第44話 長ぇから、玉手箱でいいだろ
翌朝、斉藤工業の床は、部品の海になっていた。
外された装甲や古いケーブルが、床のブルーシートへ順番に並んでいる。
「完成した」
牙っさんが玉さんから装置を受け取った。
「こいつか。玉さんがここ数日、ずっと詰めてたやつ」
「行動パターンを学習し、次の行動を予測。翔大が、次に入れそうなコマンドを先読みする」
「そこから勝手に動くわけじゃないんだな」
「勝手には動かない。先読みに応じて関節の超伝導モーターを事前に準備するだけだ」
牙っさんが、装置を作業灯へかざす。
「で、それで何が変わるんだ?」
「これまで入力から動作までワンテンポ遅れていたことの解消。一つの関節だと20〜30 ms レベルだが、関節が積み重なると体感できる違いになる」
「駆動系のレスポンス改善か。そりゃ効くぞ」
コントローラーが奪われるわけじゃない。
俺の指だけでは届かない半歩を、先に作る。
「先読みの副次効果で、モーション実行中に次の入力を受け付けられるようになった。要は、コンボと途中キャンセルだ」
「マジか。キャンセル入るのはデカい。できること、一気に増えるぞ」
起動試験の夜、「まだ無理だ」と言われたやつだ。
コマンド入力したら行動が終わるまで待つ、じゃなくなる。
次のコマンドを先に入れれば、スムーズに繋がり、動きが途切れない。
攻撃が外れそうならキャンセルで止める。
止めて、すぐに、別の手に変える。
フェイントも、パリィからの切り返しも、俺の指で組み立てられる。
「何か気をつけることはある?」
「正常系は十分テストした。異常系、例外処理は実機で潰すしかない。どこかが破損、電力不足、ケーブル切断。異常系が複数重なった時の挙動は、作った私にも読めない」
「まぁ、それは仕方ないよな。こいつの名前は?」
「玉響次手行動予測モジュール」
「長いな」
「長ぇから、玉手箱でいいだろ」
「いいな。それなら覚えやすい」
玉さんは片眉だけしかめたが、反論はしなかった。
名前はふざけているが、中身は922回ぶんの入力データだ。
勝手に動く便利機能じゃない。
シミュレーターで積んだ失敗を、次の一手に変えるための箱だ。
◇
さっそく玉手箱を組み込んだタロンで、実機での挙動を確認する。
スペースや音、振動の問題で、工場の中では派手には動けない。
だから、全てゆっくりやる。
半歩進む。
止まる。
レンチをゆっくり振る。
当たる寸前で止める。
左手を出す。
右へ体を逃がす。
「なんだそりゃ。太極拳の演舞かよ」
牙っさんが笑った。
笑わせておく。
ゆっくりが難しいんだ。
何度も丁寧に繰り返し、シミュレーターで覚えた指の動きと実機のズレを消す。
コンボやキャンセル。
新しくできるようになったことを確認していく。
ゲームなら、アップデート情報を書いてほしいレベルの仕様差だ。
現実は、説明なしで理解しないといけない。
ケーブルも変わった。
市川橋で損耗した有線系統は取り外し、細い光ケーブルだけになった。
黒い帯みたいに床を引きずるのではなく、小型のケーブル運搬ドローンが、タロンの後方斜め上で線を持ち上げる。
工場の天井近くに、二機の運搬ドローンが浮かんでいる。
タロンの背中から伸びた光ケーブル3本ずつを、後方10m 、高さ4m ほどの定位置で左右に分かれて吊っている。
タロンが前に出る。
運搬ドローンも追う。
タロンが右を向く。
運搬ドローンが少し遅れて、後方の定位置へ回り込む。
理屈だけなら、楽になった。
NPIの攻撃が届きにくくなった。
敵や自分の足で踏むことも気にしなくていい。
でも、万能じゃない。
ドローンの移動は遅れる。
細い光ケーブルは風で揺れる。
油断せずに意識しないといけない。
「背中に、守らないと即ゲームオーバーの味方NPCが増えた感じだな」
「団長、場面によっちゃサブタンクもやってただろ。いけるいける」
ゴーグルの中に、タロンの後方を示す小さな青いアイコンが浮かんだ。
運搬ドローン二機の位置。
光ケーブルの角度。
敵だけ見ていればいいゲームじゃない。
ケーブルも、足元も見る。
見るもの多すぎだろ。
UI過多にもほどがある。
それでも、やるしかない。
小菅でミスったら、誰かを踏む。
ケーブルが切れたら、タロンが止まる。
◇
夜の作戦会議の前に、俺は葵さんとのトークを開いた。
少し迷ってから、通話のコールを押す。
画面は出さず、音声だけが繋がった。
「小菅の教育センター。東京拘置所へ行きます」
口にしただけで、もう引き返せない感じがした。
返事は、すぐには来なかった。
「黒羽さん」
葵さんは、挨拶を挟まずに本題へ入った。
「市川橋とは違います。あの時は、あなたたちの奇襲でした。ですが次は、WWUも分かっています」
「はい」
「最初から撃ってくるかもしれません。タロンだけではなく、操縦しているあなたを探して、そこを狙うかもしれません」
そこは、考えないようにしていた。
タロンが壊れる。
ケーブルが切れる。
そこまでは考えていた。
俺のいる場所を探される。
俺を狙って撃ってくる。
「分かってます……。正直、怖いです。ただの一般人なんで」
分かっているつもりだった。
でも、葵さんの口から出ると、急に画面の中の話じゃなくなる。
俺に向けられる銃口になる。
「――でも、あと七日で妹が北京へ送られます。あいつS級だったらしくて、特別な矯正って通知来てました」
言葉にすると、胃の奥が気持ち悪くなる。
「日本にはない施設で、たぶん、洗脳みたいなことをされるんだと思います。さくらが、さくらじゃなくなるかもしれない」
通話の向こうで、葵さんの息が小さく止まった。
「だから、助けないといけないんです」
俺は、机の端を掴んだ。
「自衛隊が動けない理由も、少しは分かってます。首都奪還とか、施設制圧とか、そういう命令が出せないのも分かります」
分かったところで、納得はできない。
納得できないから、俺が行く。
「だから、俺が行きます」




