第38話 まだ間に合うかもしれない
翌朝、徹夜明けの玉さんの目は、銀縁のメガネの奥で赤かった。
その目に、ゆうべの暗さはもうなかった。
「翔大。捕まった協力者は、小菅に送られている可能性が高い」
「小菅って、教育センターの?」
「そうだ。エラー市民として処理された人間の収容先候補を並べると、小菅がいちばん可能性が高い。確定ではないが、他より筋が通る」
守れなかった人たちが、もし小菅にいるなら。
さくらと、美咲ちゃんと、同じ場所にいるなら。
「だったら」
ゆうべまで、口にできなかった言葉だ。
「まだ間に合うかもしれない。さくらも、美咲ちゃんも、あの人たちも」
牙っさんが、レインボーカラーのサングラスを押し上げた。
「お。やっと顔が上がったな、団長」
「茶化すな」
「茶化してねえよ。前見てる方が、お前は動ける」
玉さんが、映像をモニターに映す。
「ただし、次は同じ入り方をしない」
映っているのは、中継ドローンで撮影された市川橋の戦闘だ。
俺が見ていたタロン視点ではない。
一撃目。
黒いタロンのパイプレンチが、灰色の敵BULKの頭部センサーを吹き飛ばす。
そのとき、敵BULKの腕は防御の形に入りかけている。
「死角を取ったと思ったのに……こんなに、反応してたのか」
「そうだ。一撃目から反応はしている。こっちもだ」
二撃目。
タロンが、戻りざまにもう一度パイプレンチを振り上げる。
敵BULKのタイヤが、0.5秒ほど前から白煙をあげている。
回避しようとしている。
ただ、急加速にタイヤが追いついていない。
「BULK同士の近接戦闘は今回が世界初だ。WWU内部で検証していた可能性はあるが」
「なのに、一撃目から対応してきた」
「そうだ。アメリカや中国の報告でも、WWUの対応速度は、戦術レベルでも作戦レベルでも人間とは段違いだと出ている」
「初見でもこれかよ。二回目は、さらに、こっちの癖まで読んでくるってことだな」
「市川橋は勝った。だが、勝因は相手にとって想定外となるダンボール機の介入と、お前の博打が噛み合ったことだ」
博打、という言葉が重かった。
「ダンボール機の支援がなければ?」
「今のタロンでは、タイマンでもきっと三割を切る。もっと低いかもしれない」
玉さんは、容赦しなかった。
その容赦のなさが、今はありがたかった。
「次の小菅にはBULKが三機だ」
「一機でこれなら、小菅の三機は、勝ち目ねえだろ」
「その通りだ。だから、市川橋の勝ち方は捨てる」
玉さんが、東京拘置所周辺の地図をモニターに映す。
「小菅には、自衛官や機動隊員も収容されている可能性が高い」
「自衛官が動いたら、軍事行動扱いか」
「そうだ。WWUは、すぐにBULKを含む増援を出すはずだ」
玉さんが、建物の外周に別の赤い矢印を重ねる。
門の外から、橋の向こうから、建物の裏手から。
赤い線が、収容施設へ集まっていく。
「最初の三機に手間取れば、あとは増援との消耗戦になる」
「それは無理だな」
「三千人規模を動かすなら、移動中に来る増援も考える必要がある。一機でも手間取ったら、そこで詰まる」
「なら、出てきたやつを瞬殺し続けるしかない」
「そういうことだ」
三つの赤い点が、マップの門と搬入口と建物奥に並ぶ。
「小菅で必要なのは、一機ずつ倒すことじゃない。三機全てを、増援が来る前に黙らせることだ」
「三機全部かよ」
「さらに避難中に増援が来れば、退避ルートを塞がず、救出対象に注意して処理する必要がある。当然、ケーブルも切らせない」
制限時間つき。
救出対象あり。
味方被害ゼロ。
条件が多すぎる。
「今のままじゃ、勝てない」
言葉にすると、工場が、しんとした。
牙っさんも、玉さんも、何も言わなかった。
「でも、攻略方法はきっとある」
俺は、言い切った。
「いや、見つけないといけない。さくらと美咲ちゃんと、まだ中にいるかもしれない人たちを、助け出すために」
「おう。泣き言は後だ、団長」
「三分で三機。まずは、それを基準にする」
笑えない数字だった。
ゲームなら、運営に文句を言う。
現実だから、こっちが合わせるしかない。
「なら改造と、特訓だな」
牙っさんが、にやりと笑った。




