15話 霊薬 痔エンド
「到着致しました奥様」
「お疲れ様でしたトムさん。ありがとう」
「もったいないお言葉です」
日が沈み、夜の帳が降りる頃、ミラは公爵屋敷に帰宅した。御者頭トムの補助で馬車を降りる。玄関には執事マッシュとメイド長リサが迎えに出ていた。
「お帰りなさいませ奥様。冒険者ギルドへの依頼は上手くいきましたか?」
マッシュはミラを屋敷の中に誘いながら成果のほどを問う。
「ええ、万事滞りなく」
「それはようございました。公爵様のご心配も癒やされる事でしょう」
ミラはなに食わぬ顔で微笑んだ。ヌッコは余計な事を口にせず、メイド長リサと共に黙って後に付き従い、自室への長い廊下を歩く。
「リサ、よろしくて」
「はい奥様」
ミラはマッシュの妻でメイド長のリサに声をかける。
「湯浴みは少し待って下さいな。マンドラゴラが手に入ったので、先に痔のポーションを調合してしまいます」
「は?」
「は?」
年老いた夫婦がハモった。
「奥様、マンドラゴラが手に入ったのですか?」
マッシュは聞き間違いかと思う。
「失礼ですが、マンドラゴラは朝注文して、夕方に受け取れるような品物ではありませんよ」
リサも勘違いだろうと思う。
「大丈夫、本物ですわ」
ミラは自信満々に答えた。
「は?」
「は?」
老夫婦はヌッコを見る。お前、メイド兼護衛として何やっとんねんと。
「奥様は確かにマンドラゴラを入手なさいました。私の口からはこれ以上は申しあげられません」
きっぱりと答えるヌッコ。老夫婦は顔を見合わせて自分達の老化を疑った。
「すぐに終わります。終わりましたらヌッコ、リサ、湯浴みをお願いしますね」
「かしこまりました」
「は?」
今やヌッコは聖女の忠実なしもべ。彼女の仕事はポーションの調合に必要な物を用意して、湯浴みの支度を万全に整える。それだけだ。
それからミラは自室に籠り、チョイのチョイのとポーションを調合した。もはや何でもありのミラである。調合の詳細な説明は不要だろう。大体、不思議な釜に材料をぶち込んで、魔力を注げば出来上がるのだ。
「出来た! これで旦那様の痔も即日完治だべ!」
ミラは小瓶に入ったポーションを掲げてポーズを決めた。
◇◇◇◇◇
夕食の席。いつも通り遅く帰宅した夫カリムと食卓を共にする。カリムが遅いなら待ち、泊まり込みならミラがお弁当を作る。それが当たり前になり始めた公爵家。
「旦那様、ご報告があるだっちゃ」
食後のお茶を楽しむ時間。ミラはテーブルの上にポーションの小瓶を置く。
「それはポーションか」
カリムはお茶を一口。
彼にはポーションの違いなど分からないのだから、それが普通のポーションだと考えるのは正常な思考だ。
「んだ。マンドラゴラを加えて調合したスペシャルな痔のポーションだべ」
「ぶっーーーーー!!!!!」
カリムは盛大にお茶を噴き出した。
「ゴホッ! ゴホッ! ゴホッ! ゴホッ!」
「大丈夫だべか旦那様」
ミラは駆け寄って背中を擦る。カリムはハンカチを取り出して口を拭く。そうして落ち着くと、ポーションの小瓶に視線を向けた。
「冗談はやめてくれ。今日の朝だぞ。マンドラゴラ採集を冒険者に依頼すると言ったのは朝なんだぞ。まさか、運良くマンドラゴラが手に入ったと言うのか」
なくはない。可能性としては、タイミング良く冒険者ギルドに持ち込まれたマンドラゴラをミラが運良く手に入れた。あり得る。
「んだべし」
ミラは微笑んで肯定する。
「そうか。そんな幸運もあるんだな。だがポーションの調合とは、そんなに早く出来るものなのか? いったい誰が調合したんだ?」
カリムはお茶を一口含んだ。気持ちを落ち着かせようとしての事だ。
「オラがやりました。ペーターランドでは常識です」
「ぶっーーーーーー!!!!!」
再び発射されるお茶。
「ゴホッ! ゴホッ! ゴホッ! ゴホッ!」
「大丈夫だべか旦那様」
ミラはカリムの背中を擦り、口元をハンカチで拭いてあげた。その際、巨乳がカリムの背中や肩にムニュムニュ。
「す、すまない。あまりにもあまりだったので、不様な姿を見せてしまった。ペーターランドの常識にはまだ慣れなくてな」
「問題ないべ、夫婦なんだから」
ミラの笑顔は素敵だ。カリムは少しドキッとする。
「では旦那様、ポーションをどうぞ」
「すまない。助かる」
ポーションを手渡そうとした、その時。
「その前に」
「ん?」
ミラは寸前でポーションをお預けする。
「ポーションを作るのに、それなりに労力を割いたっペ。だからと言う訳ではないけんど、教えてもらいたいちゃ」
「教える? 何をだ?」
ミラは聞くべきか知らぬ顔をするべきか、今日一日悩んだ。カリムとの結婚は本人が言うように訳ありの結婚だ。貴族なら珍しくもなく、巷にありふれた話。
(お互いに想い人がいて、政略結婚で引き裂かれて、それでも密かに逢瀬を重ねる秘密の恋は恋愛小説の定番だべ。だから本当は、これを聞くのはルール違反。分かっているけど、黙っていられないべし)
両手を胸の前で合わせ、キリリと決断する。
「お相手を教えて欲しいっぺ。ポーションが必要となった原因のお相手を。形だけでもオラは旦那様の妻やけん、相手を知る権利くらいあると思うっちゃ」
ミラは勇気を出した。カリムの恋愛事情に首を突っ込むのは不躾だと理解しながらも、女としてのプライドが声を出させてしまった。
突如真剣な顔となったミラに、カリムもただならぬ雰囲気を感じ取る。思えばマンドラゴラが即日手に入ったのはミラの行動力と幸運の賜物。それにポーションを調合したのもミラなのだ。最大功労者には知る権利があるとカリムも思う。
「君の言う通りだ。教えよう」
「ありがとうだっぺ」
ミラの表情はキュッと締まる。胸の谷間に隠れた小型スライムキングもブルッと震える。すると巨乳全体がブルンッと揺れたので、カリムは目を見張った。
「あ〜と、え〜と、何だったかな。そうか、オッパ……。いや、相手の名前だったな」
「んだっちゃ」
「名前はザークドム。私の部下だ」
「ザークドム。どの様な方だべ?」
「どの様なと言われても、歳は23。私が大蔵省に入庁した時からの部下で、真面目な男だ」
ミラは頭の中でザークドムの名を繰り返す。
何が真面目な男だ。カリムが重症の痔になる程お尻を酷使しておいて、それが愛と呼べるのか。ただの淫獣ではないのか、愛とは相手を気遣ってこそではないか。今後また、霊薬『痔エンド』が必要となる事態になれば、その時はザークドムを許さないと。
「答えてもらえて嬉しいべ。ほんじゃ、ポーションをどうぞ」
笑顔に戻ったミラはポーションを手渡す。
カリムの手とミラの手が触れ合う。
たくましい男の手と、柔らかな女の手。
温もりは確かに伝わった。
「ありがとう、ミラ」
これでミッションコンプリート。ミラは自分の席に戻り、お茶を飲んで一息つく。それからもう一つ、報告事項を切り出した。
「今後、冒険者ギルドから連絡が来ると思われる」
「冒険者ギルドから? 何故だ?」
「それはヌッコが原因でっす」
ミラは後ろに控えるヌッコを振り返って指差した。
「ふぁっ! 奥様、何を言うのですか!」
突然悪者のように名指しされても、ヌッコには訳が分からない。
「ヌッコがめっちゃ頑張った結果、呻きの渓谷でマンドラゴラをGETして、スケルトンジェネラルのプロダンス大将軍も討伐出来ました。さらにプロダンス大将軍の愛剣をプロシュット帝国に返還したいと言い出したのもヌッコです。なので今後、プロシュット帝国とオランス王国を仲介する冒険者ギルドから公爵家に問い合わせが来るかと思われますが、全部ヌッコがやった事、オラは一切無関係です。全てヌッコが1人でやりました。なので今回の最大功労者はヌッコです。どうか十分な褒美をあげて下さいね。かしこ」
「おっ! 奥様〜!」
ヌッコは内股になってガクガク震えた。だって、説明に困る特大の爆弾を投げ付けられたから。
都合の悪い事は、早口で一気に伝えた方が良い。相手の理解が追い付く前に退散するにかぎるのだ。
「今日はとても疲れました。先に休ませてもらいますっペ。お休みなさい旦那様」
ミラは清々しい笑顔と美しい所作で夜の挨拶をすると、自分の部屋へそそくさと逃げたのであった。




