積もうとも、目覚めて武器を取って身体強化魔法掛け、相手を認識して攻撃するのに1秒以上は掛かるのだ。準備万端のジュダスにとって、その時間は必殺の時間である。睡眠中を襲われるとはそういう事なのだ。
「水に食い物にポーション。後はお宝と魔石が少し。まあまあか」
ジュダスに罪悪感はない。殺しも盗みも強姦も、トイレに行って用を足す程度の感覚だ。殺害した冒険者パーティーの荷物を漁り、必要な物を懐に収め、しばしの休息を取った後、ジュダスは再び走り出した。
「腹が立つが嫌ではねぇな。こんなに楽しいのはいつ以来だ。げはははは!」
地平線が白み始める頃。ジュダスはダンジョンを出た。
冒険者ギルドの職員は交代していて、ジュダスは再度、金を掴ませてミラ達の情報を手に入れる。
「え~と。昨日の日報はと。……では、その2人組の女性の名前と特徴を教えて下さい」
「名前はしらねぇ。特徴は巨乳とデカ女だ」
職員はパラパラとページをめくる。ダンジョンには毎日24時間、多くの人間が出入りしている。ほとんどは冒険者だが、訓練の騎士や兵隊も利用する。一日過ぎれば記録を調べるのも一苦労なのだ。
「あった。これかな? ミラさんとヌッコさんですかね?」
「ミラ、ヌッコ」
ジュダスは初めて2人の名前を知った。冒険者ギルドでいくら探りを入れても分からなかった名前をだ。
「昨日の夕暮れ前にはダンジョンから帰還してますね。これで良いですか?」
「昨日の夕暮れ前だと! 間違いないのか!」
「ひいっ! 心体的特徴が一致する女性の2人組ならそうです! 後は保証出来ませんよ!」
「うおぉぉー! ちくしょうー!」
ジュダスはダンジョン事務所を飛び出すと、朝日に向かって叫んだ。
「どこですれ違った! あり得ない、あり得ないぞ! 俺が何度往復したと思ってやがるんだ! くそぅ!」
ジュダスは全身の筋肉を怒張させて怒りを表現した。
ジュダスの頭脳では理解不能な出来事である。いくら考えても納得のいく答えは見つけられない。ミラ達とジュダスがダンジョンに入ったのは昨日の昼前。それからジュダスは2人を探してダンジョン内を彷徨った。
「夕暮れ前にダンジョンを出たのなら、巨乳は10階層以内にいたはずだ。でなければ時間の辻褄が合わない。なら、ダンジョンボスは別の奴が討伐した事になる。俺はずっと、無駄に時間を消費していたのか」
ジュダスは握った拳から血が滴るほど力を込めた。
歯も噛み締めるので、奥歯からギリギリと嫌な音がする。
お風呂にも数日入っていないし、歯も磨いていない。加えて昨日今日で汗だく。ハッキリ言って、臭い。
汚く、気味悪く、実際に精神的欠陥を生まれ持った異常者ジュダス。
この男がミラと交わる日は来るのだろうか。




