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第32話 全員渡りきりましたわ

 残ったのは、NPI(インスタンス)二機。


 一機は、墨で視界を潰され、欄干沿いで腕だけを振っている。

 もう一機は、退いてコンテナの入口を守っている。


 タロンは、目の潰れたNPI(インスタンス)をパイプレンチで引っかける。

 そのまま腰を回す。


 灰色の人型が、振り子みたいに横へ飛ぶ。


 コンテナ入口を守っていたNPI(インスタンス)の胸に、機体が叩き込まれる。

 二機まとめて潰れる。


:ボウリングで草

:NPIハンマー

:敵で敵殴ったw

:気持ちよすぎる


「コンテナトレーラーを除去。避難民を通せ」


 玉さんの指示を受け、アヤが短く誰かへ連絡を入れる。

 すぐにコンテナトレーラーの運転席へ人が駆け込む。

 ブレーキが解除され、前輪が堤防上の道路へ向く。


 トレーラーをタロンで後ろから押す。

 重い車体が、ゆっくり動き出す。


「トレーラー、どかしたぞ!」

「車は左側二車線。徒歩は反対車線と両側歩道へ分けろ。車と人を混ぜるな」

「誘導役の皆さま、今ですわ。車両班、徒歩班、予定どおりに」

NPI(インスタンス)BULK(バルク)停止中。視界内に増援なし」


 先に走り込んで撃たれた人たちが、アヤが用意していた誘導役の肩を借りて、歩いていく。

 最初に撃たれた男は、担架を断って、自分の足で歩く。

 タロンの横を通るとき、立ち止まって、深く頭を下げる。


 俺は、タロンの頭を少しだけ下げて返す。


:今ロボがお辞儀した

:操縦してるの、絶対いい奴

:泣くからやめろ


 市川橋の占領区域側で、バスと自家用車が動き出す。


 古いマイクロバスが、ハザードを焚きながら橋へ入る。

 その後ろに、自家用車。

 荷物を抱えた人たちが続く。


 子供を背負った母親。

 お年寄りの手を引く中年の男。

 リュック一つで走る若い夫婦。


:人が橋渡ってる

:これのためにダンボール飛ばしてたのか

:橋の向こう、自衛隊いる


 市川いちかわ側では、自衛隊と警察が避難民を受け止めている。

 車両を流し、徒歩の人を脇道へ逃がし、動けない人を担架へ乗せる。


 川の上を、ハチドリ隊の噴流ふんりゅうが低く流れる。

 空から避難民に声をかけて誘導する。


:泣きそう

:みんな無事に渡って

:ダンボール、ちゃんと意味あった


 あおいさんがいるかは分からない。

 でも、向こう側には確かに受け入れる手がある。


 バスの窓に、人の影が並んでいる。

 その一つが、タロンへ小さく手を振る。

 子供だ。


 母親が、慌ててその手を胸に抱き込む。

 それでも子供は、怖がりながら、指先だけでもう一度振る。


 その手を見た瞬間、コントローラーの重さが変わった。


 タロンの右手には、曲がったパイプレンチがまだ残っている。


 俺一人の手じゃない。

 八咫烏やたがらすのメンバーに支えられ、知らない誰かがダンボール機を作って飛ばした。


 俺たちは橋の内側で、葵さんたちは向こう側で。

 その全部が、橋を渡る時間を作った。


「……新手。占領区域の奥からドローン四機」


 黒い小型ドローンの群れが橋の入口へと、河川敷の上空から滑り込んでくる。


 タロンの上体を河川敷側へ開く。

 左肩のレーザー窓を、上空へ。


 短い光が走る。

 河川敷の真上に入ったドローンだけを、一機ずつ焼いて全て落とす。


:やっぱレーザーすげえ

:射線もちゃんと考えてる


 葵さんから、通信が入る。


「黒羽さん、無事ですか」

「こっちは無事です」

「――よかったです。確認させてください。今、動いている黒いBULK(バルク)は何ですか」

「タロンです。俺が動かしてます」

「タロン……どうやって、とは今は聞きません。こちら側へは入れないでください」

「分かってます。橋は越えません」

「その上で、お願いがあります。倒れたBULK(バルク)を、橋上まで引きずってください」

「こっちで動かせってことですか」

「そのままそこへ残すのは危険です。デモの過激派がレールガンなどを試そうとする可能性があります。自衛隊は、占領区域には入れません」


 マジかよ、と思う。


:誰と話してる?

:鴉が操作してるの確定?

:タロンって名前なのか

:橋は越えませんって相手だれ

:自衛隊と通話してる?


 右手のパイプレンチを路面へ置き、両手でBULK(バルク)の肩を掴む。

 身体を倒すように後ろへ引く。


 引きずられた機体の、足裏のタイヤがぎこちなく回る。

 灰色の巨体が、アスファルトに火花を散らしながら橋の上へずれていく。


 市川側からクレーンが付いた自衛隊車両が橋を渡ってくる。


:自衛隊、回収する気?

:あのでかいの持ってくのか

:鹵獲ってやつ?


 クレーンを伸ばし、ワイヤーを倒れたBULK(バルク)へ掛ける。

 ワイヤーが巻かれ、上体を半分だけ吊る。

 全部を持ち上げるには重すぎる。

 ウインチが鳴り、足裏のタイヤが回って、灰色の巨体が市川側へ引きずられていく。


「避難民、全員渡りきりましたわ」


 俺は、タロンの目で橋の上を確かめる。

 渡る人は、もういない。


「……北西にBULK(バルク)らしき大型影、二」


 月読が短く増援を告げた。

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