第42話 ひと狩りいく?
夜、シミュレーターの結果画面には、八回と連続成功数が出ている。
百までは、まだ遠い。
三分で三機撃破の成功確率が八割ほど。
開始から合流を目指されたり、距離を取られて包囲されたり。
まだ攻略ルートを見つけないといけないパターンが残っている。
他の状況も確認しておこうと、俺は通話アプリを開いた。
サーバー名は、八咫烏。
部屋にいたのは、アヤと月読の二人だけだった。
牙っさんはタロンを改造中、玉さんは行動予測モジュールが大詰めだ。
「こんばんは、ダーリン。調子はいかがですの?」
アヤの声は、いつも通りだった。
いつも通りじゃないのは、俺の方だ。
この明るい声の主が、登録者250万人の音嶺アヤ。
そう思うと、いつもの返事が出てこない。
「あ……はい。音嶺さん」
通話が、一瞬だけ静かになる。
「誰ですの、それは」
「いや、その。250万の大物に、今まで通りってわけにも」
「ダーリン」
声が一段、低くなった。
「音嶺アヤだと明かした日から、わたくしは何も変わっておりませんわ。変わったのは、ダーリンの口だけです」
「でもだな」
「『でも』も『さん』も禁止ですわ。数字を見た途端に他人行儀。そういうの、嫌いですわ」
怒っている、というより、寂しそうに聞こえた。
ビビって距離を取ったのは、俺のほうだ。
「月読、助けて」
「……ギルマス、諦めて。長くなる」
月読の声は、あいかわらず平坦で短い。
その短さが、八咫烏の距離に戻してくれる。
登録者250万の音嶺アヤも、ここではいつものアヤだった。
「……分かったよ、アヤ」
「はい、よろしい♡」
俺は椅子に座り直し、本題に入った。
「こっちは、タロン改造とシミュレーターで特訓を続けている。特訓は三分で三機撃破、それを百回連続成功させるのがミッション。今日は最高八回連続」
「八回も続きましたのね。ふふ、百回目のダーリンを見るのが楽しみですわ」
「牙っさんはタロンの軽量化で工場に籠もりきり。玉さんは行動予測モジュールの作成とシミュレーター修正。……正直、俺より二人の方が寝てない」
こっちの現状は、それで全部だ。
「アヤの方は、古参の信用できる親衛隊のみなさまにお手伝いしていただいて、ダンボール機の追加を確保しておりますわ」
「おやっさんは捕まった。大丈夫か?」
「はい。複数の運ぶ人を経由させたり、組み立てる人も一人三機まで。バレない工夫は思いつくもの全部とりいれていますわ」
「……こっちは訓練用の専用サーバーを玉さんと立てた」
月読が誇らしげに言う。
「小菅想定のマップ。シミュレーターで回してる」
「パイロットはどこから集めたんだ?」
「前回の人たちと、口コミメンバー限定」
二人とも、俺の見ていないところで、とっくに動いていた。
「ところでダーリン、ちゃんと眠れてますの?」
「……ん。ああ、大丈夫だ」
返事が、半分遅れた。
「……答えになってない」
「ダーリン?」
「あ、悪い。なんだっけ」
共有画面の文字が、目の前をすべっていく。
頭の芯が、少し痺れていた。
ゴーグルの跡が残る目元を、指で押さえる。
短い沈黙のあと、月読の声がした。
「……ギルマスお疲れ。ひと狩りいく?」
「今から?」
作戦の話でも、進捗の話でもなかった。
五年間聞いてきた、ただのゲーム仲間の誘い方だった。
「ずっと張り詰めてる。息抜き必要」
断る理由を探して、見つからなかった。
「……ひと狩りだけな」
◇
視界の端に並ぶ、見慣れない灰色の照準UI。
右手に握っているのは、対戦車ナイフの柄。
目の前に広がるのは、見慣れた、粗いCG。
小菅だ。
そして俺は、それを守る側――灰色BULKの視点になっている。
「騙された……」
「騙される方が二流 lol」
月読は、悪びれる素振りもない。
「小菅想定訓練サーバー。訓練者向けに、コメント欄は開けてある」
「普通、ゲームだと思うだろ……」
「ほぼゲーム。ニュービーたちを狩ればいい」
画面の右端に、コメント欄が立ち上がった。
「みんなお待たせ」
:おかー
:アシスタントさんおかえり
:ちょうどトイレから戻ったとこだわ
:アシさん声がいいよね
:絶対カワイイと思う
「今度の相手は鴉」
:は? 鴉って本人?
:BULKを鴉が操作ってこと?
:あの鴉をやれたら自慢できるだろ
:絶対に落とす
:アヤ様が応援した男か。絶殺
「ただ本人がやる気なし」
:ビビってるww
:カエル魂、砕け散ったままだしな
:やめろよ、鴉君は総合C+だからさw
:鴉は初見殺しに弱いしな
:みんな煽り散らかしてて草
パイロットに名乗り出るぐらいだ。
みんな血の気が多い。
コメントの流速が、一気に跳ね上がった。
……そうかよ。
ナメられっぱなしで終わる気は、こっちにもない。
「くそっ、やってやる!」
どうせ画面に立つなら、いつもの顔で立つ。
「コマンド。訓練サーバー開始。機体外部スピーカーオン」
〈訓練サーバーを開始します。シミュレーター上で、機体外部スピーカーをオンにしました〉
「――常闇のはぐれ鳥、鴉だ! 今回は俺が相手だ。かかってこいや!」
:カーカー!!
:敵役なのに名乗ったwww
:ラスボスで草




