↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/51

第4話 こんなクソゲー、誰がやるんだ

 その日、俺は、柴又《しばまた》の街でさくらを探し続けた。

 自宅の周りを探し、橋の方から戻ってくる人に声をかけた。

 美咲《みさき》ちゃんの家の近くまで行ったけれど、二人はどこにもいなかった。


 近所の人が、灰色のロボットから逃げる女の子二人を見たと言った。

 二人は黒いドローンに追われて、最後はWWU(ユニオン)に連れ去られた。

 その先を聞ける相手は、誰もいなかった。


 夜になっても、さくらは帰ってこなかった。

 部屋に戻っても、明かりを点ける気になれない。

 さくらに何度メッセージしても、既読はつかない。


 画面の端で通知が跳ねた。

 昼の配信の切り抜きが、知らない誰かに拡散されている。

 その中に、短い言葉が混じっていた。


『鴉《からす》さん、葵《あおい》ちゃんを助けてくれてありがとう』


 DMも混じっていたが、今は開く気になれなかった。

 さくらのメッセージが、まだそこに残っていた。

 返事の来ない画面を、いつまでも閉じられなかった。


◇


 翌朝、俺はほとんど眠れないまま、窓の外が白んでいくのを見ていた。


 首輪型デバイスが、首元で短く震える。

 バッテリー残量は少ない。

 でも、充電ケーブルを挿す気にはなれない。


 いつもなら、さくらがサムネやタイトルに小言を飛ばしてくる。

 俺の跳ねた髪を見て、「素材は悪くないんだから整えなよ」と笑う。

 その声が、今はない。


 昨日の切り抜きは、まだ伸び続けている。

 通知リストには、知らないアカウントからの反応が積み上がる。


 普段なら一つひとつ見ていた。

 今は無理だ。

 頭の中は、さくらとWWU(ユニオン)の公式声明で埋まっている。


〈本日よりWWU(ユニオン)は日本首都圏の保護統治を行う 応龍《インロン》〉


 首都圏の保護統治。要するに、東京は陥落したってことだ。

 アメリカや中国を支配しているAIが、とうとう日本にも手を伸ばした。


 視界の端に、WWU(ユニオン)からの新着通知が割り込む。


━━━━━━━━━━━━━

 ▶︎ 黒羽《くろば》翔大《しょうた》様 社会適性査定《しゃかいてきせいさてい》 結果通知

━━━━━━━━━━━━━


 俺個人あての査定。

 こんな朝イチで欲しい通知じゃない。


 開くと、先頭に俺のスコアが一覧で並ぶ。


┌──────

 社会適性査定 結果通知

 黒羽翔大様


 全市民の幸福を最適化するため、WWU(ユニオン)は社会適性査定を行っております。結果は下記のとおりです。


 総合       C+

 インテリジェンス B

 フィジカル    C

 カリスマ     B

 マネジメント   B

 メンタル     D

 ……

           ──────┘


「……メンタルD。大学を中退してニートだしな。余計なお世話だが」


 スコアの下には、算出根拠が続く。


 高校の定期試験の点数。大学の取得単位と中退日。

 駅、大型商業施設、大通りの防犯カメラに残った言動。

 閲覧サイトの分析、SNSや投稿動画での発言の傾向。


 俺の部屋を覗かれたわけじゃない。

 外に残った痕跡《こんせき》だけで、俺という人間が勝手に組み立てられている。


 目を動かせない。

 さらに下には、生活改善、コミュニケーション改善と細かい指摘が並んでいる。

 読んでも理解が追いつかない。


 昨日今日で作った評価ではない。

 WWU(ユニオン)は、前から俺を見ていた。


 採点の次は、俺への救済と、引き換えの条件だった。


┌──────

 【基本生活保障制度について】

 日本政府による所要手続きが完了次第、WWU(ユニオン)保護統治下の成人市民には月額四十万円を支給します。

 給付には、社会適性査定に基づく最適化手続きへの参加が必要です。期日内に下記手続きを完了してください。


 【就労最適化について】

 未就業者は社会適性に応じた職業面談の対象として登録されます。

 以下のリンクから、いずれかの企業を選択し、三日以内に面談を完了してください。


 ①大和生活基盤(株)

  職種:区域支援員

  概要:高齢者世帯の生活支援

 ②東京住宅運営(株)

  職種:コンシェルジュ

  概要:タワーマンションの居住者サポート

 ③東京学習(株)

  職種:チーム学習ファシリテーター

  概要:少人数学習班の進行


 【最適婚約者支援制度について】

 25歳以上で伴侶《はんりょ》のない者は最適婚約者支援制度の対象として登録されます。

 24時間以内に、以下候補者への希望順位をご提出ください。

 いずれの候補者も、離婚確率0.1%以下、相互幸福利得係数《そうごこうふくりとくけいすう》135.0%以上の異性に限定されています。


 【あなたの最適婚約者候補】

 ……

           ──────┘


 その下には、会ったこともない女性の顔写真が五人分並ぶ。


 キャラ選択画面みたいだ。

 違うのは、選択肢のリロールボタンがないことだ。


 最初は気持ち悪かった。

 やりたいと思えない職業を押しつけられ、知らない相手を最適な婚約者にされる。


 勝手に見られ、勝手に採点され、これが最適解だと決めつけられる。

 俺に残されているのは、OKボタンを押すだけ。


 マジで無理すぎる。

 次の瞬間にはブチギレた。


「……ふざけんな! こんなクソゲー、誰がやるんだ!」


 勝手に大声になった。


 能力値を並べられて、その使い道まで決めつけられる。


「人の人生をオート進行にすんなよ!」


 キャンセルボタンなんてどこにもない。

 失敗続きで半端者だとしても、これを黙って受け入れるほど、物分かりはよくない。


「俺の人生を決めたいなら、俺のクソみたいな過去を肩代わりしてみろ! できないなら、最適化とか偉そうに言うな!」


 そこへ、新しい通知が割り込む。


━━━━━━━━━━━━━

 ▶︎ 黒羽さくら様に関するご連絡

━━━━━━━━━━━━━


 さくらの名前を見た瞬間、すぐに開く。


┌──────

 黒羽翔大様


 黒羽さくら様は、エラー市民と判定され、現在、小菅《こすげ》教育センター(旧東京拘置所《とうきょうこうちしょ》)に収容されております。

 総合評価がS級以上のため、特別矯正(きょうせい)教育の対象に指定されました。

 国内に該当施設が存在しないため、北京の矯正施設へ移送いたします。移送予定日は6月23日です。


 移送までの期間、面会対応は行っておりません。

           ──────┘


 俺は、その文面を何度も読む。


「……S級? さくらが?」


 エラー市民。S級。特別矯正教育。

 分からない言葉ばかりだった。

 それでも、分かったことはある。


 さくらは小菅にいる。

 6月23日には、北京へ送られる。


 矯正。

 その二文字を、頭が受け付けなかった。

 通知の言葉はきれいに整っている。

 けど、俺には、妹を別の何かに作り変える宣告にしか読めない。


 怖い。

 さくらが消える。


 両親には、昨夜のうちに連絡した。

 知り合いに声をかける、できるだけ早く戻る。

 そう返ってきたが、東京へ入る道はもう封鎖されている。


 朝のニュースでは、江戸川だけでなく、相模川《さがみがわ》や利根川《とねがわ》の橋、鉄道、空港の制限まで流れている。

 首都圏は、外から入るにも、内から出るにも、灰色の機械に握られている。


 今、動けるのは、俺だけだ。

 さくらは、俺ならなんとかしてくれると本気で思っていたはずだ。


「コマンド。6月23日までの残り日数」


〈残り日数:19日〉


「コマンド。東京拘置所を地図で」


〈東京拘置所 現在地から直線距離:約7.8km〉


 場所は意外と近い。

 なのに、その道は灰色の機械で塞がれている。


 AR(拡張現実)コンタクトの端に、通知本文の最後の一行がまだ残っている。

 面会対応は行っておりません。


「――会わせる気、ないんだな」


 待っていたら、十九日なんてすぐに消える。

 だったら、俺が助け出す。


 妹を、取(・)り(・)戻(・)す(・)。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。