16話 ヌッコのご褒美
丸投げされ、取り残されたヌッコ。彼女の灰色の頭脳は混乱を極めた。
今日の出来事を包み隠さずカリムに報告したとして、適当に選んだ貴方のお嫁さん、伝説の聖女っぽいですよ。などと素直に話して信用してもらえるか。無理だろう。
そもそも、聖女ミラは聖女である事を否定している。聖女だとバレて、騒がれる事を忌避していると思われる。なのでヌッコが秘密を暴露するのは、ミラの信頼を裏切る行為となる。
(聖女様から聖戦士任命されたのです。誠心誠意お仕えしなければ天罰が下ります)
永遠に思える思考。しかし実際は10秒。悩みに悩んだヌッコは、面倒臭い説明よりも全部自分で被る道を選んだ。
「実は公爵様、斯々然々でして……」
ミラが暴走した部分、ミラが関与した部分をはぐらかし、冒険者ギルドから始まって、スケルトンジェネラル討伐までを掻い摘んで告白する。
「ヌッコとは幼い頃からの付き合いだが、スケルトンジェネラルを単独討伐出来る実力を持っていたとは驚いた」
カリムは素直に信じる道を選んだ。不都合な事実は見ない方が良い。その方が楽だから。
「恐縮です。(嘘を付いて)本当にごめんなさい」
ヌッコは直角に腰を曲げて謝罪する。
「謝る事はない。むしろ、ミラが無茶をさせた様ですまない。大変な一日だっただろう」
カリムはさらりとした金髪を「ふぁさっ」とかき上げた。前髪のすき間から覗く、青い瞳に吸い込まれそうだ。
(あぁ、カリム様。トゥクン、トゥクンです)
ヌッコの乙女が疼きまくる。
「まず、マンドラゴラの代金を支払わねばなるまい」
「そ、そんな、滅相もございません」
「いいや、駄目だ」
遠慮するヌッコをピシャリと制する。これは公爵家の沽券に関わる問題なのだ。
「家人とはいえ、マンドラゴラはヌッコが危険を冒して採集した貴重な素材だ。取り上げる様な真似をしては公爵家の名に泥がつく」
「はい。申し訳ございません」
「それとプロダンス大将軍の遺品を帝国に返還する判断は見事だ。帝国との戦争は過去のもの、友好的姿勢を見せるのは外交的に多いに意味がある。遺品は公爵家がヌッコから適正価格で買い取り、後は外務省に任せる。それで良いな?」
「全て公爵様にお任せ致します」
これでヌッコは年収の数年分の大金を得る。申し訳なくて仕方ない。
「ヌッコ、もう一つだ」
「はい?」
カリムは続ける。
「ミラの無茶振りに振り回され、1人で呻きの渓谷へ行ったのだろう。そして悪漢に攫われた子供達を助け出し、ネームドモンスターを討伐した。筆舌に尽くし難い大活躍だ。主として誇らしい」
聖女の部分を隠すとそうなってしまう。ヌッコはもう、顔を伏せるしかない。
「望みを言え。可能な限り叶えよう。さあ」
ここからが本番のご褒美タイム。ヌッコは辞退しようとするが、カリムは許さない。
言え。
そんな。
遠慮せず。
勿体ないです。
良いから。
あぁ、困りました。
そんなやり取りをしばらく続け、ヌッコは周りの目を気にしながら長年の夢を思い出した。
「あの、畏れ多いのですが」
「うん」
食堂には執事のマッシュがいる。メイド長のリサも、給仕係の使用人達も。それでも降って湧いたこの好機を逃せば、2度目はないと思えてしまう。
「その、お叱りを覚悟の上でお願い致します」
「大丈夫だ。言ってごらん」
ヌッコは真っ赤に茹だった顔を上げて、カリムの青い瞳を見つめた。
「頭を撫でて欲しいです」
消え入りそうな声。瞳に涙を溜めて願う。
「頭を、撫でる?」
「子供の頃のように、良くやったと褒めて頂きたいです」
メイド服のスカートを両手で強く握りしめる。
心臓の鼓動は通常の3倍の速さで胸を内側から叩く。
ヌッコの視界は恥ずかしさと期待で白く染まっていた。
「そんな事で良いのか。分かった、しゃがんでくれ」
カリムの笑顔は優しかった。とても穏やかで、嫌がる様子は一切ない。
「はむ、はむ」
「はむはむじゃない。手が届かないだろう」
「……はむ」
ヌッコは跪く。頭をカリムに差し出して、祈るように両腕を胸の前で交差させた。
「良くやったヌッコ。お前は自慢の妹分だ」
優しく、包み込むように慈しみ、髪を撫でる。
仕事用に結い上げられた赤い髪を、何度も何度も。
「……カリム様、カリム様」
ヌッコは泣いた。周囲の目も気にせず、泣いた。
それは嬉し涙だ。喜びが形を成して溢れた特別な液体だ。拭う必要はない。気の済むまで、ただ流れれば良い。
「泣くほどの事か。このくらい、いつでもやってやろう」
「……はい」
叶わない恋だと分かっていても、大切にしたい恋がある。
(トゥクン、トゥクン、トゥクン)
このひととき、食堂は暖かい空気に包まれて、ヌッコを馬鹿にする者は誰もいなかった。




