第3話 コントローラーを握れば、ここだけは俺の戦場だ
狙うなら、ローターの軸だ。
このロープを巻き込ませれば、落とせるはず。
五メートルほどの長さのストリンガーを、胴体の下にテープで仮留め。
引っ張られたら、ストリンガーだけ外れるようにする。
ベランダの端に置き、ゴーグルを被る。
次の瞬間、視界に映るのは、あの人と十二機のドローン。
「コマンド。配信をドローンカメラに変更」
〈配信カメラをFPVドローンに切り替えました〉
包囲網は、ゆっくり回っている。
真壁隊員は踏みとどまっているように見えた。
だが、高度だけが少しずつ落ちている。
ばらばらに見えて、全部が連動して隙間を潰すように動いている。
人間が慌てて囲む動きとは違う。
逃げ道を順番に消す、ゲームの上位帯で嫌になるほど見た追い込み方だ。
ゲームと似ているなら先が読める。
狙うのは、そこだ。
ライン取りを間違えなければ、いける。
いや、通す。
「上の一機にロープを食わせる。落ちたら下も巻き込む。穴が開いたら――あの人が抜ける!」
:二機まとめて?
:無茶だろ
:そんなの狙えるのかよ
:やめとけ、爆発したら終わる
:他に誰が行くんだよ
:ここで外したら戦犯だぞ
:頼む、鴉
「戦犯、ね。ゲームなら謝って終わりなんだけどな」
今回は、軽いスティックの先に、あの人の未来がぶら下がっている。
「底辺ゲーム実況者に投げる難易度のミッションじゃねえだろ、これ……。けど、コントローラーを握れば、ここだけは俺の戦場だ」
十二機の包囲網に、一本の線が見える。
「行くぞ」
スティックを押し込む。
ドローンがベランダを飛び出す。
川風が白い機体を横へ押した。
俺は流される分だけ、逆に横方向へ調整する。
ロープを吊った分、いつもより機体の反応が鈍い。
画面でロープの流れを見て、親指の感覚で合わせるしかない。
見つからないように、江戸川の水面ギリギリを飛ばす。
低空で止められた真壁隊員。
その周囲を回る、十二機の黒い機体。
近づきながらタイミングを測る。
ここで迷い、俺の親指が遅れた分だけ、あの小さな背中が追い込まれる。
十二機全部を追う必要はない。
輪の呼吸を乱した一機だけを見ればいい。
真壁隊員のジェットの風で、一番下の機体が揺れる。
中段、上段の機体は、包囲を戻すために遅れて動く。
三つの予想される動きが、一つの線に重なる。
「そこ」
三機が一直線になるタイミングで、スティックを倒して急上昇。
最上段の黒い機体を越えた瞬間、逆V字を描くように機首を落とす。
その動きに引かれて、たわんだロープがローターの軸へ滑り込む。
仮留めが外れる。
すぐに一機目が落ちる。
垂れたロープが、下の二機のローター軸にも絡む。
「一、二、三」
三機が、絡み合いながら、隊形から墜落していく。
:落ちた!
:三機いった!?
:すげー、やりやがった
:釣り具で軍用ドローン落としたぞ
穴は開いた。だが、まだ足らない。
「もう一機!」
急旋回して、開いた側に残る一機の真上へかぶせる。
ほとんど接触する距離。
敵機の動きを読み、ぴたりと追従させる。
自機の下降気流を、相手の機体へ押しつける。
上から叩きつける風で、黒い機体が姿勢を大きく乱す。
:これ、何!?
:上から風ぶつけた?
:ドローンって近寄りすぎると気流乱れて最悪落ちる
:鴉、そんなの狙ったのか
包囲網の穴が広がる。
今しかない。
真壁隊員が動く。
背中のジェット炎が太くなり、北東の開いた穴へ、身体を倒す。
残ったドローンが一斉に閉じ直す。
だが、遅い。
四機分の穴は、すぐには埋まらない。
その隙間を、小さな身体が通り抜けた。
「抜けた!」
俺の声と、コメント欄の爆発が重なった。
:抜けたあああああ
:マジで助かった
:今の神業だろ
:ハチドリ隊の人、助かった?
:今の録画残ってるよな?
:切り抜き確定だろこれ
:保存しろ
:これ絶対あとで広がる
画面右下の数字が、目に入る。
〈視聴者数:86〉
100人にも届いていない。
けど、その86人は見ていた。
釣り具をぶら下げた白い機体が、自爆ドローンの包囲をこじ開けた瞬間を。
これまでの俺の人生で、この86人ほど濃い数字はなかった。
真壁隊員は、千葉側へと江戸川を越えていく。
残ったドローンのいくつかが追おうとするが、江戸川の真ん中あたりで帰ってくる。
「よし!」
だが、ミッションクリア、なんて軽く言える状況じゃなかった。
ゴーグルの端で、バッテリー残量が赤く点滅している。
河川敷へ緊急着陸。
カメラが斜め上で止まり、動かない。
遠くに、飛び去っていく小さな背中が映っている。
ジェットの炎が、短く数回、明滅。
お礼だと、勝手に受け取った。
取り残された白い機体へ、自爆ドローンが一つ、二つと近づいてくる。
:囲まれてる
:回収できる?
:いや無理だろ
「あれ、けっこう高かったんだけどなぁ……」
俺はゴーグルを外す。
遠くで、俺の機体が黒い群れに囲まれている。
さっきまで俺の目だったものが、もう俺の届かない場所にある。
「配信はここまで。都心ヤバい、外に出るな。江戸川に近づくな。以上」
:葵ちゃん助かってよかった!
:鴉おつ
:おみごとですわ
:これ保存しとけ
:切り抜き誰か頼む
「コマンド。配信終了」
〈ライブ配信を終了しました。
警告:配信アカウントへの不審な外部アクセスを検知しました。自動保護により、アクセスはブロックされました〉
部屋の音が、急に戻ってきた。
ファンの回る音。
遠くのサイレン。
自分の息。
机の上には、飲みかけのエナドリ。
モニターには、配信終了の文字。
ゲームならリザルト画面が出るところだ。
「……マジで、助けられたのか」
あの瞬間だけは、コントローラー越しに手が届いた。
その実感が、遅れて来る。
ARコンタクトの端に、未読通知が一つ。
差出人は、妹のさくら。
今の配信を見て、心配してくれたんだと思った。
『みーちゃんが――お兄ちゃん、助けて』
そこで、メッセージは途切れていた。
今日は、さくらは友達の美咲ちゃんの家にいるはずだった。
俺はすぐに音声入力で返信する。
『美咲ちゃんがどうした?』
『返事してくれ』
『さくら、今いる場所を送って』
既読は、つかない。
ビデオ通話をコールしても、呼び出し音は鳴らない。
さっきまで、俺は空の誰かを助けた気でいた。
画面の外で。
妹が、消えていた。




