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第8話 あれを奪う

 俺は電動スクーターで、夜の道を中川近くの河川敷まで走る。

 端末は、八咫烏やたがらすの通話をつないだまま。


 昨日の機体は回収しに行けなかった。

 背中のケースから、買い替えたあとも手放せずにいた型落ちの青いFPV(レーシング)ドローンを取り出す。


「ねぇ、ダーリン。配信から拾われた『ここは俺の戦場だ』がバズっているの、ご存じ?」

「……何それ」

「今こそ言うタイミングですわよ?」

「やめろ。今知った。恥ずかしい」


「コマンド。ドローンカメラ映像を共有」


〈FPVドローンの映像を共有開始します〉


 俺は青い機体を飛ばす。

 欲しいのは情報だ。


 川面すれすれの高さで、ゆっくり近づく。


 コンテナの扉は、開いたままで、わずかに光が漏れている。

 扉の上から工事用シートが斜めに張られ、入口を隠している。


「ギルマス、左!」


 月読の声で、スティックを止める。


 川下から、黒い機体が一機向かってくる。

 機体はシート下の隙間へ滑り込み、コンテナの奥へ消えた。

 ビンゴだ。


 俺は青い機体をもう一度動かし、コンテナを積んだ台船へゆっくり近づける。

 暗い川面の上を滑らせ、低い角度から中を覗く。

 中はひどく暗い。


「コマンド。カメラの感度を上げて」


 映像が明るいモノクロに変わり、暗闇のディテールが浮かび上がる。

 入口近くの両壁には、棚に並べられた迎撃用の黒いドローン八機。

 その奥には武器ラックがあり、人間サイズのNPI(インスタンス)が二体。


 戻ってきた黒い機体が、中央の作業台に降りている。

 NPI(インスタンス)が機体をつかみ、腹の下についたユニットを外す。

 空いた場所に、別のバッテリーユニットが差し込まれていく。


 さらに奥には、もっと大きな影。

 膝を深く折って押し込まれている三メートル超のBULK(バルク)だ。


「――BULK(バルク)だ」

「マジかよ。ドローンの電池交換所じゃなかったのか」

「……奥のラック。武器と弾薬」

「あのBULK(バルク)、動いてないよな」

「交換用の予備機かもしれない。少なくとも今は動いていない」


 俺は、画面の奥に膝を折っている巨体を見る。

 言い方は冷静だったが、玉さんの声はわずかに速くなっていた。


「正面から小菅へ行くのは無理だ。だが、あれを奪えれば話が変わる」

「こっちで動かせるのか?」

「保証はない。ただ、完成した身体だけなら、こちらの手を入れる余地がある」

「他のコンテナも、中身はこんな感じなんだろうか」

「他もそうだろう。NPI(インスタンス)用の銃、弾薬、BULK(バルク)用の鎮圧装備。だが今わかってるコンテナは警備が厚い」

「……他は動くBULK(バルク)でGG」

「今、手を出せる穴はここだけだ」


 WWU(ユニオン)の意思で動く前のBULK(バルク)を奪えれば、小菅へ届く切り札(ジョーカー)になりえる。


 ついてる、最高の当たりを引いた。


「わかった。あれを()()



―――2039年6月7日 未明 東京 中川―――


 中川なかがわの水面は、街灯を吸い込んだみたいに黒い。

 俺とっさんを乗せた小型オープンボートは、作業台船さぎょうだいせんの手前でプロペラの回転を止めた。


 地図で指定した場所までは、GPSの自動航行で来られた。

 最後の数メートルだけ、っさんが手元のかじとスロットルで合わせる。

 ガタイのいいっさんが座ると、小型ボートの前側だけが少し狭い。


 ここに来るまで、丸二日、準備した。

 っさんは船と車両を押さえ、玉さんはネットの情報を元に、秋葉原でかき集めた部品から妨害電波装置ぼうがいでんぱそうちを組んだ。

 昨日は俺一人で監視し、大きな変化がないことを確認していた。


 青いFPVドローンは船の上で、既に発進準備を終えている。

 膝の上には、ドンキで買った熊のラバーマスクが転がっている。

 舌を出した、変に愛嬌のある顔だ。


「……これ、本当に被るのか」

「素顔よりマシ。熊ならドンキが庇ってくれる lol」

「庇わねえよ」


 月読つくよみへツッコミながら、俺は諦めて熊を被る。

 その上から、ドローン用のゴーグルを装着する。

 っさんも熊の顔の上から、レインボーカラーのサングラス型デバイスを掛け直す。


 橋の上の玉さんは、警備員の格好で工事用看板の脇に立っている。


 まともな軍事作戦じゃない。

 装置がちゃんと動くかも保証されない。


 町工場と秋葉原とMMOギルドの寄せ集めだ。

 それでも、今の俺に組める最高レア編成だった。


 っさんは前だけを見ている。

 作業台船の甲板には、偵察映像で見た通り、40フィート級コンテナが一つ。

 開いた扉の上から、工事用シートが斜めに張られている。


 玉さんは、ここを基地じゃなく前線の補給ポイントだと言った。

 見つかったら捨てる。

 だから警備は薄い。

 薄いと言っても、NPI(インスタンス)二体とドローン八機だ。


「ギルマス、住宅側クリア。人影ゼロ。これで見つかるなら三流」


 船に積んだカメラで監視している月読つくよみの声が耳に入る。


「SNS側も静かですわ。中川、台船、クレーン車で投稿なし」


 SNSの沈黙は、今だけは味方だ。


「了解。二人とも、そのまま見ていてくれ」


 橋の上から、玉さんの声が続く。

 あっちは工事現場のふりをしたまま待機している。


「満潮の潮止しおどまりまで32分。こちらからも見えている」


 俺は、ゴーグル越しに周囲の暗い住宅地を見る。

 民家の窓は、ほとんど暗い。


「これ、監視カメラに映るよな」

「幹線道路の警察系カメラは、もうWWU(ユニオン)側と見ていい。ただ、この辺は区、企業、個人宅で規格がばらばらだ。一枚の網にするには、まだ時間が要る」

「……録画は残る。拾われたら終わり。はいGG」


 月読は、アメリカに住んでるからこそ、一番現実を知っている。


「そうだな。AIがこの熊で指名手配を出す前に、さっさと終わらせる」


 俺は通話チャンネル全体へ声を出す。

 全員の音が、一瞬だけ止まる。


「全員、始めるぞ。10、9、8……」

「レイド開始前のカウントみてぇだな」

「3、2、1」

「妨害電波、開始」

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