18話 紫芋ロールケーキ
その時が来た。
悪の悪役令嬢からの挑戦状を受け取ってから2日目。ミラはこれから敵地へ総攻撃をかける。
「行きますよ、ヌッコ」
「聖戦士として、必ずお守り致します」
今日のお茶会はカリムには内緒だ。仕事の忙しい夫にいらぬ心配をかけたくないし、そもそも女のお茶会、つまり女子会に夫が口を挟むなどあってはならない。これは女が女として解決せねばならない問題である。
玄関前に馬車が用意される。公爵家で一番頑丈で、紋章がバッチリ入った最高級の馬車だ。御者はもちろん、御者頭トム。この日の為に年甲斐もなく体を鍛え直し、やり過ぎて腰が痛い。はっきり言って駄目だ。
「奥様〜、お土産です! 忘れずにお持ち下さい〜」
料理長ブンダは、ミラの考案でミラがプロデュースした決戦仕様のスイーツを徹夜の末に作り上げた。それを贈答用お菓子箱にぎゅうぎゅうに詰めて、忘れず持って行けとミラに手渡す。
「ありがとうブンダさん。これで勝利は確実です」
「勿体ないお言葉。痛み入ります」
小太り中年のブンダはエプロンで顔の脂を拭きながらミラの勝利を願う。
ヒヒィーン!
馬の嘶きが木霊する。義母、前公爵夫人カヌレから派遣された護衛の精鋭騎士4人が騎馬にて馬車に付き従う。彼ら彼女らは、ミラが無事に妊娠出産するまでミラの専属護衛となる。名称は『マタニティナイツ』
「奥様、ご武運を。無事なお帰りをお待ちしております」
「ありがとうマッシュ」
マッシュのエスコートで馬車に乗る。続けてヌッコも乗る。扉が閉まり、ミラは窓から公爵家の使用人達に手を振って別れを惜しむ。
「必ず。必ず、悪しき紫縦ロールに制裁を加えてみせます」
見送りに揃った100人の使用人達から「わぁー」と歓声が上がった。
「奥様! バンザイ!」
「ミラ様! 頑張って!」
「奥様戦果を!」
「悪役令嬢に天罰を下して下さいませ!」
「公爵家に子宝を!」
公爵家に嫁いで数週間。たったそれだけの時間で、ここまでミラを受け入れてくれる使用人に感謝の念を送りながら、ミラはキヨタミ侯爵屋敷へと進軍する。
◇◇◇◇◇
「到着致しました。お疲れ様でした奥様」
御者頭トムが告げる。
「おぉん? めっちゃ近いやん」
馬車に揺られて10分少々。キヨタミ侯爵家王都屋敷は、マンディブラリス公爵家王都屋敷の近くにあった。
なんだか拍子抜けするミラに御者頭トムが、御者席と車体を繋げる小窓を開いて説明する。
「上級貴族様のお屋敷は、王城を囲む形で作られておりますので、キヨタミ侯爵様のお屋敷もお隣のお隣なのでございますよ」
「ほぇ〜。解説ありがとうトムさん」
キヨタミ侯爵の屋敷は公爵家に負けず劣らず大きかった。門衛にミラの到着を告げると最敬礼で出迎えられる。門が開かれ、玄関前まで進むと、キヨタミ侯爵家の使用人達が出迎えてくれる。ヌッコもマタニティナイツ達も、少し肩透かしを喰らった。
「もっと雑な扱いをされると考えていました」
「そげな」
意外という顔をしたヌッコは、ミラの知らないヴィオラとカリムの過去を軽く説明してくれた。
「ヴィオラ様は小さな頃から公爵様が大好きで、お会いになると実の兄妹の様にベタベタベタベタと、それはもう一方的に仲がよろしくて。見ているこちらは不適切な関係が始まるのではとヤキモキしたのです」
その様子は、ヴィオラの母ピッコラ侯爵夫人からハニートラップを言い含められている以上の、ヴィオラ自身の好意の感情が読み取れたと言う。
「旦那様は顔だけはイケメンやしな。顔だけは」
ミラはスライムキングを捨てろと命じられたのを根に持っている。
馬車は停車。トムの補助で下車するミラに、キヨタミ家の老執事が頭を下げた。
「ようこそおいで下さいました。マンディブラリス公爵家のミラ様。ヴィオラお嬢様は本日のお茶会をそれはもう楽しみに、ウキウキソワソワしながら首を長くしてお待ち申しておりました。ヴィオラお嬢様は東屋でお待ちです。ご案内致します」
「ありがとうございます」
「御者と護衛の方々には別室を用意してございます。お寛ぎ下さい」
執事の申し出に、マタニティナイツは無言でミラに確認する。そばを離れて大丈夫かと。
「ヌッコが共をするので問題ありません。ご厚意に甘えて下さいまし」
ミラが笑顔で許可を出すと、トムとマタニティナイツはヌッコに後を託し、黙って従った。ここで無理に護衛が付き従えば、侯爵家に対して信用していないという、あからさまなメッセージになる。ゲスナー伯爵と違い、キヨタミ侯爵家とはそこまで犬猿な関係には至っていないので、ここは引くしかない。
「それではどうぞ」
感じの良さそうな老執事である。ミラは軽く頭を下げ、ヌッコはお土産のお菓子箱を渡して、2人は綺麗に整えられた秋の花咲き誇る庭を抜けて東屋へと歩く。
幸運にも本日は秋晴れ。東屋でお茶会を開くには絶好の日和。とにかく広い庭を抜け、東屋に到着すると、そこには紫髪の憎き悪役令嬢ヴィオラともう一人、清楚で穏やかな雰囲気の令嬢が席についていた。
(縦ロールの奴、オラが怖くて援軍呼びやがったな)
2対1になってしまった。数的有利は敵に有り。
「ヴィオラお嬢様、ミラ様がお越しになりました」
老執事の呼びかけに、すっと目を細めたヴィオラ。
優雅に立ち上がり、先制攻撃とばかりに美麗な所作で淑女の礼をとる。
「ノコノコとようこそ、ミラ・オーエンス様。心から歓迎致しますわ」
紫縦ロールは美人である。年齢はミラの少し下、つまり16〜7歳だ。上級貴族である侯爵家の令嬢であり、王都の暮らしも長いので、何もかもがスタイリッシュに洗練されている。ツリ目、アメジストの瞳、高い鼻、シュッとした顎。
可愛い系のミラとは真逆の存在。
「お招き頂きありがとう存じます。カリムの妻、ミラ・オーエンス・マンディブラリスでございます」
ミラはフルネームで挨拶を返す。
お気づきだろうか。手紙から始まって東屋まで、キヨタミ侯爵側はミラを公爵夫人とは表現していない。オーエンス伯爵家のミラ。或いはマンディブラリス公爵家に属するミラと呼んでいる。それに対し、ミラは自分がカリム公爵の正式な妻であると反撃したのだ。
「あら、図々しい。さすがは乳デカ様。偽装結婚の言葉の意味も理解出来ず、勘違いもド田舎レベルですのね。ほほほ」
「縦ロール様こそ、勘違いと妄想の世界に生きていらっしゃる様で、お幸せそうで何よりですわ。おほほ」
両者の間で火花が散る。このまま、なし崩し的に大戦勃発かと思われたその時、東屋で座るもう一人の令嬢が「コホン」と咳払いをした。自分を無視するなというサインである。
「ヴィオラ様、ミラ様がお越しになって嬉しいのは分かります。ですが興奮していつもの悪い癖が出ていますよ?」
薄い金髪の令嬢は、柔らかくヴィオラを諭す。少々垂れ目で、口元がやんわりと微笑んでいる姿はヴィオラとは正反対。
「ごめんあそばせ」
ヴィオラは赤面して、腰に手を当てて胸を張った。照れているのだ。
「ご紹介致します。私の親友、クラーラ・バンク伯爵令嬢です。乳デカ様はボッチで可哀想ですから、無理を言って参加して頂いたのです。感謝して下さる」
上から目線のヴィオラは脇において、ミラはクラーラという少女と視線を合わせた。
「ご紹介頂きました、クラーラ・バンクと申します。マンディブラリス公爵家のミラ夫人とお会い出来て光栄に存じます。どうぞ、仲良くして下さいませ」
クラーラはミラを公爵夫人と認めて挨拶する。どうやら常識人の様子。
「こちらこそはじめまして、クラーラ様。ミラ・オーエンス・マンディブラリスと申します。お会い出来て光栄ですわ。どうぞ、仲良くして下さいまし」
2人は挨拶を交わし合う。ミラは立って、クラーラは椅子に座ったままで。
「座ったままで失礼致しました」
ミラの視線を感じたのだろう。クラーラは慌てて無作法を謝罪する。そこに悪意はなく、けれどやはり、立ち上がろうとはしない。
「ごめんなさい。数年前の事故で歩けない体になりまして、お見苦しいでしょうが、お許し下さいませ」
ミラはやはりと思った。クラーラの座る椅子は、よく見れば特注の車椅子だと分かる。そうでなくても聖女であるミラは、クラーラの脊椎に重大な損傷があるのを見抜いていた。下半身不随である。
「見苦しいなど微塵も感じません。それよりも、クラーラ様は縦ロール様と違って、とても礼儀正しく常識を弁えた方ですね」
「なんですって!」
ミラが真実でクラーラを褒めれば、ヴィオラは失敬だとキレる。それをクラーラが宥めて着席を促す。ヴィオラはクラーラには逆らえない様だ。渋々ながらミラを席に座らせると自分も座る。
「ヴィオラ様はいつもこうだけど、心は綺麗でお優しい方なのです。許して下さいまし」
クラーラが代わって謝罪する。クラーラに罪はないので受け入れるミラ。3人の自己紹介が終わると秘密のお茶会のスタートだ。
「本日はお日柄も良く、乳デカ様に王都の最先端の流行を教えて差し上げるには絶好の日和ですわ」
「ありがとう存じます縦ロール様。浅学非才の身でございます。カリムの妻として恥ずかしくないよう、ご指導ご鞭撻をお願い致します」
「ゲスナー伯爵の目を欺く為の偽装結婚でございましょう。分かっておりますわ、ご無理をなさらないで」
「ほほほ。カリム様ったら、私の作るお料理が大の好物でして、どれもこれも美味しいと平らげて下さいますの」
「王都の洗練された料理ばかりだから、たまには田舎料理が新鮮ですのね」
「田舎料理は健康によろしいのよ。ご存じなくて?」
激しい口撃の応酬。そんな微笑ましい2人のやり取りを、クラーラは笑顔で黙って見守る。
しばらくすると、侯爵家のメイド達がお茶とお菓子を準備する。その中にはミラがお土産で持参した特別なスイーツも含まれていた。
「あら? これは?」
ヴィオラは初めて見るスイーツに興味を惹かれた。
「こちら本日のお茶会の為に、公爵家秘蔵の紫芋を使って特別に作らせました、紫芋ロールケーキでございましてよ。お口に合えば嬉しいのですが」
それはスポンジにも生クリームにも紫芋の餡を練り込んだ、総紫色のロールケーキであった。ヴィオラの紫髪縦ロールと紫芋ロールケーキをもじった皮肉である。
(ふふふ、紫縦ロールよ。共食いするといい)
ミラは心の中で邪悪にほくそ笑む。
「まあ! これが有名な公爵家の紫芋スイーツですのね!」
しかし、真っ先に喜んだのはクラーラである。
「秋だけの特別な食材。公爵家に招かれたお客様だけが口に出来る幻の紫芋。それを頂けるなんて、よろしいのかしら」
クラーラには紫髪縦ロールの皮肉は通じない。そして喜ぶクラーラにつられ、ヴィオラにも皮肉の意味が通じない。
「悔しいけれど、私も紫芋スイーツは初めてですわ。クラーラ、噂がどれほどのものか確かめてみましょう」
「ええ、そうですわね。ミラ様、頂いてもよろしくて?」
攻撃は失敗した。意図した戦果を上げられない今、深入りは危険だ。
「も、もちろんですわ。おほほ、どうぞご賞味下さいまし。ほほほ」
2人は興奮気味で、けれど上品に、カトラリーを使いこなして紫芋ロールケーキを一口。
「……美味しい」
「これは、卑怯ですわね」
料理長ブンダの力作は、見事貴族令嬢を唸らせた。
「南方の皇帝蜂蜜にも匹敵する濃く上品な甘さ。それから、ねっとりしっとりモイスチャーなスポンジと生クリーム。これは革命的ですわ」
ヴィオラは手が止まらない。
「さすがは公爵家。スイーツでもこのレベル。貴族の格が違い過ぎます」
クラーラは口の端に生クリームが付いている。
「乳デカ様、お代わりをよろしくて?」
「ミラ様、お代わりを許して下さいますか?」
悪役令嬢ヴィオラと親友クラーラの胃袋は掴んだ。だが残念な事に、これはミラの勝利ではない。料理長ブンダの勝利であった。




