24話 そうだ! ダンジョンへ行こう!
冬が近づくにつれてミラは忙しい。
本日は執務室でカリムのお誕生日会をマッシュと打ち合わせる。
「招待客は気の置けない友人だけ。ならばフルコースではなく、お客様の目の前で食材を焼くのはどうかしら?」
ミラは相手によって言葉遣いを変える。マッシュには令嬢言葉だ。こうして標準語に慣れておかないと、大事な場面でポカをやらかしかねない。
「なるほど。庶民の屋台のようにですな」
普通、貴族のパーティーはフルコース料理かバイキング形式の立食である。今回は市場デートで得た経験を元に、立食式にバーベキューを加えようという考えだ。
「そう。ハポネス国のショーユも使って、お肉や海鮮やお野菜を焼くのです。お客様の要望をその場で聞いて、好きな物を組み合わせて頂く。面白いと思わない?」
洗練された上級貴族には無い発想だが、マッシュも反対はしない。カリムが公爵位を継いでから誕生日会を12年間しなかったのだ。久し振りの試みなら、格式よりも主役が楽しめる趣向が良い。
「ではその様に手配致します。料理長のブンダとも相談して、通常のお料理も用意させましょう」
「そうして下さい。お客様の中には庶民的な食べ方に忌避感を持つ方もいるかもしれませんから」
カリムのお誕生日会に向けて計画はまとまって行く。そんな中で、ミラには一つの悩みがあった。
(旦那様へのプレゼント。お金で手に入る物ではなくて、心の籠もったオンリーワンを贈りたいべな)
公爵家にはお金が唸るほどある。
領地面積は王家に次いで2番目、そこからの税収も王家に次いで2番目。
オランス鉄道の株式保有率50パーセント。業績うなぎ登りの鉄道事業である、株主配当金はエグい。
その他にも幾つかの事業を持ち、カリムは大蔵省副大臣の給料まであるのだ。
お金で解決出来るならプレゼントの価値は低い。
「ねぇ、マッシュ」
「はい。ミラ奥様」
分からない事は執事マッシュに聞く。手っ取り早く確実な方法だ。
「王都にダンジョンはあるかしら?」
ミラは頬に手を当てて可愛らしく尋ねる。仕草とは真逆の、淑女らしからぬダンジョンについて。
「ダンジョン。で、ございますか? それなら東区にあるアスカー山の山頂に中級ダンジョンがございます。アスカーダンジョンです」
ダンジョンとは神々の創りし不思議空間。そこには恐ろしい魔物と財宝が云々。
「アスカーダンジョンは全30階層。ダンジョンボスはミノタウロスジェネラル。ミスリル級冒険者がパーティーを組んで挑む難易度でございます」
ミラは「なるほど」と頷く。中級ダンジョンなら日帰りで攻略可能、楽勝だと。
「ダンジョンボスドロップはなんです?」
「ドロップでございますか? 確か、最高級霜降り牛肉500キロだったかと」
「パーティーの食材や贈答用には良いですね。ですが旦那様へのプレゼントにはなりません」
「公爵様へのプレゼント? で、ございますか」
ダンジョンなら良いアイテムが手に入るかと考えたが、中級ではその程度。ミラは溜息をついて落胆した。
「ミラ奥様は公爵様への誕生日プレゼントをお悩みで?」
ミラの様子が気になったのだろう。マッシュは相談に乗ると言い出した。
「そうです。旦那様のお好きな物、欲しい物はなにかしら?」
「でしたら魔道具の自動書記ペンがよろしいかと存じます。書き物の多いお仕事ですので、手を使わず口述筆記してくれる自動書記ペンは喜ばれますよ」
自動書記ペンは魔道具屋で購入可能だ。品質と性能はピンキリだが、最高級品でも先日ミラが買ってもらったピンクパールのネックレスと金額的に大差ない。そんな物、必要ならカリムが自分で買うだろう。
「自動書記ペンは消耗品でございます。最高級品でも毎日3年も使えば寿命です。必要な物ですので、ミラ奥様から贈られれば必ずお喜びになります」
妻から贈るのが大切だと力説する。既製品ではなく、デザインをミラがプロデュースした特注品にすれば問題ないと。
「確かにそうかもしれません。ですが、もう一声欲しい。私は持参金も嫁入り道具も無しで嫁いで来ました。必要な全てを公爵家に用意して頂いて、貰ってばかりのお返しをしたいのです」
「ご立派なお考えでございます」
ミラの考え方が一般的な貴族令嬢と違う事に改めて感心するマッシュ。その時、ミラは「はっ!」と閃いた。
「魔道具なら、核は魔石ですよね」
ミラは魔道具の構造には明るくない。それでも魔石を核に動くのは常識である。
「さようでございますな」
「よりランクの高い魔石を使えば自動書記ペンの性能も寿命も上がる。そうですね」
「理屈の上では」
「ミノタウロスジェネラルはAランクの魔物でしたね。Aランクの魔石なら、魔道具の性能はかなりの物になりますよね?」
「そうでございますな。理屈の上では」
ミラは天啓を得た。元気よく椅子から立ち上がるとヌッコを呼ぶ。
「冒険者ギルドに行ってきます!」
ペーターランドでは冒険者ギルドに行く=冒険に行く。
つまりそういう事だ。
◇◇◇◇◇
冒険者ギルドまで御者頭のトムに送ってもらい、例によって食事休憩を経費で命じる。今回はマタニティナイツにも休憩を命じる。彼らは渋ったが、冒険者ギルドの中に貴族の護衛が入っては駄目と押し切った。
「それでは皆様ごきげんよう。おほほ」
ヌッコをだけを伴って冒険者ギルドへ入るミラ。
「奥様、反対はしませんが、いい加減にして下さい」
小声でヌッコが苦言を呈する。
ミラが聖女だと知るヌッコは、中級ダンジョン如き問題にならないと分かっている。それでもウキウキでダンジョンを密攻略しようとするミラに、公爵夫人としての自覚を持って欲しいと懇願する。
「旦那様の誕生日プレゼントのためやん。今回は特別やん。ヌッコだって、旦那様の喜ぶ顔が見たいべ?」
「それはまあ、そうですけど」
カリムLOVEのヌッコにその言い方は卑怯である。
ヌッコの理解を得ると受付カウンターへ。そこにいるのは前回と同じ、若い受付嬢。
「こんにちわ。また来ました」
「いらっしゃいま……。ひいっ! お嬢様!」
ミラが世界に数人しかいないオリハルコン級冒険者であり、公爵夫人でもあると知る、数少ない人物の一人。受付嬢の顔は恐怖で青ざめた。
「ほ、ほ、ほ、は、ほ、本日は、お日柄もよくっ!」
「落ち着いて、大丈夫だから落ち着いて。ほら、ひっひっふー」
「ひっひっふー! ひっひっふー! ひっひっふー!」
ラマーズ法で精神を鎮める。脈拍が安定した所で用件を切り出した。
「アスカーダンジョンに潜るので申請に来ました」
ダンジョンは基本的に冒険者ギルドが管理しているが、ダンジョンに挑戦するのは自己責任であり、申請さえすれば冒険者でなくとも誰でも入れる。ダンジョン内での生死に冒険者ギルドも行政機関も関与せず、全ての結果は個人に帰結する。
では何故申請が必要なのか。それは犯罪防止のためだ。いつ誰がダンジョンに入ったか。いつ帰還したか、或いは帰還していないか。それを冒険者ギルドが把握していないと、誘拐や殺人にダンジョンが利用されてしまう。
例えば。悪漢が少女を誘拐する。ダンジョンへ連れて行き、魔物が出ないセーフティゾーンで強姦して殺す。ダンジョン内の死体は数時間経つと分解されて跡形もなく消えるので、完全犯罪の成立である。
「だからダンジョンへ入るには申請がいるっちゃね。ダンジョンの入り口にも見張りがいて、申請書に偽りがないか調べる。分かったべな、ヌッコ」
ダンジョンのルールを知らないヌッコに説明するミラ。
その間に受付嬢はギルドの正式な用紙にペンを走らせる。
「ダンジョンへ入られるのはミラお嬢様と、そちらのデカ女さんの2名で間違いないですね?」
受付嬢は必要事項を記入した申請書に誤りがないか確認した。
「誰がデカ女だ。あぁん!」
「ひぃぃ〜!」
そしてヌッコに怒られる。
「申し訳ございません! お名前を知らないもので!」
受付嬢はカウンターに額を擦り付けて謝罪。周囲の冒険者達は何事かと遠巻きに眺める。これではイジメだ。
「おほん。私はヌッコと申します。ミラお嬢様の護衛です」
「ひぃ〜。ヌッコ様ですね。すぐに修正いたします〜」
直された申請書を渡し、受付嬢は「ほっ」と安堵した。
のも束の間、ミラはまだ帰らない。
「それともう一つ」
「まだ何か?」
「空間収納のカバンを貸して下さいな。ありますよね?」
ミラの求める空間収納のカバンとは、空間を歪めて小さなカバンに大量の物資を収納出来る魔道具である。上級ダンジョンからのみ発見され、非常に貴重な魔道具であり、王家や上級貴族や大商会や冒険者ギルドなどの巨大権力組織だけが所有している。
冒険者ギルドではこの空間収納のカバン(以降、魔法のカバン)をアダマンタイト級以上の冒険者に補償金を預かる事で貸し出しているのだ。
「もちろんございます! ただいまお待ちしますです!」
受付嬢はギルドマスターに急いで報告。許可を得ると奥の金庫へ急いで走り、魔法のカバンを取ると大急ぎでミラの下へ走る。
「はぁ、はぁ、はぁ。お待たせ、ぜぇ、ぜぇ、いたしました〜。容量は1トンございます〜。不要なダンジョン品がありましたら是非に冒険者ギルドでの売却をお願い致します〜。ゴホッ、ゴホッ」
「ありがとう。息が乱れたらひっひっふーよ?」
汗だくヨレヨレの受付嬢から、革製の魔法のカバンを受け取り、ミラとヌッコは冒険者ギルドを後にする。そこからは身体強化50倍で建物の屋根を飛び、数分後にはアスカー山の山頂である。
◇◇◇◇◇
冒険者ギルドの壁にもたれ、ミラ達のやり取りに聞き耳を立てる不気味な男がいた。青白い顔と好感度ゼロの姿。アダマンタイト級冒険者ジュダス。
ジュダスはミラ達が立ち去るのを待って動き出した。口の両端を吊り上げて目を細める。笑っているのか、ただの変顔なのか。不気味過ぎて誰も近寄ろうとはしない。
「お嬢様達はアスカーダンジョンへピクニックか。いいな、いいね、楽しそうだ。俺も混ぜてもらおうか」
ジュダスは冒険者ギルドを出ると身体強化魔法をかけた。倍率は30倍。日常的に魔物と戦い、鋼の如く鍛えた男の身体能力が30倍になる。それは上位の魔物と戦うのに十分な戦力である。もしも人に対してその力を振るえば、惨劇を起こすだろう。
「きっとあのお嬢様は、俺を愉快な気分にしてくれる。退屈でイケない俺をイカせてくれるはずだ」
ジュダスは跳んだ。ミラ達と同様、建物の屋根を走って、アスカー山のダンジョンへ向かって。
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