第41話 使ってないボタンがある
シミュレーション921回目。
〈時間切れ〉
残ったエナドリを一気に飲み、空き缶を握りつぶす。
丸二日、合計30時間シミュレーターと向き合っている。
頭部や関節のダメージも反映されるように玉さんがシミュレーターをアップデートした。
横では、牙っさんの作業音が途切れず続いている。
タロンの改造も、少しずつ形になっていた。
二機目までは倒せてる。
あと少しで、さくらに届く。
最初の頃とは違う。
200回目までは、ただの運ゲーだった。
敵がどの攻撃を出すかを当てるだけ。
当たれば倒せる。
外れれば倒される。
横払い、裏の横払い、袈裟斬り、逆袈裟、脳天割り、突き。
敵の攻撃パターンは大きく六種類。
確率約1/6。
三連続だと1/216。
勘じゃダメだ。
しばらく、敵モーションの見極めに集中した。
足の踏み込み、腰、肩、肘、手首。
攻撃モーションは連動する。
肘先だけの攻撃ではスピードもパワーも乗らない。
通常モニターなら1/60秒の1フレームの世界。
1フレーム、16.7ms に起きるわずかな差を見極める。
敵の攻撃は共通化され、予兆は排除されている。
それでも完全に一致とはいかない。
突きは踏み込みが深い。
脳天割りは前足への重心を乗せる。
この二つは他よりわかりやすい。
400回目までに、突き、脳天割り、その他の見極めはできるようになった。
突きか脳天割りなら、タロンが踏み込みながら半身になり回避し、カウンターできる。
横払い、裏の横払い、袈裟斬り、逆袈裟が難関だ。
足の踏み込み、腰、肩までは違いが見つけられない。
肘と手首の使い方だけで、大きく刃の軌道を変えてくる。
600回目で、ようやくわずかな肩の違いがわかるようになった。
袈裟斬りと横払い、逆袈裟と裏の横払いは、まだ二割くらい見間違える。
ただ、それらは外れても、攻撃を受ける位置はだいたい同じだ。
この四つのどれかだとわかれば、後ろへの回避は余裕だ。
だが、後ろに下がっては、こちらの攻撃が届かない。
横方向の攻撃で、回避しながら間合いを詰めるのは難しい。
刃が通った後に詰めるのはできるが、横方向の攻撃は、逆方向にも戻しやすい。
刃先が「∞」の字を描くように、手首のスナップで、勢いを殺さずに襲いかかってくる。
厄介だ。
このパターンなら、ダメージ覚悟、刃先で削られる深さを調整しながら、こちらの攻撃を同時に叩き込んで倒していく。
800回目、二機目まではいける。
三機目で時間切れや相打ちが多い。
二機倒すと、三機目は無理してこない。
来るときは傷ついた箇所を的確に狙ってくる。
行き詰まっている。
何かが足らない……。
ゲームなら必ず攻略法がある。
これはゲームじゃない。
答えを探すな。
ないなら、作れ。
タロンの右手にはパイプレンチ。
左手は空いている。
今さら気づくなよ、俺。
まだ使ってないボタンがある。
ここから伸ばせるのは、左手の使い方だ。
相手の攻撃側の手首や肘を捕まえに行く。
パリィで、ナイフのフラットな側面を叩き、軌道をそらす。
そんなモーションは用意されていない。
でも作れる。
アイデアを練り、玉さんに追加してもらい、試し、調整。
トライ&エラーを繰り返す。
シミュレーション922回目。
一機目は、初手から突き。
わかりやすい。
半身になり避けて敵の胸正面に横殴りのカウンターを叩き込む。
〈敵BULK、一機目撃破〉
〈経過時間:43.8秒〉
そのまま止まらず、こちらから二機目へ向かう。
二機目は、裏の横払い。
伸び切ったタイミングを見計らい、敵のナイフ側面を左手のひらでバシッと叩く。
相手はわずかに体勢を崩しながらも、手首を返して二撃目を放とうとする。
だが、レンチのほうが早い。
こちらは、すでに攻撃モーションに入っている。
真上からの振り下ろしで、頭部を潰しながら衝撃が胸の奥まで通る。
〈敵BULK、二機目撃破〉
〈経過時間:112.7秒〉
三機目は目の前まで来ている。
しかし、警戒して間合いを詰めてこない。
間合いを保ったまま、回り込んで背中のケーブルを狙ってくる。
くそっ、いやらしい動きする。
背後を取られないように下がりながら、壁際まで移動する。
壁の近くで、回り込めない位置取りをキープ。
そこから上半身を左右に振ってフェイントを入れ、こちらから間合いを詰める。
相手は膝関節を狙ったフェンシングのような低い体勢の突き。
体勢が沈んでる分、こちらの攻撃は胸部に届かない。
細かく後ろへステップして回避。
〈経過時間:152.1秒〉
時間がまずい。
すぐに前に詰めようとするが、相手も体勢を戻し、再度低い突き。
近づけさせないつもりか。
相手のナイフや手首を狙うか。
いや、狙っても簡単に避けられる。
次は、間合いに入るふりしてほんの少しだけ手前で止まる。
相手は、また突きの体勢。
ここで振り下ろしの攻撃モーションを入れる。
軌道上の相手の手はすぐに反応し外側へ避ける。
だが、狙いはその先の足。
振り下ろし中に、さらに半歩、こちらから踏み込む。
手は逃げられる。
だが、体重を乗せた踏み込み中の足は、急には止まれない。
逃がさない。
外へ逃がしたナイフが、もう一度こちらの胸部を狙ってくる。
相打ち狙い。
読んでいた。
左手で弾く。
レンチが敵の右足首を砕く。
横倒しになった敵BULKの胸部に、もう一撃振り下ろす。
ミニマップの赤いアイコンが全て消えた。
〈敵BULK、三機目撃破〉
〈経過時間:176.3秒〉
「……できた」
思わず声が出る。
ゴーグルを外し、新しいエナドリの缶を開ける。
炭酸の弾ける音を聞いて、ようやく肩の力が抜けた。
装甲を削らせるダメージコントロール。
左手をうまく使うパリィ。
この二日で技術を身につけた。
やっと、小菅の攻略ルートが見えた。
「これなら、小菅に行ける」
口にした瞬間、玉さんが首を振った。
「さすがだな。しかし、まだ一回成功しただけだ」
「でも、時間がない」
「時間がないからこそ、失敗できない」
言い返しかけた俺より先に、牙っさんが口を開いた。
「団長。焦って突っ込むなら、俺はタロンをトラックに載せねえぞ」
声が低かった。
冗談じゃなかった。
「三分で三機を、百回やって百回成功させるんだ」
「……分かった」
俺は、ゴーグルを被り直した。
一回だけの成功では、さくらのいる場所まで届かない。
増援到着まで、あと四日。
◇
【市川橋後】対WWU戦線情報スレ★15【増援接近】
301:名無しの市民
市川橋の件、完全に評価割れてるな
鴉が道を作った派と、鴉が余計なことした派でずっと殴り合ってる
302:名無しの市民
実際、渡れた人がいるのは事実だろ
303:名無しの市民
捕まってる人がいるのも事実
英雄扱いだけは無理
304:名無しの市民
庇ったアヤちゃんまで燃えてる
見てるこっちの胃が痛い
305:名無しの市民
それより中国側からWWUの本隊が来てるってマジ?
306:名無しの市民
NPIだけじゃなく、中国側の技術者や事務方も来るらしい
渡航手続きとか宿の確保とか、人間側の準備から漏れてる
307:名無しの市民
今いるのは先遣隊ってこと?
308:名無しの市民
増援の目的は、まだ粘ってる日本政府へのプレッシャーだろうな
309:名無しの市民
市川橋の騒乱もあったし、防衛強化もあるだろ
きっと監視ドローンが増えて、検問も増える
310:名無しの市民
市川橋みたいなのは二度目はないってことか
311:名無しの市民
今、暴れたら確実に取り締まりが強くなる
312:名無しの市民
増援が来たら、もう小さい穴は全部なくなる
動くなら、その前しかない
313:名無しの市民
動くって誰がだよ




