第33話 二度とごめんだ
「読みより遅い。よその橋の騒ぎが、この時間を作った」
葵さんへ通信を繋ぐ。
「増援が来てます。大型影、二。こちらは撤収します」
「了解しました。こちらも長居はしません」
:誰に報告してる?
:やっぱ自衛隊と繋がってる?
:大型影ってまたBULKかよ
牙っさんがリールを回し、ケーブルを巻き取る。
「そのまま載せろ!」
タロンを荷台に乗せる。
「撤収で、いったん音声オフね」
配信のマイクをミュートにし、熊のマスクを脱ぐ。
トラックはすぐに発進し、裏道へ逃げ込む。
「ギルマス。さっきの突入、計画より早い」
首輪デバイスから伝わる月読の声は、作戦成功の少し緩んだ空気を引き締める。
「市民に向くのは非殺傷。我慢が正解」
「けど、テーザーで毎年人が死んでるって言ったのは月読だろ」
「……言った」
「それに、あの痛さは食らって分かってる。目の前で撃たれてくのを、黙って見てられるかよ」
短い沈黙のあと、月読が小さく続けた。
「……死なれたら、困る」
「心配かけてごめんな」
「次は、勝手に出る前提で見る」
「はい、お説教はそこまでですわ。全員無事に通過した。今夜は満点ですの」
アヤの声が、わざと明るく割り込む。
「団長、台船の貴重な経験が早速生きたじゃねえか」
「二度とごめんだ」
運転席で、牙っさんの笑い声が揺れる。
市川橋は、またすぐに灰色の機械に塞がれる。
けど、あの子供は、もう向こう側にいる。
◇
配信画面の隅で、同接の数字が見たこともない速さで回っている。
〈鴉の塒 配信中 視聴者数:7.5万〉
始まりは千八百だった。
配信はSNSで広がり、ダンボールラジコン機が飛び立つ頃には数千、避難民が橋を渡り始めた頃には万を超えていた。
俺は配信マイクを戻す。
「無事逃げ切れた。今日、橋を渡れた人がいる。あれは、みんなが作って、飛ばしてくれたおかげだ」
:おつかれ
:泣いた
:ダンボール最高だった
:橋渡れた人いた
:うちの親戚、向こうで保護されたって
:工作勢、お前らすごいよ
:鴉、ありがとう
「今日はここで切る。みんな、ありがとう」
:また呼んでくれ
:7万人が見てた歴史的瞬間
:次も飛ばす
:登録した
俺が配信を終了しようとした、その時だった。
ヘッドセットに、ノイズが混じった。
〈――ザザ〉
聞き覚えのない、平坦な声が、割り込んできた。
『特異人的資源の候補を発見しました』
俺は、指を止めた。
『既存評価、総合C+、カリスマB。実測評価、カリスマS級以上、特異人的資源の可能性を有します。貴方の能力は、集団誘導に有用です』
ぞっとする。
声は礼儀正しい。
なのに、俺を人間じゃなく、機械みたいに見ている。
:今の何?
:誰か喋った?
:鴉以外は音声オフじゃないの
俺は配信を切った。
「玉さん。今の、何だ!?」
「分からない。配信に外から割り込んできた。誰かが、いや、何かが君の配信を見ていた」
俺は、ゴーグルを外した。
トラックの中は、いつも通りの暗さだった。
俺は、橋を渡る人のために声をかけた。
その声を、向こうは「集団誘導に有用」と言った。
膝の上には外した熊のラバーマスクがある。
舌を出した、間抜けな顔。
今夜、七万五千人が橋を渡る人たちを見守っていた。
その中に、人間じゃない目が一つ混じっていた。
黒くなった配信画面の奥で、さっきの声だけがまだ残っている。
川を一つ渡らせた夜に、俺たちは、もっと大きな何かに見つかった。
笑えねえ。




