第49話 最高の開幕です、ダーリン♡
―――2039年6月17日 夜 東京 小菅―――
:レーザー来る、散れ散れ散れ!
:こっち落ちた
:放水来てる
:正面、水!
:消火栓、三つ
:ダメ、落ちていく
:敵ドローンが遠すぎる!
ダンボール部隊の操縦者チャンネルは、最初から悲鳴で埋まっていた。
小菅へ向かった機体は、二百近い。
距離を取って円状に周回し、全方向から突入予定だった。
複数の消火栓から伸びたホース。
その先にはノズルを構えたNPIたちが、建物を背にし、お互いの死角をカバーしている。
30m より内側へ近づけない。
毎分350リットルの水塊は、もう鈍器だった。
直撃を受けたダンボール機は一瞬でひしゃげ、原形を失った。
濡れただけでも重くなり、ふやけ、落ちる。
雨が来る前に飛び切るはずが、その前に、水で落とされている。
さらに、三機のBULKが肩を振った。
近接防空レーザーが、夜の闇を細く焼く。
敵の自爆ドローンは、飛び立たずNPIの近くに待機している。
放水とレーザーを抜けた機体にだけ、体当たりして潰していく。
:市川橋の動きじゃない
:学習されてる
:放水とレーザーで落として、残りだけドローン
:これ届かない
:誰か正面BULKの目を潰せ!
「……これ無理」
「いったん距離を取れ!」
月読の報告に、玉さんが、短く指示を出す。
まとめて行けば当たるかもしれない。
だが、まとめて行けば一振りのナイフで何機も落とされる。
水風船を当てても、放水でその汚れは落とされる。
「この手は通らない。敵は、ダンボール機を脅威として適切に処理している」
「わかった。こっちも始める」
俺は、荒川の土手の上で、黒塗りのタロンを伏せさせていた。
高い位置の歩道で、道路からは給電されない。
土手のサイクリングロードには街灯がない。
周りが明るい中、ここだけぽっかり闇のポケットになっていた。
〈電源残量:99%/非給電〉
雨の匂いが混じった夜風の中で、黒い機体が静かに、背中の砲身を前へ滑らせる。
タロンの位置から、敵のBULKを見下ろす角度がついている。
この角度なら、外しても地面に刺さる。
ここから先は、隠しても意味がない。
「コマンド。配信開始」
〈ライブ配信準備中……事前準備された設定で配信します〉
〈2039/6/17 鴉の塒 配信中 視聴者数:6.3万〉
:始まった
:鴉!?
:どこ??
:なんで土手?
:タロン伏せてる?
何も言わずに、ただトリガーを引いた。
〈レールガン:残弾 11/12〉
〈警告:レールガン内の温度上昇。再射撃可能まで30秒〉
ゴーグルの映像が縦に跳ねた。
伏せたタロンの両腕が舗装を掴み、黒い巨体が十数センチ後ろへずれる。
先に、BULKの胸が消えた。
マッハ8で飛翔する400g のタングステン弾芯は、金属の塊のまま装甲へ刺さったわけじゃない。
その速度では、ぶつかった瞬間に、弾芯も装甲も固体の形を保てない。
穴が開いた、というより、胸部装甲が内側へ液体みたいに押し流された。
パシィッ! ――ズドォォン!
100m 離れた俺たちのトラックまで、轟音が遅れて届いた。
BULKが爆発したのではない。
この爆音は、マッハ8の質量に無理やり引き裂かれた、大気そのものの悲鳴だった。
赤熱した破片が背中側へ抜け、BULKは支えを失って膝から沈む。
ミニマップで、正門側の赤い機影が灰色に変わる。
〈電源残量:80%/非給電〉
:は?
:一発?
:今の何
:すごい音した
:胸、抜けた?
:タロンやば
:レールガン??
ARコンタクトの端で個別通知が跳ねた。
『かっこいいですわ。最高の開幕です、ダーリン♡』
こんな時にそれを言うな、と思った。
でも、おかげで指の震えは収まった。
撃ってしまった。
きっとリスクは、あとで来る。
だが、今は目の前の敵。
残り二機のBULKが、同時にタロンへ向かってくる。
次弾まで三十秒あると、向こうも分かっている。
だが、急ぐのはこっちもだ。
俺は左スティックを倒した。
タロンが土手を蹴り、黒い機体が小菅へ向かう道路を疾走する。
配信コメントが追いつくより先に、マイクへ声を乗せる。
WWU側も、今のでこのチャンネルを見ているはずだ。
「今夜もエナジー全開の塒へようこそ。常闇のはぐれ鳥、鴉だ!」
:カーカー(こんばんは)
:この状況で名乗るのかよ
:東京拘置所だろこれ
:うちの近く! 音聞こえた!
:この土手、俺毎朝走ってる
:小菅?
「今日の配信は、小菅教育センターからの救出作戦だ。消されないように録画して残してくれ」
:証拠残せってことか
:WWUも見てるよなこれ
:タロン細くなってない?
:市川橋の時より外装減ってる
:背中の線、鉄じゃない?
:光ファイバーっぽい
:後ろのドローンが線持ってる?
玉さんが、操縦者チャンネルへ指示を飛ばす。
「ダンボール部隊、目潰しは捨てる。タロンのケーブルを守れ」
:了解
:ケーブル防衛
:近づくドローン落とせばいいんだな
:相打ちでいい?
「相打ちでいい。近づくドローンを狙え」
背中から伸びるケーブルの先へ、残ったダンボール機が次々と寄っていく。
BULKまであと50m。
練習通り、その二機を60秒で撃破する。




