第30話 バールみたいなやつ
トラックの後部扉が開く。
その奥は、夜より昏い。
暗闇の中で、タロンのセンサーだけが小さく光を反射する。
畳まれていた三メートル超が、荷台の先へ足を伸ばす。
椅子から立ち上がるように、上体を起こす。
艶消しの黒い装甲は、街灯を返さない。
荷台のサスを深く沈ませて、路面へ降りる。
牙っさんがドアを蹴るように開けて、荷台へ回る。
熊マスクのまま、ケーブルドラムを操作する。
タロンの背から伸びる鉄の帯が、遅れて戦場へ引きずり出されていく。
玉さんは止めない。
「局面が一手早まっただけだ。やることは変わらない。避難ルートを開けろ」
俺は、左スティックを全開に倒す。
足裏のタイヤが空転して、白煙が膨れる。
巨体は、タイヤが路面を掴んでから、ようやく走り出す。
加速。
黒い巨体が、車道の中央を使って、倒れた人々と灰色の機械の、その隙間へ突っ込んでいく。
:は?
:でかいの出てきた
:味方!? 味方だよな!?
:黒いやつ来た
:鴉、何を持ってきた
:工作配信のスケールじゃない
「黒いのは味方だ。俺がミスらなければな」
:信用ならない
:不安になること言うな
:頼むぞマジで
ゴーグルの下端には、後方カメラ映像。
車のバックミラーのように、背中の線のたわみが視界に入る。
敵と、人と、線。
全部、見る。
一つミスれば、全部終わる。
タロンも、俺も、この避難ルートも。
車道へ飛び出しかけていた人たちが、悲鳴を上げて左右へ割れる。
敵BULKの頭が、こっちへ向き直る。
黒い軍用ドローンも、一斉に機首を変える。
残ったドローン五機が、タロンの背中側へ回り込む。
俺は後方カメラへ視線を飛ばし、右スティックで五つの赤い点を追う。
照準が重なるたび、射撃ボタンを押す。
肩のレーザー窓が開く。
短い光が、夜の橋を五度切る。
一機、二機、三機、四機、五機。
黒い機影が続けて火花になり、アスファルトの上に転がる。
「どうよ、ドローン限定の必殺技」
:つええええ
:五連続!?
:レーザーやば
:これだけで勝てるんじゃね?
:はい最強
〈警告:近接防空レーザーがオーバーヒート。再使用まで184秒〉
「残念ながら、クールタイムが超長いけどな」
:最強タイム終了のお知らせ
:クールタイム長いのかー
:さっき最強って言ったやつ謝れ
橋の入口を塞ぐコンテナトレーラーの後部扉は、開いたままだった。
扉の下には、鉄板の足台が掛けられている。
墨を免れたNPI二機が、そのコンテナの奥へ走る。
すぐに、足台を踏んで路面へ戻ってくる。
手には、短いアサルトライフルを持っていた。
そのまま俺の正面へは出てこない。
コンテナから数十メートル離れた斜め前。背後にマンションの壁が来る位置へ、二機が走る。
外れ弾が人へ行かない角度を、わざわざ選んでから撃つ。
律儀で、嫌になる。
乾いた連射音が、道路で弾ける。
弾丸が黒い装甲を叩き、火花だけを散らす。
だが、何発かが、背中のケーブルへ跳ねる。
〈警告:有線操作系、二系統断線〉
〈有線操作系:4/6〉
出るなと言われた理由が、数字になって返ってくる。
:撃ってきた
:銃あるのかよ
:でも効いてない
:黒いの硬っ
タロンの右手には、赤い柄のでかい工具。
「クソッ、バールみたいなやつ、いくぞ!」
:何それ
:バールのようなもの草
:武器名ふわふわで草
:それで殴る気かよ
:エクスカリパーじゃねーのかよ
「パイプレンチだ。バールと一緒にすんな」
牙っさんの声が、通話の向こうで怒鳴る。
小銃を構えたNPI二機は、撃つのをやめない。
止まって受け続ける余裕はない。
相手を見る。ケーブルを見る。
突っ込みながら、半身でパイプレンチを横へ振り抜く。
横殴りの一撃が、手前のNPIの肩口へ入る。
そのまま隣の機体もまとめて殴りきった。
軽く、のつもりだった。
タロンの「軽い」は、人間サイズの機械二機を路面へ叩きつける重さだった。
:は? 今の片手だろ
:二機まとめて飛んだぞ
:軽く払ってあれかよ
:黒いの、つよ
:バールのようなもの最強説
:いや絶対バールじゃないだろw
:町工場のバール、火力おかしい
二機のNPIが横へ吹き飛び、マンションの外壁に叩きつけられる。
跳ね返った一機が、走り抜けたタロンの後ろへ転がる。
機体の背から伸びたケーブルは、宙にたわんで後方へ流れ、その先だけが路面に垂れている。
投げ出された手足が、垂れたケーブルを引っかける。
ケーブルが跳ねる。
やばい、持っていかれる。
「ケーブル!」
玉さんの声が刺さる。
反射的に進路をずらし、ケーブルをたわませ、後ろへ逃がす。
だが、タロンは止めない。
橋の入口。
欄干寄りで、大きなリュックの男がうずくまっている。
テーザーの針は、まだ服に刺さったままだ。
10m ほど先で、NPIが白い拘束帯を手にした。
俺が小銃の二機を吹き飛ばした直後なのに、そいつはやることを変えない。
「まだ続けるのかよ」
タロンを、男とNPIの間へ滑り込ませる。
そのまま灰色の人型を蹴り飛ばす。
NPIが、路面を滑って転がった。
:遅えよ!
:ヒーローは遅れて登場するってやつだ
:拘束される前でよかった
タロンの足元で、男が顔を上げる。
頬がアスファルトで擦り剥けている。
その目は、タロンを見ていない。
橋の向こうの、千葉側の灯りを見ている。
少し後ろでは、撃たれた女の人が他の人に抱き起こされながら、まだ橋の先へ手を伸ばしていた。
:うちの家族も向こう側にいる
:頼む、全員通してくれ
:鴉、頼む
ゴーグルの端で、灰色の巨体が動く。
敵BULKが、ダンボール機の群れを振り切って歩き出す。
「敵も背中のレールガンは撃てない。市民を巻き込む」
「……近接で来る。ナイフ」
腰から、長い影が抜かれる。
グリップ込みで一メートルを超える、長刀型の刃。
機体の装甲を裂くための、対戦車ナイフだ。
:は? ナイフ?
:サイズがおかしいだろ
来る。




