第4話 こんなクソゲー、誰がやるんだ
その日、俺は、柴又の街でさくらを探し続けた。
自宅の周りを探し、橋の方から戻ってくる人に声をかけた。
美咲ちゃんの家の近くまで行ったけれど、二人はどこにもいなかった。
近所の人が、灰色のロボットから逃げる女の子二人を見たと言った。
二人は黒いドローンに追われて、最後はWWUに連れ去られた。
その先を聞ける相手は、誰もいなかった。
夜になっても、さくらは帰ってこなかった。
部屋に戻っても、明かりを点ける気になれない。
さくらに何度メッセージしても、既読はつかない。
画面の端で通知が跳ねた。
昼の配信の切り抜きが、知らない誰かに拡散されている。
その中に、短い言葉が混じっていた。
『鴉さん、葵ちゃんを助けてくれてありがとう』
DMも混じっていたが、今は開く気になれなかった。
さくらのメッセージが、まだそこに残っていた。
返事の来ない画面を、いつまでも閉じられなかった。
◇
翌朝、俺はほとんど眠れないまま、窓の外が白んでいくのを見ていた。
首輪型デバイスが、首元で短く震える。
バッテリー残量は少ない。
でも、充電ケーブルを挿す気にはなれない。
いつもなら、さくらがサムネやタイトルに小言を飛ばしてくる。
俺の跳ねた髪を見て、「素材は悪くないんだから整えなよ」と笑う。
その声が、今はない。
昨日の切り抜きは、まだ伸び続けている。
通知リストには、知らないアカウントからの反応が積み上がる。
普段なら一つひとつ見ていた。
今は無理だ。
頭の中は、さくらとWWUの公式声明で埋まっている。
〈本日よりWWUは日本首都圏の保護統治を行う 応龍〉
首都圏の保護統治。要するに、東京は陥落したってことだ。
アメリカや中国を支配しているAIが、とうとう日本にも手を伸ばした。
視界の端に、WWUからの新着通知が割り込む。
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▶︎ 黒羽翔大様 社会適性査定 結果通知
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俺個人あての査定。
こんな朝イチで欲しい通知じゃない。
開くと、先頭に俺のスコアが一覧で並ぶ。
┌──────
社会適性査定 結果通知
黒羽翔大様
全市民の幸福を最適化するため、WWUは社会適性査定を行っております。結果は下記のとおりです。
総合 C+
インテリジェンス B
フィジカル C
カリスマ B
マネジメント B
メンタル D
……
──────┘
「……メンタルD。大学を中退してニートだしな。余計なお世話だが」
スコアの下には、算出根拠が続く。
高校の定期試験の点数。大学の取得単位と中退日。
駅、大型商業施設、大通りの防犯カメラに残った言動。
閲覧サイトの分析、SNSや投稿動画での発言の傾向。
俺の部屋を覗かれたわけじゃない。
外に残った痕跡だけで、俺という人間が勝手に組み立てられている。
目を動かせない。
さらに下には、生活改善、コミュニケーション改善と細かい指摘が並んでいる。
読んでも理解が追いつかない。
昨日今日で作った評価ではない。
WWUは、前から俺を見ていた。
採点の次は、俺への救済と、引き換えの条件だった。
┌──────
【基本生活保障制度について】
日本政府による所要手続きが完了次第、WWU保護統治下の成人市民には月額四十万円を支給します。
給付には、社会適性査定に基づく最適化手続きへの参加が必要です。期日内に下記手続きを完了してください。
【就労最適化について】
未就業者は社会適性に応じた職業面談の対象として登録されます。
以下のリンクから、いずれかの企業を選択し、三日以内に面談を完了してください。
①大和生活基盤(株)
職種:区域支援員
概要:高齢者世帯の生活支援
②東京住宅運営(株)
職種:コンシェルジュ
概要:タワーマンションの居住者サポート
③東京学習(株)
職種:チーム学習ファシリテーター
概要:少人数学習班の進行
【最適婚約者支援制度について】
25歳以上で伴侶のない者は最適婚約者支援制度の対象として登録されます。
24時間以内に、以下候補者への希望順位をご提出ください。
いずれの候補者も、離婚確率0.1%以下、相互幸福利得係数135.0%以上の異性に限定されています。
【あなたの最適婚約者候補】
……
──────┘
その下には、会ったこともない女性の顔写真が五人分並ぶ。
キャラ選択画面みたいだ。
違うのは、選択肢のリロールボタンがないことだ。
最初は気持ち悪かった。
やりたいと思えない職業を押しつけられ、知らない相手を最適な婚約者にされる。
勝手に見られ、勝手に採点され、これが最適解だと決めつけられる。
俺に残されているのは、OKボタンを押すだけ。
へどが出るような気持ち悪さ。
それが一瞬で、頭に血が上るような怒りに塗りつぶされた。
「……ふざけんな! こんなクソゲー、誰がやるんだ!」
勝手に大声になった。
能力値を並べられて、その使い道まで決めつけられる。
「人の人生をオート進行にすんなよ!」
キャンセルボタンなんてどこにもない。
失敗続きで半端者だとしても、これを黙って受け入れるほど、物分かりはよくない。
「俺の人生を決めたいなら、俺のクソみたいな過去を肩代わりしてみろ! できないなら、最適化とか偉そうに言うな!」
そこへ、新しい通知が割り込む。
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▶︎ 黒羽さくら様に関するご連絡
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さくらの名前を見た瞬間、すぐに開く。
┌──────
黒羽翔大様
黒羽さくら様は、エラー市民と判定され、現在、小菅教育センター(旧東京拘置所)に収容されております。
総合評価がS級以上のため、特別矯正教育の対象に指定されました。
国内に該当施設が存在しないため、北京の矯正施設へ移送いたします。移送予定日は6月23日です。
移送までの期間、面会対応は行っておりません。
──────┘
俺は、その文面を何度も読む。
「……S級? さくらが?」
エラー市民。S級。特別矯正教育。
分からない言葉ばかりだった。
それでも、分かったことはある。
さくらは小菅にいる。
6月23日には、北京へ送られる。
矯正。
その二文字を見た瞬間、気持ち悪くなった。
通知の言葉はきれいに整っている。
けど、俺には、妹を別の何かに作り変える宣告にしか読めない。
怖い。
さくらが消える。
画面を閉じようとして、指が震え、通知を二度タップした。
両親には、昨夜のうちに連絡した。
知り合いに声をかける、できるだけ早く戻る。
そう返ってきたが、東京へ入る道はもう封鎖されている。
朝のニュースでは、江戸川だけでなく、相模川や利根川の橋、鉄道、空港の制限まで流れている。
首都圏は、外から入るにも、内から出るにも、灰色の機械に握られている。
今、動けるのは、俺だけだ。
さくらは、俺ならなんとかしてくれると本気で思っていたはずだ。
「コマンド。6月23日までの残り日数」
〈残り日数:19日〉
「コマンド。東京拘置所を地図で」
〈東京拘置所 現在地から直線距離:約7.8km〉
場所は意外と近い。
なのに、その道は灰色の機械で塞がれている。
ARコンタクトの端に、通知本文の最後の一行がまだ残っている。
面会対応は行っておりません。
「――会わせる気、ないんだな」
待っていたら、十九日なんてすぐに消える。
だったら、俺が助け出す。
妹を、取り戻す。




