23話 初体験がいっぱい
下級貴族の新婚夫婦に偽装したミラとカリム。
2人は食欲を刺激する匂いに誘われて、市場へ足を踏み入れた。
「人が多すぎる。歩くのも一苦労だ」
普段、歩みを邪魔された経験のないカリムは人混みに戸惑う。
「人波の隙間を見極めるだべ旦那様。ほら、オラについて来て」
逆にミラは慣れたものだ。カリムの手を引いて人の群れを上手にかき分けて進む。
「早いぞ、他の者がついて来れない」
「タンカスが警戒してるから大丈夫。それより旦那様、アレが食べたい。ホタテの串焼き」
ミラが見つけたその屋台は、大きめのホタテを串に3個刺して、遥か東方の調味料ショーユを掛けて炭で焼いていた。ショーユは海鮮やトウモロコシとの相性が良く、焼けると香ばしい匂いを放つので庶民には人気がある。
「ショーユか、話では聞いていたが初めてだ。匂いは美味しそうであるが……」
貴族の若い夫婦が店の前で、串焼きを食べるか食べないかの相談をすれば、店主のおっさんは邪険にするわけにもいかない。
「うちのホタテ串焼きは美味いですよ。ホタテは新鮮だし、ショーユはハポネス国のノーダ市産だから間違いない」
おっさん店主は刷毛でホタテにショーユを塗って裏返す。ジュワワ〜と音がして、落ちたショーユが水蒸気となって立ち昇る。
ゴクリ。カリムの喉が鳴った。
「おじさん、連れの分も合わせて7本ちょうだい。旦那様、良いべさ」
ミラとカリムとヌッコとマタニティナイツの4人で7本。トムは馬車の番をして、タンカスは警戒中なのでいない。
「毎度あり! お貴族様の舌も唸らせてみせますよ!」
ホタテの串焼きが焼き上がる。ヌッコが代金を支払い、一人一本配られる。ミラが密かに毒検知魔法を掛けて、後は食べるだけ。
「これはどの様に食べればいいのだ」
カリムは人生初の串焼きの食べ方が分からない。
「パクっと齧り付くだべ。ほら、こうやって。熱っ、美味しっ、熱い。はむ、はむ」
ミラは実践して見せる。カリムは納得して、同じ様に食べようと挑戦した。
「熱っ! 熱いぞこれ!」
結構猫舌であった。
「ふ〜ふ〜、しますでね。ちょっと待ってくれんね」
ミラは串を持ったカリムの手を上から握って固定する。それから口を近付けて「ふ〜、ふ〜」
「はい、冷めました。召し上がれ旦那様」
「う、あう、おふ。濃い味だが美味い。庶民はこんなに美味しい物を毎日食べているのか」
ふ〜ふ〜も産まれて初めての経験。仲睦まじく初体験を繰り返す初々しさに、店主のチャチャが入ってからかわれるのだ。
「いや〜、若いって良いな〜。お似合いの夫婦ですぜ」
隣の屋台から「うちの肉串も食べて下さい」と声が掛けられる。
後ろの屋台からも「海鮮焼きそばって知ってますか?お貴族様」と勧められる。
あちらこちらから、これも買ってこれも食べてとせがまれる。言われるまま次の屋台、次の屋台。
「庶民の味はどれも大味だが悪くない。たまには良いものだな」
「だんべ。肉体労働をすると濃い味が欲しくなるんだべ」
屋台巡りで2人は満腹になる。市場の端まで歩くと、そこは港である。
「旦那様、大きい船がいっぱい。それにあの船、帆がない。船体の両側にでっかい水車がついてるだ!」
帆の代わりに煙突。蒸気機関車同様、実用化されて間もない蒸気船である。
「あれは蒸気船だ。風や潮の流れに左右されずに海を進めるから航海が安定している。代わりに魔石を食うがな」
魔物から取れる魔石を燃やして蒸気力を得る蒸気機関に、ミラの驚きと興味が止まらない。
「凄い! カッコいい! 乗ってみたい!」
ピョンと跳ねれば巨乳も揺れる。たゆんたゆん。
「そうだな。蒸気船に乗って旅をするのも悪くない。いつか、出来ると良いな」
カリムは自然と笑顔になっていた。
結婚する前には想像する余裕もなかった体験。
初夜の夜に「形だけの結婚」と宣言した事も忘れて、2人は初めてのデートを夕暮れまで楽しんだ。




