表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/42

第2話 ゲームなら、これは詰んでいる

 車列の前の方では、すでに人が逃げ始めている。


 スーツ姿の男が、ドアを開けたまま走る。

 配送車の運転手は、荷台の扉も閉めず、伝票の束を落としている。


 後ろの方は、まだ状況を飲み込めていない。

 窓を開けて前方をのぞく人、クラクションを鳴らす人。


 そこへ速報が流れ、車列の後ろまで、一気に混乱が広がった。


 老夫婦が、ガードレール沿いに寄る。

 子供を抱えた母親は、片方だけ脱げた靴を見捨てて、人の流れに押されていく。


:パニックじゃん

:どうするのが正解なんだこれ

:普通に怖い

:これマジで現実なの?????


 都心へ戻る者もいる。

 他の橋へ徒歩で向かおうとする者もいる。


 行き先はバラバラなのに、誰もが橋の方を何度も何度も振り返る。


 カメラを河川敷へ振る。

 混乱を避け、橋から離れようと人々が土手沿いへ流れ出す。


 その江戸川の上空を、人影が滑るように横切る。


「人が飛んでる……!?」


:空中機動キャラきた

:ハチドリ隊じゃん

:自衛隊のジェットスーツ部隊

:リアルにイベント湧いとる

:背中と腕の噴射で飛ぶやつな


 ハチドリ隊の名前は知っている。

 けど、現実の空に人間が浮いている。

 理解がすぐには追いつかない。


 ハチドリ隊員は橋へ向かうが、近づきすぎない。


 少し手前で減速し、ジェットの噴射を細かく揺らしながら空中にとどまる。

 口元が動き、何かを大声で伝えているように見える。


「偵察してるのか」


:来るの早くね??

:誰だろ? 紫苑しおんちゃんかあおいちゃんかな?

:近くで訓練してたやつ?

:葵ちゃんだったら熱い


 ふと、小型観光船の乗り場が俺の視界に入った。

 川を渡ろうとする人々が、列を作ろうとしている。

 それでも不安に押されて、前へ前へと人が詰めかけている。


「――あそこの桟橋、人が押し寄せすぎててヤバい」


 俺はカメラを桟橋へ向ける。


:どこ?

:見えん

:鴉カメラ下手

:右下?


 桟橋の端から、小さな身体が江戸川へ落ちた。

 子供だ。


 水しぶき。


「やば、落ちた!」


 流れが、子供をあっという間に下流へ運んでいく。


:あ、誰か落ちた

:子供やばい

:配信してる場合か

:110番しろ


 異変に気づいたハチドリ隊員の動きが変わる。

 橋へ向いていた身体を、川下のこちら側へ向ける。


:あ、ハチドリ気づいた?

:そこから間に合う?

:ギリじゃね


 次の瞬間、落ちた子供へ一直線に身体を倒した。

 腕と脚の間の翼面が風を掴み、ばっと広がる。

 明るい灰色のジェットスーツが川面の数メートル上まで一気に降下。


 子供の真上は避け、少し斜め上で止まる。

 腰の装備が開き、輪のついたロープが伸びた。


:いけ

:届いて

:手伸ばせ!


「掴めええええ!」


 子供の手が、ロープに届かず空を切る。

 やばい、届かない。


 だが、もう片方の手をめいっぱい伸ばし、ぐっとロープを捉えた。

 ジェットスーツの噴流が太くなる。


 抱え上げて飛ぶ余裕はない。

 水面を滑らせるように、いちばん近い岸へ引き寄せる。


 岸辺から、母親らしき女性が膝下まで浸かりながら駆けつける。

 助かった子供が、母親の腕の中へ転がり込む。


「いや、マジで無事でよかった!」


:助けた

:すげえ

:神


 隊員も一度岸に降り立ち、噴射を切ってロープを巻き取る。

 泣いて頭を下げる母親の横に立つと、急にその小ささが分かる。

 大人の女性としては、頭ひとつ以上、背が低い。


 バイザーの下の横顔は落ち着いていて、面倒見のいい年上のお姉さんみたいだった。

 身体の線が出るほど、ぴっちりした飛行服。

 そこに両腕と背中のジェットだけが大きく付いている。


 隊員は濡れた子供に向かってわずかに微笑み、手首から先だけを小さく振る。

 その笑い方は、戦場に似合わないくらい柔らかい。


:あれって葵ちゃんじゃん!

:さすが救助のプロ


「葵ちゃんって、あの山岳救助の?」


:そう

:切り抜きで見たやつ

:小さいけど飛び方えぐい人

:実在したのか


 葵ちゃん。

 ハチドリ隊の【真壁まかべ あおい】か。

 切り抜きで何度か見たことがある名前だ。

 山岳救助動画でバズったことのある、空を飛ぶ女性自衛官。


「本物速すぎ。こんな動きするのか」


 真壁隊員は短く一礼し、再浮上の姿勢に入る。

 背中と握った両手の先から、青い炎が細く立ち上がる。


 岸辺から三メートルほど浮上。


 ――その瞬間、上空から黒い点が降ってきた。


「……は?」


 一機、二機、三機。

 橋の上空にいた機体だろうか。

 黒い機体のドローンが、見る間に隊形を整えていく。


:え

:マジ?

:やばくね

:救助直後に敵襲はひどい


 数え終わる前に、包囲網が完成する。


「十二機」


 川の上にいたとき、ドローンは動かなかった。

 けれど今、真壁隊員の身体は東京側の岸の上にある。

 支配地域への侵入者と判定されたのだろう。


 真壁隊員を中心に、黒い機体が球体のおりを作る。

 輪をずらしながら旋回し、逃げ道を塞いでいく。


:これ、ヤバいって!

:軍用だろこれ

:ボス部屋の扉閉まったやつ

:さっき爆発してたやつじゃん

:葵ちゃん逃げて


 彼女は視線だけを動かした。

 上空を見る。

 次に川側。

 橋側。

 都心側。


 どこにも、抜ける場所がない。

 ゲームなら、これは詰んでいる。


 全機が連動して旋回し、上空の数機が少しずつ高度を下げる。

 天井が降りてくるみたいに、彼女を下へ追いやる動きだ。


 下はまだ空いている。

 けれど、下がるほど逃げる角度は減る。


 音は、ここまで届かない。

 けれど何を命じられているのかは、見れば分かる。


 飛ぶな。

 降りてエンジンを切れ。


 真壁隊員の背中の炎が、細くなる。

 誰かと話しているようで、口元が忙しなく動いている。

 彼女は上昇を止め、河川敷の少し上に留まる。


 さっき救われた子供が、母親の腕の中で空を見上げている。

 その頭上で、子供を救った小さな背中が爆弾の輪に閉じ込められていた。


「こうなるリスク、考えなかったのか……」


 俺と違って、あの人は先に飛んだ。

 助けられるかどうかを考える前に、もう身体が動いていた。


:降りたらどうなるの? 捕まるやつ?

:これ、もう戦争だろ、捕虜扱いだよ

:鴉!葵ちゃん助けて!

:無理だろ

:でもあの人、さっき子供助けたんだぞ

:鴉もドローン持ってるだろ!


「ゲーム実況者に、何を期待してんだよ!?」


 口ではそう返しつつ、足はもう動いていた。


 ベランダから部屋へ戻る。

 白いドローンをひっつかむ。

 電源オン。


 リアルの俺には彼女みたいに、空へ飛び出す勇気も、能力もない。

 けど、コントローラー越しなら届くかもしれない。


 誰かを助けた人が、助けたせいで追い詰められている。

 そんなシーンを、見ているだけで終わらせたくなかった。


 問題は包囲網。

 崩すしかない。


 こいつはレーシング用。

 大きいものは運べない。

 電池も五分ぐらい。


 体当たり?

 いや、俺のドローンが先に死ぬ。


 釣りバッグを漁り、目についたストリンガーを取り出す。


:何それ?

:釣り道具?

:ストリンガーだよ、魚つないどくやつ

:それで何する気?

:釣るの?


「包囲網を崩す」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ