第48話 わたしたち、どうなるんでしょう
―――2039年6月16日 東京 小菅教育センター ―――
黒羽さくらは、消毒液の匂いがこもる収容棟の隅にいた。
寝具は清潔だった。
食事は温かい。
空調は一定で、体調不良を訴えればNPIが水と薬を持ってくる。
ただし、外部とは面会も通信もできない。
『あなたは幸福になります』
点呼のたびに、その声が天井から降ってくる。
優しい言葉なのに、扉のロック音と同じ冷たさがあった。
同じ部屋には、美咲を含めて女の子が五人集められていた。
さくらは、泣いている小さな子の背中をさすっていた。
その口元から、優しいテンポの鼻歌がこぼれた。
こんなときでも、さくらの音程は乱れなかった。
泣き声が跳ねるたび、廊下のNPIの顔がこちらを向く。
視線に気づくたび、音が細くなりそうになる。
「……北京に行ったら、わたしたち、どうなるんでしょう」
美咲が、小さく聞いた。
さくらは泣きそうになるのをこらえて、少しだけ笑った。
「大丈夫。お兄ちゃんが、絶対なんとかしてくれる」
「ごめんね、さくらちゃん」
「みーちゃんがいなかったら、あたし、ここで一人で泣いてたよ」
美咲は、じっとさくらを見ていた。
強がっているのは、きっとバレている。
それでも自分に言い聞かせる。
「あたしの兄ちゃんは、絶対あきらめない」
何かあったとき、みんなで動けるように。
それまでは、この子たちを落ち着かせる。
さくらは息を整え、また小さく鼻歌を口ずさんだ。
泣き声は、少しずつ、静かになった。
美咲は、さくらの隣で壁にもたれていた。
メガネの奥の目が、廊下の奥と天井のカメラを追っている。
NPIの足音が、左の廊下から来る。
美咲は、唇だけを動かした。
「……35、36、37」
足音が右へ抜ける。
天井の監視カメラは、左を向く時間が少し長い。
泣いている子には、NPIの視線が長く止まる。
美咲は、唇を噛んだ。
わたしが逃げようとしたから、さくらちゃんまでここにいる。
わたしも、何かしなきゃ。
そう思うのに、足はまだ動かなかった。
だから、美咲は、今できることをする。
役に立つか分からない。
でも、美咲は見たものを数えて、覚える。




