20話 密偵タンカス
「こんにちは。私、マンディブラリス公爵家の使いでタンカスと申します」
その日、北区教会孤児院に一人の男が現れた。
背が低くく、表情は常に笑顔。言葉使いは丁寧で、物腰は柔らかく、弱そうで無害に見え、年齢は若くも中年にも見えた。不思議な男だ。
対応した若いシスターは公爵家と聞いて驚いた。目の前の小さな男が公爵家の家人には見えなかったし、貧しい教会に公爵家から使いが来るなど想像の埒外であったからだ。
「ムシモン神父様にお取次ぎをお願い出来ますか? シスター」
若いシスターは怪しみながらも、自分では対応不可能と考えてムシモン神父へ報告する。
「マンディブラリス公爵家だと? そんな馬鹿な話があるか」
シスターの話をムシモン神父も信じなかった。公爵とは王家に次ぐ大貴族。教会本部になら用もあろうが、ここは王都に多数ある小さな教会の一つに過ぎない。
王都北区は呻きの渓谷に近い事から富裕層に忌避され、低所得者層の集まる貧民区である。教会と孤児院の運営は、地域信者のお布施と国からの補助金、それに良識ある富豪や貴族からの寄付で賄われている。これまでその中に公爵家はいなかった。公爵家は本部に多額の寄付を行い、小さな教会を個別に援助した事がないからだ。そんな公爵家が何用かと訝しむ。
「とにかく会ってみよう。応接室へ案内してくれ」
「分かりました」
こうして、謎の小男タンカスは古びた応接室でムシモン神父と対面した。
「お忙しい中、失礼いたしやす。私、公爵夫人ミラ様のお言い付けで参りました。タンカスと申します」
帽子をとってニヘラと笑い、頭を下げるタンカス。
着ている服は平民の物より上等。体は清潔で髭も綺麗に剃っている。外見だけならなるほど、貴族家の家人と言われても疑わない。
「公爵夫人と言われたか。公爵様ではなく、夫人が当教会に用があると?」
ムシモン神父は考えを巡らす。
確かマンディブラリス公爵は22歳。今まで結婚どころか婚約者すらいなかった謎の多い人物だ。それが結婚したという話は聞いていない。もし本当に結婚していたのなら、それなりに噂となり、多少なりとも自分の耳に入っても来るはず。前公爵夫人の間違いではなかろうかと思う。
「失礼だが、公爵家の家人という証拠はお持ちか?」
ムシモン神父は何らかの詐欺を疑った。もちろん、貧しい教会なので、詐欺にしても狙いは教会そのものではないだろう。北区教会を利用して本部を狙うか、それとも孤児達を誘拐して子供奴隷として売り捌くか。悪い想像をすればキリがない。
「はい。はいですとも。公爵様より、家人である証しとして、紋章入りの印籠を授かってございます」
タンカスは懐から印籠を取り出して見せた。ムシモン神父は許可を得て印籠を手に取り入念に調べる。
「申し訳ないが、私には真贋が分かりかねる。公爵様に対して失礼なのは重々承知の上で、教会本部に確認を取るのを許して頂きたい」
ムシモン神父は印籠を返すと慎重な態度を示した。
「ええ、ええ。もちろん良うございます。奥様は大変御心の広いお方。ご存分にお調べ下さい」
「痛み入る」
タンカスは「また後日」と言い残して去った。ムシモン神父は後ろ姿を見送ってから若いシスターを呼ぶ。
「すまんがすぐに中央区の教会本部へ行ってくれ。本部から公爵家へ問い合わせてもらうのだ。タンカスという家人がいるか。公爵夫人がこの教会に用があるのか。それを確かめて欲しいとな」
「分かりました神父様」
シスターが出かけた後、ムシモン神父は自室で考える。
(前公爵夫人ではなく、結婚が事実だと仮定して、公爵夫人がこの教会に家人を送ったのは何故だろう。もしかしたら、この教会だけではなく、孤児院を抱える王都の他の教会にも使者を送っているのかもしれない。結婚祝いとして、孤児院へ寄付をしているのではないか? もうすぐ貴族達は冬の社交界を迎える。ここで慈悲深さをアピールして、社交界で名声を得ようという魂胆かもしれん)
ムシモン神父はもっともあり得る物語を作り上げて自分を納得させた。上級貴族の間では、浄財と称して慈善活動を行う風習がある。貧しい者に施せば、器の大きさを誇示し、私腹を肥やしているのを隠せるからだ。貴族にとっては少額。それで民衆からの敵愾心を逸らせるなら安いものだ。孤児院などは恰好の手段だろう。
(そういえば、リュカ達が世話になった金持ちのお嬢様と背の高い女冒険者。一向に連絡を寄越さないが、アレはどうなったのだ?)
金髪碧眼男装の美少女リュカと、青い髪の美少年カナリヤを救った謎のお嬢様と護衛の女冒険者。その2人と今回の公爵夫人が同一人物など、ムシモン神父に分かるはずもなかった。
◇◇◇◇◇
「お言い付け通り、北区教会孤児院とムシモン神父を調べて参りました。奥様」
公爵屋敷に戻ったタンカスは、ミラと執事マッシュに報告した。
「ご苦労でしたタンカス。それで?」
ミラの為に用意された女主人の執務室。机の椅子に座り、タンカスに続きを促す。
「教会と墓地と孤児院の土地は教会の物でした。運営資金は国の補助金と有志の寄付で賄われ、その中にゲスナー伯爵の派閥の者はおりません。
土地は低地にありまして、日当たりが悪く、墓地の隣には手入れのされていない林と池がございます。林の所有者は別の貴族ですが、所有しているだけで活用はしておりません。低地と池のせいで、大雨が降ると教会と孤児院は床下浸水するそうで、ジメジメとした暗い場所です。はい」
報告に間違いがなければ、北区教会孤児院はミラが求めるマンドラゴラ人工栽培場に最適だ。話を聞いて満足気に頷く。
「土地の事は分かりましたわ。孤児院の内情と、ムシモン神父様の人柄はどうかしら?」
場所は良い。もう一つの問題は、そこに秘密の栽培場を作るとして、ムシモン神父はビジネスパートナーになり得るか。孤児達を労働力として活用出来るのか。
「お答え致します奥様。現在孤児の人数は32人。2歳から13歳の子供達でございます。その内10歳以上は18人。ムシモン神父の日頃の教育が良いのでしょう、厳しくしつければ仕事を仕込めるかと思われますです」
「なるほど。信用のおける子供を選別しても、立ち上げメンバーに必要な人数は確保出来そうですわね」
子供を労働力として使う。それに対してミラは抵抗感がない。ペーターランドでは幼い子供でも親兄弟を見様見真似で手伝い、山羊の世話をしてチーズを作る。それが普通として育ったので、児童労働が虐待という概念がそもそもない。働き、良く食べ、家族で笑い合って生きる。それだけだ。
「ムシモン神父ですが、真面目、慎重、頑固。良い意味で子供を愛し、不正とは無縁の善人です。それが逆に災いして、全ての孤児を救済しようとしますので、孤児院の運営は常に火の車でございます」
「子供を守りたい。お金はない。好都合ですわ」
「以上でごぜえやす」
報告を聞き終え、ミラは満足した。北区教会孤児院は運命と言うべき理想的な場所であった。
「ご苦労様タンカス、よく調べてくれました」
「勿体ないお言葉、ありがとうごぜえやす」
「マッシュ、よろしくて」
「はい奥様」
ミラの指示により、マッシュは銀貨を3枚用意する。これで3000オーラ。平民男性の日当のほぼ3倍。
「褒美です。また頼みますよ」
「へへ〜。おありがとうごぜえやす」
タンカスは公爵家家人として月収が支払われているので、これは別途手当になる。酒代には十分だろう。
マッシュが銀貨を手渡し、仰々しく受け取る。これでタンカスの仕事はひとまず終わり。
公爵家の密偵タンカス。荒事はからっきしだが、毒にも薬にもならない外見と雰囲気、持ち前の図々しさで何処へでも入り込んで情報を収集する、一流の密偵。
(へへへ。ミラ奥様は若いが良く分かっていらっしゃる。今夜はこれで、良い酒を飲ませてもらおうか)
実はカリム公爵の花嫁探しでミラを見出したのはタンカスである。数多いた花嫁候補の中からミラが公爵の目に留まるよう工作したのもタンカス。ミラのスリーサイズを調べ上げてカヌレ夫人に報告したのもタンカスだ。
謎多き密偵タンカス。彼の知る秘密は多い。




