19話 腐女子会
「……もう、ないのね」
「……あぁ、紫芋ロールケーキ」
ミラがお土産に持参した紫芋ロールケーキは、ヴィオラとクラーラのお腹に消えた。それは戦いの終結も意味していた。
「お腹いっぱいですわ。クラーラ、乳デカ様、そろそろ私のお部屋へ行きません事?」
食欲は満たされた。東屋で秋の陽を浴びるのはここまででいいだろう。
「そうですわねヴィオラ様。ミラ様に王都の文化を教えて差し上げましょう」
「泥棒山猫に教養の何たるかをご教授しますわ」
「おぉん?」
ヴィオラは2人を自室へと誘った。そこには文化と教養と愛の最先端があると言う。言葉の意味は不明だが、ミラは黙って従う事にした。
「どうぞ。お掛けになって。それからいつも通り、選ばれたメイド以外は席を外してちょうだい」
ヴィオラの指示で多数いたメイド達が退出する。残ったのはヴィオラとクラーラの専属メイドが一人ずつとヌッコのみだ。
「準備完了ですわ。うふふ」
ヴィオラが怪しい。
彼女の部屋はとても広い。そして絢爛華美である。両親から愛されて大事にされているのが良く分かる部屋だ。大きくフカフカのソファーに座るよう促される。クラーラも車椅子を降りてソファーに座る。ミラ、クラーラ、ヴィオラの並びで美少女3人が肩を寄せ合う。
「さぁて、乳デカ様。あなた、文字は読めまして?」
ヴィオラは意地悪な笑顔で無礼な質問をした。
「は? 読めましてよ。馬鹿にすんなですわ」
貴族令嬢たる者、文字が読めて当たり前。それどころかミラは速読術の使い手だ。馬鹿にされれば腹も立つ。
「それは良かったですわ。では、お好きな本はありまして?」
今度の質問にはクラーラもニマニマと笑う。馬鹿にすると言うより、何かを探っているようだ。
「もちろんございますわ。愛読書は流れ任侠サムウェイでございます。主人公サムウェイが各地を旅する旅行記的な側面を持ち上がら、本質は弱気を助け悪を斬る勧善懲悪もの。人情と人の世の正義を学べる名作シリーズだと確信しております」
流れ任侠サムウェイはオランス王国のみならず、ペーターランド、プロシュット帝国など多数の国で出版された大人気大衆娯楽である。原作はモートン・キリヴェリア。彼は元々、世界中を旅する旅行作家であった。各地を旅して土地々々に根付いた文化風習グルメを調べ、同時に人として変わらぬ悪しき本質も嫌と言うほど知る。
「モートンは、半生を掛けて知り得た知識を活かし、せめて物語の中だけでも正義が勝つ。そんな世界を創造しました。モートン死後も、サムウェイという主人公は多数の小説家や脚本家に引き継がれ、エピソード数は1000を超え、何度も舞台化される名作なのです」
ミラは饒舌に熱く語った。それほど流れ任侠サムウェイが好きなのだ。しかし。
「ぷっ〜! あははは! 見た目通り、田舎臭いご趣味ですこと」
「なんやて!」
ヴィオラは速攻で馬鹿にする。これはさすがに許せない。
「サムウェイを侮辱するのは許しませんことよ!」
ミラは立ち上がって猛抗議。
「あらあら、ごめんあそばせ。でも、流れ任侠サムウェイは庶民がガス抜きに読むものでしょう? 使われる言葉も言い回しも、あえて理解しやすく低俗にしてありますし、教養ある貴族の読物とは思えません。そもそも、浮浪民のヤクザ者が貴族を私刑にするなんてあり得ませんわ。それこそファンタジーです」
「なんやて!」
人間は好きな物を貶されれば腹が立つ。相手が悪役令嬢なら尚更だ。
「表に出ろあそばせ縦ロール様、決着をつけよう」
ミラは禁断の身体強化魔法100倍を発動した。
「待って。落ち着いて下さいませミラ様。ヴィオラ様もお止めになって。いつもの『嫌われ者ヴィオラ』が出ていますわよ」
ミラとヴィオラに挟まれたクラーラが仲裁に入る。上半身だけを必死に動かして、右へ左へ忙しそうだ。
「くっ! クラーラ様がそう言うなら」
「……クラーラ、ごめんあそばせ」
クラーラの悲痛な願いを聞き届け、ミラは怒りを抑えてソファーに座る。ヴィオラもまた、バツが悪そうに座った。
「では仕切り直しましょう。ミラ様、よろしくて?」
クラーラが微笑む。毒のない、純粋な好意である。きっと本来の目的はミラを貶めるのではなく、もっと友好的なものだと思われる。
「分かりました。それで、王都の最先端の文化とは?」
ミラは許しを与え、場の雰囲気は収まる。するとヴィオラは復活し、得意気になってメイドに命じる。
「例のものをお出しなさい。乳デカ様に、本物の純文学を教えて差し上げますわ」
ヴィオラが手を叩くと、メイドが部屋の金庫を開けて数冊の本を取り出した。宝物を扱う様に、慎重にテーブルに置かれる薄い本。タイトルを読むと『黒薔薇王子』とある。
「これは?」
ミラは首をかしげた。
「ふふふ」
「おほほ」
ヴィオラが一冊手に取る。クラーラも一冊手に取る。それからの本を開き、小説の挿絵を掲げて見せた。
「はっ、ハレンチだっぺ!」
ミラは眼球が飛び出しそうなほど驚いた。
「この挿絵は王都で一番人気のBL画家、カタロース画伯の物ですわ」
ヴィオラの笑顔はいやらしい。そして自慢気だ。
「小説は王都で一番人気のBL作家、シャトーブリリアン先生の長編連載作品ですの」
清楚系のはずのクラーラのイメージが壊れる。
「あわわわ〜、やらし過ぎ、こんなの、許されんべ」
その挿絵は、若く美しい男×男が半裸で絡み合っていた。挿絵の横の文書を速読すると、ヴィオラの持つ方は黒薔薇王子と宰相子息の絡み、クラーラの方は黒薔薇王子と騎士団長子息の絡みらしい。
「ふ、二股! 浮気だべし! 不潔だべし!」
BLに理解のあるミラでも過激に過ぎた。それは恋愛の域を越えてエロ本そのものである。処女が見てよい物ではない。
「これこそが至高の文学ですわ。お気に召さないかしら」
ヴィオラは挑発的だ。真の愛を解さないミラを田舎者の処女だと煽る。クラーラは馬鹿にはしないが、ミラの次の反応を注意深く観察していた。
「こっ、これくらい平気だべ。オラだって、BLはイケる口だし、ペーターランドではパン屋の息子と牛乳配達の少年がリアルBLしてたの見てるんでね、舐めてもらっては困るっちゃ」
ミラは標準語を忘れて話した。不思議な事にヴィオラもクラーラも、ミラの田舎臭い訛りは気に留めなかった。2人の瞳の奥底にあったのは、仲間を見つけた喜びだけである。
「パン屋の息子と牛乳配達の少年。それは気になるわね」
「平民のBLもありですね、ヴィオラ様」
「その話は後でじっくりと。それで? 乳デカ様は『黒薔薇王子』を読んでみたい?」
BL本をヒラヒラさせるヴィオラ。ミラはゴクリと喉を鳴らし、無意識の内に手を伸ばしていた。
「ふっ! ふぉぉぉぉぉぉーーー!!!」
速読。黒薔薇王子は今の所10巻まで刊行されている。一冊辺り、約10万文字。それを物凄い速度で読み込み、読み直し、挿絵の部分は目を皿にして見返す。
30分後。
「はぁ、はぉ、はぁ、はぁ、はぁ〜」
ミラは都会の最先端BLを知った。
「おほほ〜! どうやら自分が田舎者なのを理解した様ですわね!」
ヴィオラは勝ち誇り、高笑った。
「ヴィオラ様が分をわきまえないメス猫に制裁を加えると言い出した時は、どうなるかと心配致しましたけど、ミラ様がこちら側の人間で良かったですわ」
クラーラは礼儀正常識人かと思ったら、筋金入りの腐女子であった。
「負けたッペ。今までオラが世界だと信じていたモノは、神々に守られた小さな箱庭じゃった」
肩を落とすミラ。禁断の知恵の実を食べた今、後戻りは叶わない。
「さあ、乳デカ様。パン屋の息子と牛乳配達の少年の、太いバケットと純白の牛乳のお話を聞かせて頂きますわよ!」
「門限まで時間はまだあります。お茶とお菓子を頂きながら真の愛を探求致しましょう。良いですねヴィオラ様、ミラ様!」
「こうなったら出し惜しみは無しだっぺ! 行くとこまで行くっちゃね!」
ミラは地元で見聞きした怪しい男×男を語って聞かせた。都会とは違う、たくましい山男達のアレやコレやに美少女3人は大いに盛り上がる。
そして、悪魔崇拝儀式の如くいかがわしい女子会を、無言で眺めるヌッコ。彼女は思った。
(なんかヴィオラ様と仲良くなってるんですけど、意味が分からないわ)
どうやら、悪役令嬢とは戦わなくていいらしい。




