2話 ぶっ飛んだ義母とクズな旦那様
「こちらが奥様のお席でございます」
マンディブラリス公爵家の家族が日常で使用する小食堂。一番に到着したミラは、ヌッコのエスコートにより自分の席を知り、同時に驚愕する。
(これでプライベートな食堂って、広すぎるっぺ! それに使用人の数が多いずら!)
昨日の披露宴は庭と大ホールで行われた。アホみたいに広大な屋敷である、当然ながら昨日の今日で屋敷の全体を把握出来るはずもない。接客用の大ホールが大きいのは当然と割り切っていたミラだが、小食堂が小でない件に目眩がする。
「奥様、お座り下さい」
ヌッコが椅子を引いて着席を促す。主人席を頂点に、義母、家宰、ミラの順に座るらしい。全長10メートルを超える長方形の高級テーブルにたったの4人である。ミラは巨人の国に迷い込んだ錯覚を覚え、ブルッと身を震わせた。
「如何がなさいましたか?」
立ち尽くすミラ。心配したヌッコは腰を曲げて顔をのぞき込む。
「なんでもごぜーませんわ。それより」
「はい?」
猫背になったヌッコと見上げるミラの瞳が交差する。
「旦那様やお義母様はいつ、食堂にお越しになるかしら?」
人間にはルーチンワークというものがある。起きる時間、食事を取る時間は毎日ほぼ同じ。
「はい。もう間もなくかと。それが何か?」
ヌッコの問に、ミラは「うむ」と頷いた。
「ならば着席はせず、旦那様とお義母様を扉の前でお出迎えするですわよ。それが嫁の務めでしょう」
ミラはヌッコの返答を待たずに歩き出すと入り口の脇に陣取った。まるでロリ巨乳のマネキンの様に。ヌッコは一瞬だけ逡巡する仕草を見せたが何も言わずに従う。そうして数分後。
「皆おはよう。良い朝ね」
義母であるカヌレ・マンディブラリス前公爵夫人が数人のメイドを従え、白い巨塔の如く現れた。
「おはようございます大奥様」
「おはようございます」
「大奥様、本日もお美しく」
それまで食事の準備をしていた使用人達が手を止めて義母へ挨拶をする。ミラの登場にはスルーだった者達が一斉に頭を下げるのだ。これだけで、屋敷の主が誰か分かるというもの。
「お義母様、朝のご挨拶をお許し下さいませ」
ミラは一歩前に出ると、淑女らしい綺麗な所作で膝を曲げた。
「あら、あらあら。まあまあ、ミラさん?」
「はい、お義母様。結婚式では十分な挨拶も出来ず失礼致しましたですわ」
「まあ、まあ、まあっ〜!」
ミラの行動は正解の様子。
カヌレ夫人はミラの両手を取ると満面の笑みとなった。四十路を越えているはずなのに、夫カリムと同じ金髪と、目鼻立ちがよく似た美形が眩しい。
「こちらこそ。急な縁談によくぞ応えてくれました。朴念仁な息子に代わってお礼を言わせてちょうだい」
カヌレ夫人はミラの手を引いて着席を促す。されるがまま隣同士で座り、手を取り合ったまま見つめ合うのだ。
「改めて見ると、背は小さいけど巨乳で安産型ね」
頭のてっぺんから脚の先まで視線で舐め回される。
「カリムは内気な童貞だから、なかなかお嫁さんを取らずにヤキモキしていたのよ。それが突然、ミラさんなら結婚しても良いと言い出してね」
花嫁の選考基準は見た目や政治的配慮ではない。地味で大人しく、カリム公爵に都合のいい外国人。それだけだ。
「私こそ、歴史ある大貴族のマンディブラリス公爵家の一員となる事は望外の喜びです。ぺっ」
ミラの謙虚な態度に気分を良くするカヌレ夫人。
姑にとって理想の嫁とは、出しゃばらずに常に姑を立てて、よく働き孫を沢山産む事だ。その点、ミラの第一印象は合格点である。
「それでミラさん」
「はい。お義母様」
カヌレ夫人はワクワクとした少女の如き笑顔と瞳孔の開いた瞳である。
「寝室の使い心地はどうだったかしら? 私が全力でプロデュースした子作りがススム愛の空間は?」
「がっぺっ!」
カヌレ夫人は熱く語った。
壁に飾れたエロ絵画は新進気鋭のスケベ絵師、シモネッタ・ステファネリの力作。夫人がパトロンらしい。
壺はマンディブラリス家が100%出資する専属工房で焼かれた一点物。テーマは艶かしき女体。
ベッドに彫刻された物語は、大人向けで有名な騎士と姫の恋物語。ユニコーンに愛される清らかな姫が悪しき竜に攫われ、騎士が苦難の旅の末に助け出し、最後は騎士が産まれた時から装備している聖剣をフルバーストして、竜の邪気に犯された姫を上書きしてハッピーエンド。
「ムラムラしたでしょう。燃え上がったでしょう。私の息子のジュニアはどうだったかしら? もう妊娠しちゃったかしら? 私、早く孫を抱きたいわ」
朝っぱらから息子と義理娘の初夜を根掘り葉掘り聞き出そうとする変人。それがカヌレ夫人。ミラはどの様に答えたものか困ってしまい、ヌッコに視線で助けを求める。
「フルフル。フルフル」
ヌッコは無言で首を振った。自分には無理だと言うサインだ。
(くっ! 使えないデカメイドだっぺ!)
ミラは心の中で悪態をついた。すると幸運と呼ぶべきか、食堂にカリム公爵と家宰ドナルド子爵が連れ立って現れる。ミラはチャンスとばかり立ち上がり、夫の前で淑女の礼をとった。
「おはようございます旦那様。良い朝ですね」
ミラは昨夜の事など無かったかのように振る舞う。
カリムはそれを冷めた態度で受け流す。
「おはよう。昨夜はよく眠れたか」
結婚式の日に形だけの結婚だと宣言した男だ。
初夜なのに花嫁に指一本触れない、女性に対して無礼極まりないイケメンだ。
朝から髪型も身だしなみもバッチリ決まって無駄にカッコいいクズ童貞である。
ミラはそんな事実をおくびにも出さず、咲き誇る春の野花の様に微笑んだ。
「はい。お義母様の用意して下さったベッドはフカフカで、朝までグッスリですわ」
カリムはミラの答えにほんの少しだけバツが悪そうに顔を歪め、そして隣に立つナイスミドルに視線を向ける。
「改めて紹介しよう。母方の叔父、家宰のドナルド子爵だ。私は仕事の関係で一年の大半を王都で過ごしているので、公爵領の経営は叔父に任せている。困った事があれば頼るといい」
口髭を生やした30代後半のイケオジ、ドナルド子爵。カヌレ夫人の弟と言われれば、確かに夫人にもカリムにも雰囲気が似ている。
「ドナルドだ。昨日は良い結婚式だったね、ミラ夫人」
ドナルド子爵はミラの右手を取ると、紳士として軽く口づけをする。
「はい。マンディブラリス公爵家に迎え入れて頂きありがとうございますですわ。今後は良いお付き合いとご指導ご鞭撻をお願い致します」
ドナルド子爵は満足気に頷く。小国の伯爵令嬢を嫁に取ると聞かされた時は、甥であるカリムを本気で馬鹿だと思った。どうしようもない拗らせ童貞だと。大貴族である公爵家を貶めるのかと。
(だが、実際に会ったミラ嬢は礼儀作法も気遣いも申し分ないロリ巨乳美少女だ。田舎臭い所も逆にそそられる。ツンツンした性格キツめの美人令嬢よりも、清楚で地味なミラ嬢の方が好感を持てる)
軽い挨拶が済むと、カリムは1人で主人席に座る。妻であるミラのエスコートは無しだ。代わりにドナルド子爵がミラをエスコートすると、カヌレ夫人が待ったをかけた。
「ドナルド。私はミラさんの隣がいいわ、席をかわりなさい」
ドナルド子爵は一瞬だけ困った顔をした。それから「はい姉上」と呟いて、全てを諦めた顔になると、ミラに席を譲る。これで席順はカリムを頂点にカヌレ夫人、ミラ、ドナルド子爵となった。この一幕でカヌレ夫人が最強なのが良く分かる。
「では朝食にしよう」
カリムの合図で使用人達はテキパキと朝食の支度を始める。公爵家でも朝は比較的質素な食事になる。胃に優しい軽めのメニューだ。パンにチーズ、半熟卵とスープと果物。珍しい物は何もない。
(あれ、なんだべ? おんやぁ〜?)
しかし一点、ミラの常識にはない行動をカヌレ夫人が始めたではないか。給仕係の若い男がカヌレ夫人の後に立つ。するとワゴンに載った一斤のパンを切り分ける。夫人は切り分けられたパンの中から無作為に一欠片取ると食べるのだ。
「良くってよ。配りなさい」
「ありがとうございます」
夫人の許可を得て、給仕係はパンをそれぞれに配膳する。
(は? もしかして、毒味?)
ミラは黙って観察を続ける。次は大鍋に入ったスープが運ばれ、カヌレ夫人の監視の元でかき混ぜられ、少量だけ小皿にとって毒味をする。
「今日も良いお味。良くってよ」
そうして全ての食材をカヌレ夫人が毒味して、ようやく朝食の開始となる。
「待たせてごめんなさいね、ミラさん。いつもはやらないのよ、カリムと一緒に食事をする時だけなの」
カヌレ夫人は至って普通に食事を始めた。カリムやドナルドや使用人達の様子を見る限り、この毒味は公爵家の普通であるらしかった。
「いえ。毒味は高位貴族なら当然でございますわ。でも」
「でも。なにかしら?」
ミラはある事を疑問に思った。カヌレ夫人は目を細めた笑みを浮かべて答える構えである。
「毒物検知の魔法を使えば良いのではありませんか? わざわざお義母様が毒見役など、如何なる理由かと不思議です」
この世界には魔法がある。毒物検知の魔法は高度な魔法だが、公爵家ならお抱えの魔法使いがいるはずだ。
「もちろん、毒物検知魔法で事前に調べてあります。だからこれは私の自己満足。一種の儀式ね」
カヌレ夫人はお茶目にウインクしておどけてみせるが、その説明では不十分である。疑問の残るミラの表情を察したカリムは、ナプキンで口元を拭くと話を引き継いだ。
「私は父方の親族から何度も命を狙われている。母上の毒味は全て私を心配しての事だ」
「命を……」
(聞いてないずら!) ミラの心は叫びたがっている。
「公爵の地位を狙っての事だ。毒、事故に見せかける、暗殺者。今、生きていられるのは母上と叔父上のおかげと言っても良いだろう」
カリムはなおも続ける。
「結婚した事で君も狙われる可能性があるのでヌッコを付けた。彼女は護衛を兼ねたメイドで実力は折り紙付きだ。安心してくれ」
ミラは振り返ってヌッコを見る。言われてみれば引き締まった体をしている。2メートルの身長に推定体重90キロ。Eカップの巨乳も胸部装甲として活躍するだろう。戦士として申し分ない。
「この身を盾にしてお守り致します。ご安心下さい」
ヌッコは笑顔でそう答える。忠誠心か、あるいは報酬が高額なのか。瞳には強い意志が宿っている様に見受けられた。
「それと」
まだあるのかと、ミラは身構えた。
「私は明日、王都に帰る。いつまでも仕事を離れられないからな。君はこの公爵領で暮らすといい。王都よりは安全だし、母上と叔父上が良くしてくれるだろう」
「がっぺ!? 聞いてないっす!」
「がっぺ?」
「あっ、やば。いえ。初耳でごぜーます。聞いてございませんですわ」
結婚して3日で夫は単身赴任、そして別居。愛のない政略結婚だとしても、さすがに酷すぎる。扱いが雑過ぎる。嫁を蔑ろにし過ぎる。素の出たミラの抗議にカリムは表情を変えず、視線も合わせず言い放つ。
「今、言った。問題あるまい」
自分勝手なその態度。これは噂以上の難物だとキレそうになるミラであったが、意外にもこの件で真っ先にキレたのは別の人物だった。




