25話 偶然の再会
ダンジョンがいつから世界にあるのか、それは誰にも分からない。少なくとも、人類が石器文明だった頃には存在して利用されていた。
中には人間を積極的に襲う魔物がいる。倒せば魔石が手に入り、稀に素材を落とす。それからダンジョン内に隠された宝箱の数々。財宝、武具、魔道具、神秘の治療薬。全て人間にとって有益であり、欲望を刺激した。
冒険心に溢れた人間はダンジョンを目指した。
危険だが、得る物も大きい不思議空間へ。
神々が人間に与えた慈悲であり試練の場へ。
人間はダンジョンで己を鍛え、手に入れた財宝で夢を叶える。
しかし一点、奇妙な事もある。ダンジョンから産する物品は人類の文明レベルに見合った物しか出ないのだ。石器文明時代は黒曜石の武器や毛皮の防具や少しだけ生活が楽になる魔道具が宝箱に入っていた。当然だが、出現する魔物も石器と魔法で対応可能な範囲だ。
青銅器文明なら青銅製品。
鉄器文明なら鉄器製品。
そして今、中世を抜け出して初期の機械文明へと至った人類に、ダンジョンは何を与えるのだろう。
すべからく神々の手のひらの上である。
◇◇◇◇◇
「思ったよりも人が多いべさ」
「アスカー山は標高200メートルと低いので、ハイキングにも人気なのです」
アスカー山に到着したミラは驚いていた。
登山道は整備されて、途中途中には屋台も多数出ている。ラフな格好をした老若男女が楽しそうに小山を登って秋の紅葉を楽しんでいるのだ。
「冒険者も多いべさ」
「武装しているのでひと目で分かりますね」
登山道を歩く人の群れには、鎧を着て武器を携えた冒険者達もいる。登る者は手ぶらだが、降りる者は何かしらの荷物を持ってだ。
すれ違った、ある冒険者パーティーの会話。
「10階層の宝箱から金塊が出たのは幸運だったな!」
「仲間内で分けても一週間分の収入になるぜ!」
「俺、久し振りに東区の花街に行く! 北区の激安店とはサービスが違うんだよ!」
男三人組のパーティー。剣士と槍使いと弓使いだ。
「あ〜、身体強化魔法が10倍まで出来ればダンジョンボスにも手が届くんだがな〜」
「もしくはパーティーメンバーを増やして5人にするかだ。分け前が減るけどな」
「いやいや。無理は止めようぜ。10階層まででも十分に稼げてるじゃんかよ」
「でもな〜、このまま金級冒険者で終わるのもつまらないよな〜。ミスリル級は目指したい」
「魔法は生まれ持った才能がデカいからな。俺達には金級が分相応なんじゃないか?」
「そうそう。俺は花街に行ければそれで良い。背伸びして死んだ奴らの後は追いたくない」
男達の会話は低学歴で冒険者になった一般的な平民のそれだ。
若さ故に向上心がある者、己の分を知り安定を求める者、短期的な快楽を優先する者。
人間には能力に個人差がある。優秀、普通、無能。真面目に続ければ一人前までは誰でも成れる。その先は本人次第。
冒険者は常に命の危険が隣り合わせなので、金級に至っただけでも称賛に値する。彼らはダンジョンからアイテムを持ち帰る貴重な戦力であり、かけがえのない社会の一員だ。高望みは身を滅ぼす。
下山する冒険者達の背中を見送り、ミラは「ふ〜ん」と声を漏らした。そこには特別な感情は見られなかった。
「時間が勿体ないから急ごうヌッコ」
「はい、奥様」
2人は山頂にあるダンジョンの入り口へ向かった。
◇◇◇◇◇
山頂は冒険者とハイキング客で賑わっている。
標高200メートルでもそれなりに景色は良い。山頂の一部は平らに均されて、屋根付きの休息所が設けられている。穏やかな秋の日差しの下、行楽を楽しむ人々の笑顔がある。
その一方で、ダンジョン入り口で申請書のチェック待ちをする冒険者の列は違う雰囲気を纏っていた。
いま列の先頭には2人の子供。冒険者ギルドの職員は申請書を見て、2人の子供を見て、それから溜息をついた。後ろに並んでいる大人の冒険者達は早くしろとイラついている。
「北区教会孤児院のリュカ12歳とカナリヤ11歳。本気でその格好でダンジョンに入るつもりか?」
死霊使い事件の被害者。金髪碧眼の美少年(美少女)リュカと、青いロングヘヤーの美少女(美少年)カナリヤの2人が、チャンバラごっこ程度の装備で中級ダンジョンに挑もうとしている。ダンジョン探索は自己責任とは言え、幼い子供の無謀にギルドの職員は説得を試みている様子。
「一階層だけだから大丈夫だって。それに、ダンジョンは自由平等自己責任だろ?」
「う」
「それは建前であってだな、今は時代が違うんだ。議会では児童保護法が議論されて、ダンジョンに年齢制限を設けるなんて話もあってだな。そもそも低級ダンジョンならまだしも、いきなり中級ダンジョンとか。困った」
「良いから通してくれよ〜。門限があるんだよ〜」
「よ」
リュカは言葉を並べて食い下がる。職員としては死にに行く子供を見過ごせば寝覚めが悪い。結果、待たされた冒険者達の怒りが限界に達する。
「おい職員! 四の五の言わずに小僧共を行かせろ! ダンジョンの怖さを知れば、小便漏らして逃げてくるわい!」
「そうだ! こっちは今日の内に5階層まで降りる予定なんだ! 遅れた損失を弁償してくれんのか!」
「俺もガキの頃からダンジョンに潜ってるぞ。今更、法律がなんだと御託を言うな。底辺のガキはな、無駄に生きるより一か八かに命を掛けるんだよ」
冒険者達の怒気を浴びて職員はたじろいだ。
「……忠告はしたからな。行け」
「へへ、ありがとう。行こうぜカナリヤ」
「お」
地下鉄の入り口に似たダンジョンの入り口。
リュカとカナリヤは意気揚々と降りて行く。
「奥様、あの2人」
「んだべ。せっかく助けたのに、ほおっておいたら今日、死ぬな」
「ですね。不細工な男の子はいないみたいです。どうしますか?」
「せやな。オラはな〜んか、金髪の子が気になんねん。誰かに似てる気がする」
「私は青い髪の子です。なんだか心がゾワゾワするんです。凄く可愛い。母性が疼いて可愛がりたい」
偶然居合わせたミラとヌッコである。知らぬ仲ではないし、前回の報酬も受け取っていない。加えて子供に目の前で死なれては後味が悪い。仕方がないのでリュカ達を追う事に決めた。
◇◇◇◇◇
アスカーダンジョンの壁や床は、レンガを組み合わせて作られた人工地下道タイプだ。道幅も天井の高さも5メートル。複数の冒険者と魔物が入り乱れて戦うには少々狭い。故にダンジョン探索パーティーは3〜5人がベストだとされている。
「お嬢様、青い髪の子が奥に行ってしまわない内に捕まえましょう」
「ヌッコは張り切とるね。よこしまな気配を感じるのはオラの気のせいだべか?」
先に入ったリュカ達の姿は見えなかった。獲物を探して奥へ進んだと思われるので、魔物と遭遇する前に保護したい。
「まずは道案内さんを呼ぼか。その方が確実で早いっぺ」
「道案内さんですか? それは他の冒険者に頼むという事ですか?」
「いんや。ダンジョンにはどこにでも、道案内さんがいるんだべ。ちょっと待っとって」
ミラはおもむろにレンガの床を右足裏で叩いた。
リズムをつけて、タン、タン、タタタン。タララン、タン。
「なんです、それ?」
ヌッコは小躍りだと思った。ロリ巨乳がダンジョンで愉快なダンスを披露していると。
「これな。知ってる人はまずおらんでね。あ、来た」
「ひゃっ!」
いつの間にかミラの足下に、小さな毛むくじゃらがあった。ヌッコはゴキブリを連想して、悲鳴を上げるとピョンと逃げる。
『ガウ』
毛むくじゃらは一声吠えた。
「ま、魔物ですか、それ?」
足下の毛むくじゃらは良く見るとモグラに似ていた。
しかもメガネを掛けてベストを着たモグラだ。
ダンジョンに動物はいない。動物はメガネもベストも着けない。従って毛むくじゃらは魔物である。
「ダンジョンモグラやで。ダンジョンの中を知り尽くしていて、秘密の合図を送ると道案内をしてくれんだべ」
「そんなの、聞いた事がありません」
ヌッコは冒険者の事もダンジョンの事も知らない。けれどそれは無知とは違う。公爵家の家人に相応しい教養を身に付けているし、雑学もそれなりに知っている。
「ダンジョンは普通、先駆者が地図を作り、後の者は対価を払って地図を買って探索する。その繰り返しで攻略していくのだと、そう聞いています」
「そげな。みんなダンジョンモグラを知らないからだべ。オラは精霊さんに教えてもらったけんど、モグラを知っている人間は世界に何人いるのかな?」
聖女にとっての当たり前は世間的には非常識である。ツッコんではいけない。スルーするのが得策だ。
「ほんじゃ、モグラさん。2人組の子供の所に案内して欲しいっぺ」
『ガウガウ』
ダンジョンモグラは2本の足で立ち上がると、手招きしてついて来いと言うように走り出した。
ほのかに明るい通路を走る。途中でデミゴブリンという魔物と遭遇する。デミゴブリンはゴブリンの下位種であり、身長100センチのニ足歩行猿だ。体は小さいが魔物なので膂力が強い。人間の子供程度なら、鋭い牙と腕力で容易に引き裂いてしまう。それをミラ達は、すり抜けざまにぶっ叩いて撲殺する。
「うぇ〜、手に血糊が付きました」
「拳速が足らないんだべ未熟者」
ヌッコの拳は脳症と血で汚れ、ミラの手は綺麗なまま。2人の実力差は大きい。
「あの角を曲がった先にいるっペ」
先行して走るダンジョンモグラはテレパシーでミラに伝える。残り50メートル。その時、通路の先から悲鳴がこだました。
「助けて! 誰か助けてくれ〜!」
「う! う! う!」
リュカとカナリヤの声だ。切羽詰った声色は窮地にある事を示している。
ヌッコはミラとアイコンタクトで意思疎通すると前に出る。床を蹴り、壁を走って角を曲がり、2匹のデミゴブリンに襲われるリュカとカナリヤを視認する。
「伏せなさい!」
「えっ?」
「うっ!」
リュカは廃材で作った自作の木の盾でデミゴブリンの攻撃を防いでいた。カナリヤは後ろで木の棒を振り回して、別のデミゴブリンを牽制している。
突然背後から聞こえた女性の怒声。2人は指示に従ったというよりも、驚いて壁際に身を躱した。
「ギャラクティカマグナムゼファーキッーク!」
ヌッコの恥ずかしい掛け声と飛び蹴りが突き抜ける。
『グキャァー!!』
2匹のデミゴブリンの頭は爆散した。
「大丈夫、青い髪の子?」
スタっと着地、振り返ってカナリヤの安否を確かめる。
「うっ!」
「あっ! あの時のデカい女!」
リュカとカナリヤに怪我はない。ヌッコは胸を撫で下ろすと、無礼なリュカにアイアンクローを食らわした。
「誰がデカ女だ、ごらぁっ!」
「いだだだだ! ごめんない! 許して下さい! 名前を知らないんだよ〜!」
「うっ〜! うっ〜!」
化け物の如きヌッコの手。リュカが殺されると思ったのだろう、カナリヤは必死で止めに入った。
「仕方ないですね。許してあげましょう」
デカい手を離すと、リュカの顔面にはヌッコの手形が付いている。
「私はヌッコと申します。以後、決して忘れないように」
「はいっはいっ!」
「あうっあうっ!」
全力で首を縦に振る2人。
「それと、あちらの方は私がお仕えするミラお嬢様です」
リュカとカナリヤの背後には、いつの間にかミラが立っていた。
「あの時の巨乳お嬢様だ!」
「おっ〜!」
「ふふふ。ごきげんよう、命知らずなお馬鹿さん達」
アスカーダンジョンで4人は偶然の再会を果たしのである。




