幕間 ① リュカとカナリヤ
孤児院へ無事に帰り着いたリュカとカナリヤとブーヤン。
3人は割り当てられた孤児部屋で悩んでいた。
ミラと交わした約束を神父に報告しなければならない。ここで正直に話せば危ない真似をしたと大目玉を食らう。初老の神父様は子供達が可愛くて心配で仕方ないからだ。愛情ゆえにカミナリが落ちるのは火を見るより明らかだった。
「都合の悪い部分を上手いこと端折って、お嬢様が孤児院に来る事だけ話せないかな」
リュカは腕を組んで「うんうん」と唸る。
「俺達被害者だぜ。報酬も払わないといけないし、無理だ」
ブーヤンは頭を使うのが得意ではない。すぐに諦めた。
「今日の事を神父様に話したら、絶対に冒険者を辞めろって言われる。そうに決まってる」
北区教会孤児院を任されている神父は、冒険者という仕事に良いイメージを持っていない。危険、収入が不安定、殺伐として粗野な人格になってしまう。などなど。自分が世話をする孤児達にやらせたくない仕事ナンバーワンだ。
「どの道、巨乳お嬢様が教会に来たら全部バラされる。諦めようぜ」
落ち込むリュカに対して、ブーヤンは少し嬉しそうだ。彼は元々痛みに弱く、戦いには向かない性格。家族を守るためなら勇敢になれるが、それは相当追い詰められた時だけだ。リュカとカナリヤが心配で冒険者になったが、堅気の奉公先があるならその方が良いと考えている。
「もしかしたら、巨乳お嬢様が仕事を紹介してくれるかも。だって考えてみろよ、報酬を払えなかったら元も子もないだろう。働いて返せって事なら仕事がないと始まらないじゃんか。金持ちのお嬢様ならコネが沢山あるはずだ」
ブーヤンは楽観的だ。ミラは善人なので別だが、想像力を持って考えれば闇奴隷として売られる可能性だってあるのだ。リュカとカナリヤは美形で可愛いから高級娼婦と男娼の道もある。まともなお店に入店して売れっ子になれば、お姫様みたいな生活も夢ではない。けれどブーヤンは間違いなく酷い扱いを受ける。闇奴隷の扱いはハイパーブラック企業と同等かそれ以上に酷いのだ。その辺、ブーヤンは頭が悪い。
「はぁ〜、冒険者を続けたかったな〜」
リュカは使い古して薄汚れた年季物のベッドに体を投げ出して悔しがった。ド底辺の子供が冒険者として活躍して成り上がる。そんな下剋上冒険小説に憧れていたからだ。
3人は孤児部屋を出ると神父の元へ行った。
神父の名はムシモン。痩せ型で眼鏡をかけた責任感の強い初老の善人だ。
「ムシモン神父、実は斯々然々で……」
リュカはしゅんと萎みながら、今日起こった全部を告白する。
「愚か者! あれほど気を付けろと言ったのに、早速死にかけるとは何事だ! 神様の思し召しがなければブーヤンとカナリヤは今日、死んでいた。やはり冒険者など許可するのではなかった」
神父ムシモンは見た目に反して熱い男だ。冒険者嫌いも相まって、お説教はくどくどと長引いた。
「助けてくれたお嬢様とお供の女性冒険者か。近い内に教会に来ると言ったのだな」
「うん、でも、俺達の問題だから、教会や他の仲間達は巻き込まないよ。報酬は3人で稼いで払う」
リュカ、ブーヤン、カナリヤは、そこを曲げるつもりはない。むしろ孤児なので、安易に人に頼る事のリスクを経験で理解しているのだ。
「当然だ。だが不当な扱いをされても困るから、お嬢様との交渉は私がやる。お前達は真面目に働く事だけ考えなさい。冒険者など辞めて、一発逆転の下剋上など忘れるんだ。分かったな」
「……はい」
「はい!」
「う」
◇◇◇◇◇
夕食が終わり、数十人いる孤児達が眠りに向かって各自まったりとする時間。リュカはカナリヤを連れて裏庭の井戸へ来ていた。今日もよく汚れたので、濡らしたタオルで体を拭くのである。孤児院にお湯のお風呂といった贅沢な設備はないので、体を洗うのはもっぱらこれだ。
「う〜寒い。秋も深まって、そろそろ冬になるから水浴びは出来なくなるな」
冬になれば、月に2回大衆浴場に行く。お金がないのでそれが限界。お風呂キャンセルが長くなると、冬場でも体臭がヤバくなるが我慢我慢。
「脱げよカナリヤ。早く終わらせようぜ」
「あ」
孤児達の服は古着をさらに補修して使い倒す。カナリヤの服も色あせて毛羽立って薄い。貧相な服をもそもそ脱ぐと、あばら骨の浮き出たペタンコが露わになる。栄養失調気味なので仕方ない。孤児は皆、似たり寄ったりだ。
「俺も脱ぐ。ひぇ〜、寒い」
リュカも色あせた古着を脱いだ。やはり痩せてあばら骨が浮いている。徐々に胸の膨らみが始まる12歳。これから胸に送る栄養が必要なのに、栄養失調は酷だ。
「あのお嬢様、凄い巨乳だったな」
「う」
リュカは自分の胸を揉みながらミラを思い出した。
「毎日美味いもの食ってんだろうな。肉とか魚とか、お腹一杯」
「お」
リュカはカナリヤの長い青髪を軽く濡らし、タオルで拭きながら櫛で漉く。シラミが沸いたら痒くて可哀想だから念入りに。
「カナリヤの髪はいつも綺麗だな。本当に女の子みたいだ。これ、成長して男らしくなったらどうするんだよ」
「あ」
「分かってる、悪かった」
声のトーンでカナリヤが怒ったのが分かる。そうでなくても、振り返った愛らしい目が吊り上がっているので一目瞭然だ。
「お母さんと再会出来るまで髪は切らない。お母さんと同じ青い髪は目立つから目印になる。そうだよな」
「う」
カナリヤは5歳の時に母親に捨てられた。
父親は知らない。物心ついた時から母親しかいなかった。
底辺の母子家庭。生活は悲惨と言って間違いない。
それでもカナリヤは母親が大好きだった。
お腹が空いても、仕事で母親の帰りが夜中になっても、母親からぶたれても。母親と一緒にいる時が何よりの幸せだった。
けれどある日。母親の心は限界を迎えた。
さいわいに、と言えば良いか。母親の最後の愛情だったのか。カナリヤは母親に手を引かれ、教会孤児院へ来た。とても寒い日だった。
母親は教会の前で言う。
1人で中に入って、神父様にご飯をもらえと。
カナリヤは言った。
お母さんも一緒に、お母さんがいないと嫌だと。
母親は言う。
私は行かない。お前1人で行け。
カナリヤは首を激しく振る。
嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ。
幼いながらに感じたのだ。母親のただならぬ雰囲気を。ここで母親の手を離したら、もう会えなくなるのではないかと。
涙を流して母親にすがる。
行かないで、捨てないで、一緒にいて。
母親は顔を背けて冷たく言う。
お前なんて嫌いだ。産まなければ良かった。そうすれば私は幸せになれたのに。
「……お母さん」
「しゃべるな。声を聞きたくない。早く教会に入れ」
母親とはそれきり会っていない。何処にいるかも分からない。カナリヤはその日以来、母親の言いつけを守ってほとんど話さない。そして、いつか母親に見つけてもらうために、母親と同じ青色の髪を伸ばしている。
「下半身は自分で拭けよ。男の子なんだから、俺にやらせるな」
「う」
カナリヤは美形で髪が長いので勘違いしている者も多いが男の子だ。11歳のわりに幼いのでリュカが世話を焼いている。
「俺も早く終わらせよう。凍えちまう」
リュカは一糸まとわぬ姿になる。痩せているが女の子の体だ。
リュカは産まれてすぐに教会孤児院に預けられた。
母親が産後に感染症を起こして死んだからだ。
父親の分からない私生児だったので、祖父母はリュカを厄介者だと考えて孤児院に入れた。
なのでリュカの家は孤児院。父親はムシモン神父。孤児達は兄弟。
リュカが男の子のフリをするのは理由がある。
2年前、姉の様に慕っていた少女が住み込みの仕事を見つけて孤児院を出た。とても悲しかったが、自立する少女が誇らしくもあった。
それからしばらくして、少女は仕事先の主人に強姦されて自殺する。たかが強姦、されど強姦。成熟しきっていない少女には、大人の男に一方的な性欲をぶつけられるのが人生を絶望するほどの恐怖であった。
激怒したムシモン神父は教会として正式に抗議するが、少額の慰謝料が支払われておしまい。その慰謝料は他の孤児達の生活費に消えた。
リュカは酷いショックを受け、女でいる不利益を知る。以来、髪を短く切り、男物の服を着て、男の子の様に話す。世の中の不平等に怒り、冒険者の下剋上冒険譚に憧れを抱く様になる。
「くちゅん!」
秋の夜の水浴びは厳しい。
リュカはくしゃみを一つすると、薄い服を着て、カナリヤと手を繋いで孤児部屋に戻って行った。




