第1話 東京、これ負け確イベントかもしれん
―――2039年6月3日 東京 葛飾区柴又―――
自室にて、俺はゲーム実況の配信中だった。
「三回目いくぞ。勝ったら約束どおりチャンネル登録な」
:防具なしカエル頭で勝てるわけないだろ
:勝てたら登録してやる
:一回目は開幕爆発で即死したくせに
「カエル魂ぃ!」
防具なし。
見た目だけのカエル頭。
両手に刀。
:さっきは赤目見た瞬間、硬直して黒炎直撃だったろ
:見たら硬直する初見殺し
:泣きの三回目なのに偉そうで草
初見殺しを二つ回避。
順調にダメージを蓄積する。
黒いドレスの魔女が、杖をくるりと回す。
白い肌に、黒い炎がまとわりついた。
:暴走きた
:HP20%切ると速度1.3倍のやつ
:はい終了
:カエル魂、ここまで
「右、左、遅れて突き。見えてる」
魔女の杖が速くなる。
けど、見える。
行動パターンは変わってない。
俺は一歩だけ引き、黒炎の突きを空振らせて、胴へ刀を入れる。
:は?
:それ避けるの?
:終わらないんかい
:カエル頭なのに動きだけプロ
:今の見えてるのキモい
:魔女さん話が違うって顔してる
ボスの体力バーが、残り一割を切った。
:おいマジでクリアするぞこれ
:登録の準備しろ
:初見三回目、防具なし、カエル男です
:鴉やりやがった
:勝つな。登録したくない
その瞬間、ボスが止まった。
「……ん?」
杖も、指先も、足も動いていない完全停止。
次の瞬間、画面いっぱいに白い魔法陣が広がった。
「は?」
近距離。
全方位。
即死級攻撃。
画面には、敗北の赤い文字。
「初見殺し多すぎだろ、この、クソゲーがっ!」
:ぷぎゃああああ
:はい初見殺し
:魔女さん最後に空気読まない
:登録回避!
:勝ったと思った?
:残念でした
「くそっ、時間なので昼配信はここまで。みなさんご視聴ありがとうございました。チャンネル登録、グッドボタンよろしくお願いします。また夜にお会いしましょう」
:カエル、死亡確認
:このゲーム、性格悪すぎて草
:今のは無理w
:でも防具なしで残り一割まで行ったの普通におかしい
「コマンド。配信終了」
〈ライブ配信を終了しました。本日の同接ピーク:24人〉
首輪型デバイスのAIエージェントが、PCを操作する。
「コマンド。未返信をリストアップ」
〈鴉の塒:コメント1件〉
鴉の塒。
俺のゲーム実況チャンネルだ。
配信名は鴉。
本名は【黒羽 翔大】、二十五歳。
世間的な分類では、たぶんニート。
異議はある。
プロゲーマー志望という肩書きは、まだ捨てていない。
『鴉さんの動画の通りにやったら、血の薔薇園のボスを初めて一人でクリアできました』
「コマンド。鐘鳴らしの巨人をオススメする返信案、短めで」
〈返信案を作成しました〉
表示された文面が丁寧すぎる。
しかも、存在しない武器をすすめている。
なんだこれ。
半分以上を消して、いつもの自分の言葉へ直していく。
『ナイスです。次は鐘鳴らしの巨人がオススメです。血の薔薇園で赤棘を集めて、出血付きの曲刀を作っておくと安定します』
送信。
通知は、それで終わり。
俺の日常、だいたいこんな感じだ。
視界の端で、白いFPVドローンの充電ランプが点滅していた。
その隣には、まだ片づけていない釣りバッグ。
モニターには、妹のさくらが勝手に貼ったメモが残っている。
頼んでもいない新しい動画企画。
その下には丸い字でこう書いてある。
『今日こそ登録者増える!』
字の横に、雑な鴉の絵まで描いてある。
下手くそなのに、なぜか妙に楽しそうな顔をしていた。
「なかなか増えねえんだよな、これが」
先月の収益は、五万円ちょっと。
機材とゲーム代で、だいたい消える。
コミュニティ大会で名前が出たことはある。
でも、それで食えるほど甘くない。
プロチームのトライアウトは返事待ち。
親との通話は、だいたい「仕事はどうする」で終わる。
それでも、さくらだけは信じていた。
コメントゼロで寝た夜も、朝にはあいつの応援コメントだけが増えていた。
「いつまで夢見てんだろうな、俺……」
小さくぼやいて、マグカップを机に戻す。
――――そのとき、止まっていた景色が動く。
視界の端で窓ガラスが震える。
戻したばかりのコーヒーにも小さな波紋。
ちらりと窓の外を見て、目を見開く。
配信を切ったばかりなのに、もう一度カメラを回さなきゃと思った。
頭は追いついていないのに、配信開始ボタンを叩く。
〈ライブ配信準備中……直前の配信設定を引き継ぎます〉
〈2039/6/3 配信中 視聴者数:3〉
:カーカー(こんにちは)
:また始まった
:さっき終わったばっかだろ
:カエル頭リベンジ?
「い、今、緊急で動画回してます!」
聞いたことのある言葉を借りた。
黙っていたら、手の震えまで画面に映りそうだ。
:延長戦助かる
:闇夜の狙撃手の名乗り忘れてるぞ
:緊急動画のテンプレじゃん 言ってみたかっただけ?
さっきまでいた常連が、また反応してくれる。
〈視聴者数:12〉
もう一度、窓の外へ目を戻す。
近くの橋の方から、黒い煙が上がっている。
「結論から言う。東京、これ負け確イベントかも」
:は?
:何それ
:開幕から世界滅亡ルート?
:チュートリアル飛ばした?
「ゲーム実況かと思った人、悪い。今回はゲームじゃない。窓の外、ヤバいから見て」
ヘッドフォンを外す。
それまで聞こえていなかったクラクションとサイレンが、一気に部屋へ流れ込んでくる。
首輪型デバイスのカメラに配信を切り替え、ベランダに出る。
出た瞬間、焦げた火薬の匂いが鼻に刺さる。
新葛飾橋の手前で、車列が止まっている。
江戸川を越えられない。
いつもの渋滞じゃない。
道そのものが、止められている。
東京側のたもとには、斜めに止まったコンテナトラック。
そのそばに、灰色の人型ロボットが六体。
「――あの灰色は、世界幸福連合、WWUのNPIだ。ここ柴又なんだけど、東京から千葉に抜ける橋が、封鎖されている」
NPIは、AIが動かす人型ロボットだ。
人間より少し大きく、顔面部の黒いモニターには、不気味な笑顔マークが表示されている。
それが六体も、橋のたもとに並んでいる。
動画では見たことがある。
けど、実物は初めてだ。
NPIがいるなら、次にBULKが現れてもおかしくない。
BULKは、三メートルを超える大型ロボットだ。
戦車の十分の一のコスト、二十分の一の重量で、同数の戦車を打ち破るゲームチェンジャー。
アメリカ軍や中国軍が圧倒される映像を、俺は覚えている。
だから「負け確イベント」は、冗談ではない。
:ロボットいるじゃん
:橋を通行止めしてる?
:これ生中継?
:橋封鎖イベント始まってる
:敵の配置ガチすぎる
千葉側では、一般車が次々にUターンしている。
車で埋まっているはずの橋の上は空っぽだ。
橋の上空に浮かんでいる黒い点の群れ。
たぶんWWUの自爆ドローンだ。
中央付近には焦げた残骸が煙を出している。
「ドローンを自爆させたのか」
対岸では、警察や消防の車両が、Uターンする車の流れを押し分けて橋へ近づいている。
先頭の警察車両が橋へ入りかけた瞬間、上空の黒い点が一つ落ちる。
爆発。
車両の数メートル前で、アスファルトが弾ける。
警察車両が急停止し、後ろの消防車も斜めに止まった。
:うわっ
:警察に落とした!?
:え、普通に攻撃してるんだけど
:これマジで現実なの?
:ヤバすぎだろ
「二発目の警告か」
ARコンタクトに、速報が流れてくる。
〈霞が関方面で連続した爆発音〉
〈国会中継切断。首班指名本会議、開始直後〉
:霞が関で爆発音、国会中継切断って速報出てる
:やばくね、今日って次期首相決める日じゃなかったっけ
車列の前の方では、すでに人が逃げ始めている。
スーツ姿の男が、ドアを開けたまま走る。
配送車の運転手は、荷台の扉も閉めず、伝票の束を落としている。
後ろの方は、まだ状況を飲み込めていない。
窓を開けて前方をのぞく人、クラクションを鳴らす人。
そこへ速報が流れ、車列の後ろまで、一気に混乱が広がった。
老夫婦が、ガードレール沿いに寄る。
子供を抱えた母親は、片方だけ脱げた靴を見捨てて、人の流れに押されていく。
:パニックじゃん
:どうするのが正解なんだこれ
:普通に怖い
:これが今、起きてるの???
都心へ戻る者もいる。
他の橋へ徒歩で向かおうとする者もいる。
行き先はバラバラなのに、誰もが橋の方を何度も何度も振り返る。
カメラを河川敷へ振る。
混乱を避け、橋から離れようと人々が土手沿いへ流れ出す。
その江戸川の上空を、人影が滑るように横切る。
「人が飛んでる……!?」
:空中機動キャラきた
:ハチドリ隊じゃん
:自衛隊のジェットスーツ部隊
:リアルにイベント湧いとる
:背中と腕の噴射で飛ぶやつな
ハチドリ隊の名前は知っている。
けど、現実の空に人間が浮いている。
理解がすぐには追いつかない。
ハチドリ隊員は橋へ向かうが、近づきすぎない。
少し手前で減速し、ジェットの噴射を細かく揺らしながら空中にとどまる。
口元が動き、何かを大声で伝えているように見える。
「偵察してるのか」
:来るの早くね??
:誰だろ? 紫苑ちゃんか葵ちゃんかな?
:近くで訓練してたやつ?
:葵ちゃんだったら熱い
ふと、小型観光船の乗り場が俺の視界に入った。
川を渡ろうとする人々が、列を作ろうとしている。
それでも不安に押されて、前へ前へと人が詰めかけている。
「――あそこの桟橋、人が押し寄せすぎててヤバい」
俺はカメラを桟橋へ向ける。
:どこ?
:見えん
:鴉カメラ下手
:右下?
桟橋の端から、小さな身体が江戸川へ落ちた。
子供だ。
水しぶき。
「やば、落ちた!」




