第31話 操縦うますぎだろこの人
敵BULKは、橋のふもとの中央で真正面に立っている。
距離は五メートルほど。
この巨体なら、数歩で届く。
灰色の巨体が、かかとのタイヤを回転させ、見た目に合わない速さで移動する。
見てからでは、間に合わない。
敵の振りかぶりを予想して、先に回避を入れる。
今のタロンは、入力してもすぐには反応してくれない。
タロンの重い脚が、遅れて路面を蹴る。
横薙ぎの刃が、夜気を裂く。
人のいない側へ、タロンが飛び退く。
巨体がタイヤを滑らせて、ぎりぎりで刃の外へ抜ける。
機体は、逃げ切った。
背中の線は、逃げ遅れた。
鉄の帯が弾ける。
切断面で青白い火花が跳ね、端が路面を転がった。
〈警告:有線操作系、一系統断線〉
〈有線操作系:3/6〉
「マジかよ」
まだ三本ある。
そう思おうとして、三本目を失った重さが指に残る。
「止まるな! 残り三本ある!」
「ダンボール機、残り全機。BULKの頭に張りつけ!」
玉さんの声に、全国の指が応えた。
残ったダンボール機の群れが、一斉に灰色の頭へ殺到する。
ダンボール機が光学センサーを阻む。
敵BULKの右手が、残るダンボール機を排除しようと空へ向く。
水風船を機首につけた最後の機体が、振り払われて肩で弾けた。
外れた。
敵のセンサーには届いていない。
引き戻すために灰色の手が、光学センサーの前を横切ろうとする。
ここだ。
俺は、敵の手の動きを予測し、スティックを倒す。
敵の目を塞ぐのは、俺たちの墨だけじゃない。
敵自身の手でできる死角を狙う。
タロンを前傾姿勢にさせながら、敵の右側面へ足裏のタイヤで急加速する。
すぐに前傾姿勢を戻す。
うまく死角に入れた。
だが、機体が前傾から戻るまでの一瞬が、やけに長い。
まだ腕を振れない。
まだだ。
戻れ。
姿勢制御が追いついた瞬間、右腕の入力を叩き込む。
狙うのは、頭。
あの巨体の、目だ。
外せば、避難ルートはここで閉じる。
振り始めたら、もうキャンセルできない。
入力したあとは、機体が姿勢を立て直すまで待つしかない。
突っ込んだ勢いが、そのままパイプレンチへ乗る。
パイプレンチの先が、BULKの頭部センサーユニットを真横から捉える。
ガキィン、と金属同士がぶつかる音が、ゴーグル越しに響く。
灰色の頭部が大きく凹む。
続けて、バリバリッ、と放電音が鳴り響いた。
:うおおおお
:頭が潰れた
:センサー死んだぞこいつ
:今の見えた!?
:今のリプレイ欲しい
:解説動画待ってる
「リプレイは無事帰れたらな!」
頭部センサーを失ったBULKが、よろめく。
ダンボール機が撹乱してくれたことで、チャンスが生まれた。
俺一人なら、腕を振る前に斬られている。
敵はまだ止まらない。
頭部センサーを失っても、補助センサーがこちらを探している。
灰色の腕が、刃を握り直す。
LiDARを失った敵は、距離を掴めないまま、刃を横に薙ぐ。
:うわナイフ振り回してる
:見えてないのに当ててくるんだが
:それ食らったら終わりだろ
距離感は壊れているが、刃の長さは壊れていない。
「ケーブル、狙われてる」
月読が、改めて警戒を促す。
タイヤを滑らせ、敵の右側面から正面寄りへ戻る。
ケーブルを、刃の通り道から外す。
刃の切っ先が、さっきまでケーブルのあった路面を削る。
青い火花が、アスファルトを走る。
:ナイス回避!
:今ケーブル庇ったよな?
:操縦うますぎだろこの人
敵は刃を離さない。
補助センサーだけで、タロンを追ってくる。
次の刃が、今度は機体の脇腹へ来た。
半身にずらして、刃を装甲の上で滑らせる。
ギャリッと鈍い音が鳴って、火花が尾を引く。
:二発目もギリかわした
:見えてないのにしつこいなこいつ
:ゾワっとするわ
敵が、振り切った勢いのまま半歩泳ぐ。
測距の狂った巨体は、空振りを止められない。
刃の先が、墨で視界を潰されて立ち止まっていたNPIを巻き込む。
灰色の人型が火花を散らし、欄干へ叩きつけられる。
「味方ごとかよ」
この隙だ。
俺は、いったん距離を取る。
地面を蹴って大きく回り込む。
その勢いのまま、タイヤ走行に切り替える。
滑るように大きな弧を描く。
敵の刃が、遅れて空を斬る。
その外側から、もう一度正面へ入る。
旋回の角度が、そのまま間合いになる。
反応の遅れは、位置取りで潰す。
今度は、コアAIが格納されている胸部を狙う。
タロンが、突撃する。
回り込んだ勢いごと、振り抜く。
パイプレンチが、BULKの胸部装甲へ叩き込まれる。
ガゴンッ!
鈍い音と一緒に、胸の装甲が凹む。
さっきより小さくパリパリッと放電が走る。
同時に、パイプレンチの顎が歪む。
赤い柄も、少し曲がった。
もう工具としては終わりだ。
胸部奥に衝撃は伝わったらしく、敵BULKの動きが一瞬乱れる。
その後、灰色の巨体から、すっと力が抜ける。
糸を切られた人形みたいに膝を折り、その場へ崩れ落ちた。
動きが、止まった。
:止まった
:倒したああああ
:レンチで!?
:鴉、BULK倒したぞ
:銃も使わずにバール一本でww
:町工場のバールで軍用ロボ倒したw
:AIさん、これも想定内ですか
:パイプレンチ警察が来るぞ
:切り抜き確定
ゴーグルの中で、タロンの手が、まだパイプレンチを握っている。
タロンで殴った、その感覚だけが、指に残っている。
タロンを動かす燃料となりますので、ぜひ【ブクマ】【★評価】で応援をお願いします!




