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田舎っぺ聖女様の花嫁奮闘記 〜 形だけの結婚と言ったのに、いつの間にか溺愛して来るクズな公爵様を躾けます 〜  作者: 鳥庭右京


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17話 悪役令嬢からの挑戦状



 翌朝、ミラの目覚めは清々しい。


 日の出と共に起きるのは当然。

 公爵夫人なので勝手に部屋を出ないのも当然。

 ベッドから出ると、まずは日課のスクワット。


「せい! せいやぁ! ほぉ〜う! やい!」


 スクワットの回数が1000回を超える頃、見計らったようにドアがノックされ、ヌッコが入室する。


「おはようございます奥様。良い朝ですね」


「おはようヌッコ。今朝はとても綺麗だっぺな。昨夜に良いことあったべな?」


 今朝のヌッコは艶艶しい。体から生気が溢れて、翼が生えて飛んでしまいそうだ。


「ふふふ、秘密です」


「そげか。それは良かったべ」


 女同士、通じ合うものもある。2人は笑い合うと朝の支度を済ませて食堂へ向かう。


「おはようございますっぺ旦那様。良い朝だべな」


「おはよう」


 いつもと変わらない朝食。

 いつもと変わらない素っ気ない夫。

 いつもと変わらない小型スライム。


「その水色の、なんか小さくて丸いスライムはなんだ?」


 テーブルの上でパンを溶かして食べるスライム。カリムが気にするのは至って正常な反応だ。


「これ、スライムだっぺ」


「見れば分かる。私が聞いているのは『何故』『食卓に』『魔物のスライムが』『いるのか』だ」


 カリムはこめかみを指で押しながら目を細める。

 魔物とは、積極的に人間を襲う獣。小さくても魔物。小さくても危険。小さいから許される法は無い。


「なんか、冒険者ギルドからついて来ました。悪いスライムではないと自己申告済みなので、大丈夫でっす」


 ミラはナイフでベーコンを切るとスライムに与える。

 スライムは喜び、口はないけど体内に取り込んで、ベーコンを胃液で溶かして吸収する。体が半透明なので、その様子はとても良く観察出来た。


「スライムはそうやって食べるのか。初めて見た」


 カリムの視線は好奇心で釘付けになる。


「せやろ。可愛いやん。飼ってもいいべか?」


 ミラも、後ろに控えるヌッコもニコニコだ。


「いや、駄目だ。元いた場所に戻して来なさい」


 カリムはきっぱりと拒絶した。


「なんでなん? ぷにぷにやんか」


 ミラは受け入れられない。だって、情が湧いてしまったから。


「魔物だぞ。今は小さいが、すぐに大きくなる。屋敷の誰かが食べられてしまうかもしれない。それは私かもしれない。君に責任が取れるのか?」


 他人の命の責任は誰にも取れない。正論だが、少し意地悪な言い方でもある。ミラはカチンと来てむくれた。


「この子は良い子だで、誰も食べんよ」


「無責任な事を言うな。駄目と言ったら駄目だ」


「駄目と言う奴が駄目だっぺ」


「駄目を駄目で返すな。魔物は駄目だ。魔物だから駄目だ。魔物だからこそ駄目なのだ」


「良いスライムやで、良い子なんやで、子育てで大切なのは、褒めて伸ばす事だと思います」


「うるさい。屁理屈を言うな。私は仕事へ行く。帰るまでに捨てて来なさい。これは命令だ」


 カリムは勢い良く椅子から立ち上がると食堂を出ていった。残されたミラは閉じられた扉を睨む。


「旦那様のケチ!」


 ◇◇◇◇◇


 一応カリムの出勤は見送る。ただし顔はそっぽを向いた状態。しかもあえて、スライムを肩にライドオンさせて。カリムは幼稚なミラを横目でチラリと見たが、何も言わずに馬車を走らせる。


「スライムキングの一匹くらいで怒るなんて、旦那様は狭量たべ。ヌッコもそう思うべさ」


 ヌッコに同意を求める。女性とは共感の生き物なのだ。


「奥様、お気持ちは分かります。私もこの子は可愛いと思います。けれどスライムキングは『くらい』ではありません。旦那様の言われる事はもっともかと」


 ヌッコは無難に答える。だって、ミラもカリムも好きだから。どちらか一方に肩入れなんて無理。


「う〜ん。そげだな〜。でもスライムを捨てる選択肢はゼロじゃけん、取り敢えず胸の谷間に匿おう。おいで」


『キュイッ』


 スライムに巨乳に隠れるよう命じる。不定形粘体なので、ブラジャーに擬態する。取り敢えずはこれでバレない。


「これで良し。さてヌッコ」


「なんでございましょう」


 カリムの見送りが終わると公爵夫人としての仕事がある。それに加え、ミラにはマンドラゴラ人工栽培という目標が出来た。それを実現する為に行動しなければならない。今日から忙しくなる。


「人を使って北区教会孤児院を調べて欲しいっちゃ。土地に関する事を入念に、教会を任されている神父様の人柄も頼むだべ」


 何事も猪突猛進はよろしくない。新規事業を始めるなら尚更事前調査は重要である。一見、破茶滅茶なミラだが、自分の力で即時実行可能な事柄と、そうでない物をキチンと判断して分けているのだ。


「承りました。吉報をお待ちください」


 誰を調査に出すか、執事のマッシュと相談してヌッコが上手くやるだろう。後は任せて待てば良い。


 その後、公爵家の女主人として屋敷を見廻る。

 粗探しをしているのではない。使用人達に声を掛け、仕事ぶりを褒めたり、困り事はないかと尋ねたりする。そうすると使用人達は承認欲求が満たされる。やる気を出して真面目に働く。


「本日も皆、良く働いてくれるべ。問題なし」


 広い屋敷だ。見廻るだけで午前の半分は潰れる。立派な仕事だ。


「では奥様、お部屋へ戻って標準語の練習を致しましょう。もうすぐ社交界デビューが控えております。時間がありませんよ。それに公爵様の派閥の貴族家も覚えて頂きます。当然、ゲスナー伯爵を筆頭とする敵対勢力もです」


「うへぇ〜」


 新米公爵夫人は大変なのだ。お昼までヌッコのスパルタで勉強をして、ランチに軽くお腹を満たす。それからティータイムまでまた勉強。


「お疲れ様でした奥様。午後のお茶に致しましょう」


「うぐぅ〜。頭の中が人名と相関図でいっぱいです。糖分が欲しいっちゃ」


 数人の若いメイドがヌッコの指示でお茶を支度する。定番のケーキタワーと、ミラお気に入りのナッツ入りクッキー。それから秋らしく、紫芋のブリュレ。


「わぁ、このお芋、紫色だっぺ」


 ミラは初めて見る総紫色のさつまいもブリュレに驚いた。


「こちら、庭師のサムさんがお庭の菜園で丹精込めて育てました、世にも珍しい紫色のさつまいもでございます。とても甘くてねっとりとして、秋だけの味覚です」


 ヌッコは紫芋の物語を語る。

 数年前、庭師のサムは公爵屋敷の庭を彩る珍しい植物を探して港へ行った。


 王都アウラタアルファックの一部は港になっている。貿易の外国船も毎日入港する。そうなると、オランス王国にはない珍しい物品も入って来る。


 港のそばには市場が作られ、オランス王国の各地から集まった特産品や、朝採れの新鮮な魚介類や、外国の珍しい産物も並んで、日夜お祭りのような賑わいを見せている。


「その日サムさんは、市場の一角で売れ残った紫芋を見つけました。遠い南方の芋だそうで、見た目がどぎついので、オランス王国の商人から嫌われ見向きもされず、売れ残って腐り、最後の一つだけが捨て値で置かれていたそうです」


 庭師のサムは紫芋をひと目見て面白いと思った。

 外国商人の説明では、葉も蔓も花も紫色。土の中で育つ芋は気色悪いほど濃い紫色だと言う。なのに、見た目の悪さに反して芋の味は甘くて絶品。東方では蔓を芋茎(ずいき)と呼び、これも調理次第で良い味を出す珍味だと力説する。


「サムさんは迷わず最後の紫芋を購入しました。公爵屋敷に持ち帰り、培った農業知識を総動員して紫芋の栽培に取り掛かりました。そうして2年後、大きく育った紫芋を毒検知魔法で調べて害のない事を確認して、屋敷の使用人達で試食したのです」


 そこまで話して、ヌッコも他のメイド達も、当時を思い出してだらしない顔になる。


「焚き火に放り込んで焼いただけなのに、それまで食べたどんな芋よりも、甘くてねっとりして滑らかでした。まるで最上級の砂糖とコカトリスの卵をふんだんに使ったプリンのようでした」


 紫芋の旨さを知った公爵家。料理長ブンダは紫芋の料理研究に夢中となり、研究が進むに連れて虜になった。


「紫芋マニアになった料理長ブンダさんは、紫芋を公爵家だけの秘密の美味にするよう公爵様と大奥様に進言しました。今では秋の特別なスイーツとして、お客様に喜ばれる逸品なのです」


 ヌッコは「後で私達も頂きます」と言って話を閉じた。


 ミラはスプーンでブリュレを掬い、甘ったるい香りの立ち込めるそれを口内へ誘う。


 はむ。はむ。はむ。


「おっ! 美味しいっちゃ〜!」


 ミラはスイーツの新たな世界を見た。


「外はキャラメリゼされたお砂糖でパリパリ、中は甘くてしっとりとした紫芋がモイスチャー。こんな美味しい紫芋を育てて下すったサムさんに感謝。こんな美味しい紫芋をスイーツにして下すった料理長のブンダさんにも感謝だっぺ!」


 饒舌になり紫芋を褒めちぎる。美味しい物を食べると、生産者さんへの感謝も自然と湧いてくる。


「ご馳走様でした。明日のスイーツも紫芋が食べたいべさ」


「サムさんとブンダさんに伝えておきます。お二人とも喜ばれますよ」


 もっと食べたい気持ちに後ろ髪引かれながら、メイド達はスイーツを片付ける。食べ過ぎは体に毒であるからだ。


 ミラは甘くなった口内をお茶で濯ぎ、余韻を楽しみながらボ〜とする。最高の贅沢。


「明日もきっといい日だっぺ。明日天気にな〜れ」


 アホっぽい独り言を呟く。するとドアがノックされる。ヌッコがドアを開けると執事のマッシュであった。


「お休みの所失礼致します。奥様にお手紙が届きました」


「手紙、ですか?」


 ミラは王都に知り合いがいない。手紙と聞いて真っ先に思い当たるのは故郷の家族だが。


「キヨタミ侯爵家のヴィオラ様からです」


「ヴィオラ。あの、紫色の髪を縦ロールにした、ムカつく旦那様のムカつく従姉妹ですね」


「はい。そのヴィオラ様です」


 ミラとヴィオラの接点は王都初日の嫌な想いでだけだ。手紙を貰う関係ではないし、手紙を貰うとしたら碌でもない内容だろう。


「執事としてお願い致します。内容を知りたく存じます。よろしければ、この場にてご開封の上、私共にも内容を教えて頂きたく」


 カリムを奪った嫉妬や恨み言、嫌味なら無視すればいい。万が一、何らかの罠が潜んでいたら大事である。田舎貴族のミラでは理解不能な貴族的言い回しもある事だし、マッシュが内容を精査したいと言う。


「わかりました。その様にして下さいませ」


 ミラは訛りをやめてマッシュに頷く。


「奥様、ペーパーナイフです」


「ありがとう、ヌッコ」


 キヨタミ侯爵家の紋章で蝋封された正式な手紙。

 ミラはペーパーナイフを達人の手つきで走らせた。


 シュッパーーー!!!


 ◇◇◇◇◇


 拝啓 ブスのミラ・オーエンス様。秋の深まる昨今、如何お過ごしでしょうか。


 私達が初めて出会った運命のあの日、私はド田舎から這い出たばかりの、巨乳しか取り柄のないブスの貴女に大人気ない態度をとってしまいました。深く深く反省しております。


 カリムお兄様の花嫁として、まったく相応しくないブスな貴女。田舎者丸出しで、家畜と乳の匂いがする貴女。王都という世界トップレベルの都会に戸惑い、子鹿の様に震える貴女。とても可哀想で哀れでしたね。


 あの後、私は天啓を得ました。私が本当にしなければならなかった事、私が本物の貴族令嬢として示さなければならなかった道。それを理解したのです。


 貴女は正真正銘、唯一無二で本物の田舎者娘。ペーターランドというギリギリ地図に載る小国の、さらに小さく貧しい伯爵家の三女。はっきり言って、人ではなくマーモットです。


 そこで、慈悲深い私は馬鹿な貴女を導くべく、お茶会へ招待致します。どうせお友達の一人もいないのでしょう。ありがたく思いなさい。来たる◯月◯日、王都キヨタミ侯爵屋敷にて、貴族令嬢の何たるかを、そして貴女がどれだけカリムお兄様に相応しくないかを教えて差し上げます。どうか遠慮などなさらず遊びにいらして下さいませ。


 海よりもなお広量な、ヴィオラ・キヨタミより。


 ◇◇◇◇◇


 うごがぁぁぁ! あんの紫縦ロールがぁぁぁっーーー!!!


 ミラは激怒した。恐れを知らぬ、傍若無人な紫縦ロール悪役令嬢に対してだ。


「なんと無礼な! 公爵様にご報告して正式に抗議するべきです」


 普段クールなマッシュも怒り心頭に発する。


「お茶会など行く必要はございません。奥様の友達なら私がなります!」


 ヌッコも怒髪天を衝いている。


 その場にいた誰もが怒りを露わにする中、ミラはラマーズ法を巧みに使い、精神を鎮めていた。


 ひっひっふー、ひっひっふー、ひっひっふー。


「皆、落ち着くのです」


「奥様!」

「奥様!」

「桶様!」


「女には、背を向けてはいけない局面がある」


 ミラの瞳が鋭く光った。


「この戦、受けて立とう紫縦ロール。野ウサギのコロコロしたウンチをセイロガンと偽って飲ませてくれるわ」


 大戦が始まる?




 しっとりモイスチャーはパクリではなくリスペクトです。もぐ◯コロッケがとてもとても好きなので。お許し下さい。


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