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第5話 自衛隊は、助けてくれないんですか

 ニュースサイトを開く。

 出てくるのは、WWU(ユニオン)の声明と交通規制の見出しばかり。

 さくらに繋がる情報は、ない。


「コマンド。WWU(ユニオン)のエラー市民、教育センター、矯正《きょうせい》教育の三つを調べて」


〈検索します。完了後に通知します〉


 首輪型デバイスのAIエージェントが、検索タスクを裏へ回した。

 俺はSNSと掲示板を開き、最新の情報をあさる。


 東京の外から助けは来るのか。

 警察や自衛隊は動かないのか。

 S級以上の特別矯正教育とは何なのか。

 北京の施設は、どこまでヤバいのか。


 画面を流れる投稿の中に、駅前の動画が混じる。

 AIなんかに従わない、と声を上げる大規模なデモだ。


 最悪の答え合わせみたいな動画だ。

 人間サイズのNPI(インスタンス)を背後に従え、前に出た三メートル超のBULK(バルク)が、群衆へ二種類の兵器を浴びせていく。


 ひとつは、狙った方向だけに音をぶつける音響兵器。

 強烈な音の束を浴びた人たちが、耳を押さえ、平衡感覚を失って膝をついていく。


 もうひとつは、電子レンジと同じ理屈で、皮膚の表面を灼熱させるミリ波兵器。

 不可視の熱波に晒された人たちが、悲鳴を上げて後ずさる。


 血は出ていない。

 けれど、無事ではない。

 動けなくなった人が、まとめて灰色の腕に回収されていく。


 声を上げても、ああなる。

 正面から助けを求める道は、消えた。

 残るのはロクでもない手だけだ。


 ネットの知り合いにも頼る。

 五年続けているMMO(ネトゲ)ギルド、八咫烏《やたがらす》。


 中心メンバーは五人だけの、小さなギルド。

 規模は小さいが、信頼はでかい。


 最初に打ったのは、『助けてほしい』だ。

 無理だ。

 そんな一文で、誰かが動けるわけがない。

 泣きつけば危険に巻き込むだけで、作戦にもならない。


 俺は一度、文字を消す。

 分からないことを順番に並べる。

 さくらの目撃情報、東京拘置所、北京の施設、調べてほしいことを箇条書きにしてギルドチャットへ送った。


〈WWU(ユニオン)のエラー市民、教育センター、矯正教育について調査完了〉


「コマンド。結果を表示して」


┌──────

 【調査レポート】

 ①エラー市民:

  幸福関連法に違反した市民。民間の通称だったが、現在はWWU(ユニオン)公式でも使用される

 ②教育センター:

  エラー市民の勾留施設、内部で矯正教育が行われる

 ③矯正教育:

  指導映像の視聴とテストによる思想教育が行われ、二〜三日で解放される事例が多い。反乱の指導者層などは数年以上の事例もある

           ──────┘


 さくらの通知には北京移送と書いてあった。

 普通の矯正教育とは、扱いが違う。


 分かったのは、助け方がどこにも載っていないことだけだ。

 新しい攻略ルートを見つけるしかない。


 次に、通知リストに残っていたメッセージを開く。

 昨夜から届いていたのに、開けずにいたものだ。


━━━━━━━━━━━━━

 ▶︎ 真壁《まかべ》葵《あおい》|はじめまして。本日、江戸川で……

━━━━━━━━━━━━━


 ドローンの檻に閉じ込められていた、あの小柄なジェットスーツの自衛官だ。


┌──────

 はじめまして。本日、江戸川で助けていただいた、ハチドリ隊の真壁葵です。


 突然のご連絡をお許しください。

 配信の切り抜き映像から、黒羽《くろば》さんのチャンネルにたどり着きました。


 黒羽さんの助力がなければ、私はあの場で拘束されていました。ありがとうございます。

 現在、黒羽さんも占領区域内におられ、お困りごともあるかと思います。

 私にご協力できることがあれば、ご連絡ください。


 正直に言うと、あの包囲は怖かったです。

 空に道が見えたとき、ここを抜ければ、また人を助けられると思いました。

 初めて救助される側になって、まだ気持ちをうまく整理できていません。


 情勢が落ち着いたら、改めて御礼に伺います。

           ──────┘


 文章は硬く、丁寧すぎるくらいだった。

 余計な言葉を削った文面から、相手が姿勢を正して打っているのが伝わってくる。


 ゲームの中なら、礼を言われたことは何度もある。

 現実の「ありがとうございます」は、思ったより効いた。


 けど、今はさくらだ。


 俺はメッセージの下に出ていた〈トークを開く〉を選択する。


『妹が東京拘置所の教育センターに収容されました。

 自衛隊は、助けてくれないんですか』


 送ってから、一般市民が自衛官に聞いてどうなる、と思った。

 でも、他に聞ける相手がいない。


 すぐに返信がくる。

 文章は長く、言葉は硬い。

 けど、俺の返事を待っていたみたいに、間がなかった。


『妹さんの件、心中お察しいたします。

 現時点で、自衛隊には首都奪還および収容施設制圧の命令は出ておりません。

 ハチドリ隊の主任務は救助です。命令があれば救助に向かえます。


 ただ現在、私たちが行動できるのは、明確な災害に対する救助、または通常訓練と言える範囲に限られます。

 組織の人間としては、ここまでしか言えません。ですが、妹さんのことは、他人事とは思えません』


 自衛隊は動けない。

 少なくとも、都市を取り返すような大きな作戦は出せない。


 首相を決めるはずだった日に、偉い人たちが、まとめて拘束された。

 たぶん命令を出せる人間がいない。


 希望が一つ消える。

 だが、立ち止まっている時間はない。


『分かりました。ありがとうございます。

 俺にできることを探します』


 送ってから、自分がもう止まる気でいないことに気づいた。

 真壁隊員は、その一文で何かを察したらしい。

 返信は、また間を置かずに連続で届く。


『民間人に危険地域への接近を勧めることはできません』

『昨日の操縦を見る限り、黒羽さんが無謀なだけの方だとは思っていません。ですが、危険です。どうか、そこは軽く見ないでください』

『新葛飾橋で確認した敵は、コンテナ内部からBULK(バルク)も出現しました。各地で同様の報告があり、類似のコンテナを積んだ車両や船舶の目撃情報が出ています』

『危険ですので、不審なコンテナには近づかないでください。お願いします』


「近づくな、か」


 俺の目が、その一文で止まる。


「なら、そこに何かある」


 俺はメッセージを閉じる。

 無茶かどうかは、もう問題じゃなかった。

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