第6話 レイド募集。ただし報酬なし!
夜、俺はゲーム仲間と使っている通話アプリを開く。
サーバー名は、八咫烏。
いつものボイスチャンネルには、見慣れた名前が並んでいた。
普段なら、くだらない雑談をしてからゲームが始まる。
今日は、画面の向こうの仲間を現実に巻き込むかもしれない。
画面には、牙っさん、玉さん、アヤ、月読のアイコンが点いている。
八咫烏は、何度も人が入れ替わった。
大きなイベントのたびに人が抜け、揉め事で消え、生活で離れ、最後に残ったのがこの四人だった。
ゲームの腕前はそれぞれだが、俺の無茶な呼びかけに、最後まで返事をくれるやつら。
画面越しの付き合いでも、五年は短くない。
ミスれば怒られたし、うまくいけば本気で褒め合った。
何度も同じ目標に向かって走った相手を、今さら他人とは思えない。
「牙っさん、聞こえるか」
「聞こえてる。団長、さくらちゃんの件、こっちでも調べてる」
牙っさんは、ゲームじゃ前を張るタンク役で、ネトゲ仲間なのに、まさかのご近所さん。
親父さんの跡を継ぎ、町工場を一人で回す車の整備士。
さくらとも、会えば挨拶するくらいの顔見知りだ。
「玉さん、東京拘置所の情報は?」
「公開情報は一通り確認した。当然少ない。今、プライベートな繋がりにも当たっている」
「中の話、聞けそうなのか?」
「知人の伝手に刑務官がいる。その人も強制接収で中へ入れなくなったらしい。まだ裏は取れていないが、元々の収容者は別施設へ移されたと聞いている」
玉さんはAI関連の仕事をしていて、HNは趣味で育てている将棋AI「玉響」が由来。
ゲームでは後衛の魔法職で、理屈で最大ダメージを稼ぐタイプだ。
この二人は、オフ会で何度か飲んだこともあり、顔も声も、リアルの仕事も知っている。
残りの二人は女性陣で、声しか知らない。
「月読、北京の施設は?」
「……公開情報ほぼゼロ。医療棟が大きい。教育だけなら要らないはず」
ゲームでの月読は、索敵と奇襲が得意なアサシン職。
アメリカ西海岸にいるらしく、海外ニュースや海外掲示板を拾うのが早い。
余計なことは言わない。だから、月読の報告が短い時ほど、だいたい悪い情報だ。
「ダーリン、SNSはアヤが見ておりますわ」
「ありがとう。何かわかったか?」
「ご家族が収容されたという投稿が、散見されますわ。エラー市民、勾留、矯正教育……言葉が違うだけで、中身は同じですわ」
「さくらと美咲ちゃんの情報は?」
「まだ、つかめておりませんわ」
「……さくらの名前を出せば、目撃情報が来るかも」
「お止めください。WWUに、目を付けられますわ。まずは同じ通知を受けたご家族を文面から辿っております。同じ境遇の親なら、向こうから繋がってくれますわ」
アヤはVTuberとしても活動しており、ネットの立ち回りやSNSの運用が得意だ。
ゲームではヒーラーで、特典目当てで一度ゲーム内夫婦になって以来、俺をダーリンとからかってくる。
歌がやたらうまく、「百万人の親衛隊がいる」「広いサロンがある」など口にし、八咫烏ではお嬢様ロールプレイの人で通っている。
朝に投げた頼みは、ちゃんと届いていた。
画面の向こうで、みんな動いてくれている。
月読が、新たに見つけた画像を共有画面へ投げる。
「……東京拘置所の最新映像。BULKが一機」
「拘置所にBULKかよ。物騒すぎんだろ」
「自衛隊と機動隊が、NPIに連行されている目撃情報がありますわ」
「訓練を受けた人間が拘置所に集められているなら、BULKを置く理由はある」
小菅教育センターにはNPIがいて、BULKまでいる。
いまの俺たちが正面から行っても、突破できない。
まず手札がいる。NPIと向き合い、BULKが出てきても逃げる以外の選択肢を残す手段だ。
俺は、真壁隊員から来た不審なコンテナの話を共有する。
すぐにアヤがSNSで、中川に浮かぶ作業台船を見つける。
その船の甲板にはコンテナが積まれていた。
「コマンド。中川周辺の地図を開いて。この写真の位置を推測して、重ねてくださる?」
〈地図を開きました。投稿写真を推定地点に配置しました。一致率93%/次点73%。先ほどの東京拘置所画像も配置しました。〉
アヤの指示で、共有画面いっぱいに東京東部の地図が広がり、中川と小菅の上に写真がピン留めされる。
月読が河川工事の予定表を、地図の端へ重ねる。
「……予定は空白。正規の理由はなし」
牙っさんが、画面の船影に目を細める。
「作業船は資材積んで動く。コンテナ積んで寝てる船じゃねえ」
アヤは別の投稿を共有画面へ重ねた。
「他のSNSに同じ船らしき動画もありましたわ。黒いドローンが何度か出入りしていますわ」
「アメリカの例。ドローンがパトロール」
「日本でも同じ運用だろうな。デモ、暴動、逃走者。監視対象はいくらでもある」
「都内各地で、同型の黒いドローンの目撃情報は上がっていますわ」
アヤが、さらに短い動画を二つ並べる。
黒いドローンは、昨日、真壁隊員を囲んでいた機体と同じに見える。
コンテナの入口は工事用シートで覆われ、作業員の姿はない。
「牙っさん、現場目線だとコンテナの中身は何だと思う?」
「ドローンが戻ってんだ、まず給電、電池交換だろ」
「今は監視でも、戦闘になれば積むものを替えますわよね」
「攻撃用の交換ユニットや弾薬くらいはあるだろうな」
「……警備、薄い。罠?」
「常駐で守る人手が足りないのだろう。代わりに、異常が出た場所へ黒いドローンを寄せる」
「見つかったら、上から来んのかよ」
「おそらく定期連絡も行っている。途切れれば、それも異常だ」
きっと中川の作業台船は、守る拠点じゃない。補給ポイントだ。
そして正面から小菅へ行けない俺たちが、最初に狙える場所だ。
月読が情報を拾い、玉さんが状況を整理する。
牙っさんは現場の判断をして、アヤは人の流れを追う。
やっていることはいつものゲームと一緒だ。
ゲームの中で何度も見た分担が、そのまま現実へはみ出している。
カリスマB、マネジメントB。AI様に評価された能力を、今だけは信じてやる。
俺はマイクに向かって言う。
「レイド募集。ただし報酬なし! ミスったら現実が終わる」
数秒、誰も喋らない。
「ギルマス、アメリカでは毎年何百人もWWUに消されてる」
月読の声は、いつもより低い。
「……ログを拾われた順に消えた。見つかったら終わり。はいGG」
「月読さんの言う通りだ。これはゲームの延長ではない」
玉さんの声は静かだ。
「分かってる。危ないと思うなら、聞かなかったことにしてくれ。俺はソロでもやる」
そこで、アヤが笑った。
「ふふっ、今回は難易度高めですわね、ダーリン♡」
その軽さに、詰まっていた息が抜けた。
「団長、これはもうゲームじゃねえだろ。……けど、手は貸せるぜ」
工場の機械音が、うっすら混じっている。
牙っさんが短く笑った。
「リスク承知なら、わたしも外から見る。海外でも、拾えるログはある」
月読が言った。
最後に、玉さんが続いた。
「……分かった。ただし、君がただ突っ込もうとしているなら止める。勝ち筋を持ってくるなら先を読む」
「――ありがとう。正直、一人じゃどうにもならなかった」
「まだ始まってもいない」
月読が、いつもの平坦な声で刺した。
「お礼はクリア後」
その素っ気なさに、少しだけ救われた。
誰も、降りない。
画面の向こうの仲間が、現実の危険に片足を入れてくれた。




